第三章 閃光 物語る道の果ては3




 落ちる者に襲われた翌日、旅を再開したシュチャクとゴルンはようやく次の村へ辿り着いた。レナバという名のその村では今まさにある老人の葬儀が行われるところだった。


 この村では「旅人が参加した葬儀はうまくいく」という言い伝えが古くからあったため二人は歓迎を受け、急遽葬儀に参加することになった。


 木で出来た棺桶に遺体を入れ、女性陣が摘んで来た花でいっぱいにして蓋をすると今度は男性陣が抱え上げて断崖から投げ落とした。それは皆が見守る中、あっという間にどこかへ落ちていき見えなくなった。誰もその行き先は知らない。それが死ぬということであり誰も疑問にすら思わなかった。


 葬儀の後、シュチャクはふとゴルンに「死とは何なのか」訊ねた。ゴルンはそれに答える代わりに一つの物語を話し出した。




 昔、創世の女神が人間を創ったばかりの頃、まだ「死」というものは存在しなかった。


 ある日、三人の人間が女神に頼み事をしにやって来た。ある者は「治らない病気になってしまい苦しい」と言い、ある者は「愛する者と決定的な仲違いをしてしまい、これからどうしたらいいかわからない」と訴え、ある者は逆に「あらゆる幸せを手に入れて退屈でしょうがない」とそれぞれの悩みを相談した。


 そこで女神は彼らに「死」という逃げ道であり安らぎであり刺激となるものを与えることにした。女神は袋に「死」を詰めると厳重に封をして、「くれぐれも必要な者だけがそれを使うように」と強く三人に言い聞かせた。


 ところがその帰り道、三人の前に「路賊」という悪漢が現れてしまった。袋の中身を女神のくれた財宝だと勘違いした路賊と三人は必死に袋の奪い合いを始めた。そしてどちらも譲らぬまま、とうとう袋は破れてしまい、そこに入っていた「死」は世界中にばらまかれてしまったのだ。それからというもの世界中の動物、植物は例外なく死を迎えることになってしまったのである。




 まだ若いシュチャクはその話を聞いても釈然としなかった。


 死で安らぎを得るなんて弱い人間の考え方だ。僕はまっぴらごめんだな。


 そう思ったのである。


 葬儀後、ゴルンとシュチャクは亡くなった老人の弟であり一人暮らしをしているナビという男の家に宿を取らせてもらえることになった。


 明くる日、村でいつものように昔話を始めようとした二人はテエクとグードンという中年の兄弟に出会うこととなった。有名な語りの一族の名を騙って客を集めるというインチキ紛いな商売をしていた彼らにシュチャクは怒りを覚えた。しかしゴルンは自分たちの方が本物だと意地になって声高に訴えるのはかえって恥ずかしいことだから止めろとシュチャクを諭したのだった。


 偽物たちが去った後、二人は残った村人たち相手に昔話を始めた。どこか納得できないままシュチャクは父の話を聞いていたが、そこでふと気付いたことがあった。ゴルンの話を聞いている村人たちの顔が見る見る輝いていくのだ。迫真の演技で父は客たちを惹き付けていく。話が終わった瞬間、村人たちから大きな拍手が起きた。「本物だと認められる」とはこういうことなのだ。シュチャクはそのことをその肌で実感した。




 その日の夜、ナビの家でくつろいでいたゴルンたちの元に慌てた様子で村長の使いを名乗る男がやってきた。彼は語りの一族を名乗っていた二人組は知り合いなのかとゴルンたちに訊いてきた。


 村長の家に泊まっていた彼らはなんと泥棒だったのだという。


 身の潔白を証明したゴルンたちはテエクたちを追おうとした。ところがその時、突如ゴルンが倒れてしまった。彼は第二の唇の力の使いすぎたせいで高熱を出していたのだ。父の代わりに一人で彼らを追うことを決めたシュチャクに対し、ゴルンは後継者の証である第二の唇を与える儀式を執り行った。


 テエクたちに追い付いたシュチャクの第二の唇が目を覚まし、それは一つの物語を語り出した。




 昔々あるところに醜い男がいた。ある日、彼は以前から好きだった美しい女に思い切って告白した。ところが彼女から「あなたみたいな醜い顔の人は嫌よ」とはっきり言われて振られてしまった。深く傷付いた彼は人間の本音の残酷さを知り思い悩むようになった。やがて彼はそれまで人間が誰も持っていなかった「嘘」というものを発明し、それを広く世に広めるため旅に出た。


 真実を隠して都合の良いようにねじ曲げる便利な「嘘」というものに人々は驚き、賞賛した。「嘘」はどこに行っても飛ぶように売れ、瞬く間に男は大金持ちとなった。満足した彼はある村に落ち着くと大きな屋敷を建ててその村で一番の美人と結婚することが出来た。


 女と暮らし始めて数ヶ月経った頃、暇だった男はふとあることを考えた。みんなに散々「嘘」を売って歩いたものの自分ではそれをちゃんと使ったことがなかったな、と。一度自分も「嘘」を使ってみたいと思った男は妻に対してそれを試してみることにした。仕事に行ってくるという「嘘」を使い、物陰に隠れて自分の留守中に妻が何をしているのか見張ってみたのである。


 やがて男は衝撃的な光景を目にした。全く知らない男が自分の家の屋根裏から現れて妻と抱擁したのだ。しかもその男はめっぽう男前だった。醜い男が心臓の止まりそうな思いで見守る中、二人は話し出した。


「そろそろやばいんじゃないか? いくらあんたのご主人が鈍いと言っても」


「ふふっ、大丈夫よ。うちには余るほどこれがあるんだもの」


「旦那さんの商売道具の『嘘』って奴か。便利なものだな」


「私、いつもこれを使って彼に『愛しているわ』って言っているの」


 妻の言葉を聞き、かっとした男は物陰から二人の前に飛び出した。怒りに顔を赤くした醜い男を見て浮気相手の男はひどく怯えて動揺していたが、女の方は軽く眉をひそめたくらいでまるで何事もなかったかのように平然と顔色ひとつ変えなかった。


「この裏切り者め! おまえとは今日限りで別れるからな!」


 男がそう叫ぶと女は落ち着いた様子でこう言った。


「じゃあ結婚した時の約束通り、この屋敷もお金も置いて行ってね」


 女の言葉に男は呆気に取られた。そんな約束をした覚えなど全くなかった。女はいま「嘘」を手にしている。約束などあったわけがない。しかしそれを証明する術が無かった。それは嘘を扱う嘘売りの男が一番分かっていることだった。絶望した男はもうどうでも良くなり、女の言うとおり屋敷も財産も全て女に与えて一人で再び旅に出た。


 旅を再開し数カ月が経った頃、男はある村に到着した。彼は一息つこうと村の食堂に立ち寄った。別れた妻に全財産を与えたため無一文になった彼だったが旅の途中で再び「嘘」を売り歩き、そこそこの金は手に入れていた。テーブルに着き大きな荷物を脇にどっかりと下ろすと女主人が注文を聞きにやってきた。それに答えようと振り向いた、ほんの一瞬のことだった。いつの間にか後ろに立っていた数人の男が素早く手を伸ばし嘘売りの荷物を掴むと脱兎の如く外に飛び出していったのだ。彼は慌てて後を追い掛けたが彼らの足は速く全く追い付くことが出来なかった。地団駄踏んで悔しがる嘘売りに女主人はこう言った。


「あんた何も知らないでここに来たのかい? ここは全てが自己責任の村なんだよ。さすがに暴力は禁止だけどさ、それ以外なら生きるために何をしてもいいってことになっている。自分の身は自分で守るしか無いのさ。二度と損をしたくなかったら自分の物から絶対手を離さないことだね。それと足に自信がないなら村から早く出て行った方がいいよ」


「なんだって? そんな馬鹿な!」


 嘘売りは溢れてくる怒りをどう収めればいいか考えた。そして彼女の忠告を無視して暫くこの村に滞在することを決めた。それは復讐だった。


 まずいつものように言葉巧みに村人へ「嘘」を売り付けた。そして他の村では絶対しなかったことをやった。「嘘」というものが危険であるということを村中に噂をして回ったのだ。やがてその村は嘘売りの男の計画通り混乱し始めた。村人たちはひどい疑心暗鬼に陥ってまともに生活出来なくなってしまったのである。


 やがてそれが男の策略だったことに気付いた一部の村人たちは彼の元に押し掛けてきた。


「やいやい、よくも変な物を売り付けてくれたな!」


「うるせえ! 先に俺の荷物を横取りしたのはおまえらだろ!」


「黙れ! 俺たちは確かに生きるためには何でもしてきた。でもみんな正直者だったんだ。それを貴様のせいで誰も信じられなくなっちまったんだぞ。どうしてくれる!」


 嘘売りの男と彼らはとうとう取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。そして「嘘」が飛び散り現場はさらに大混乱、誰が誰を殴っているのかもわからない状態になった。誰も止められない、そんな時だった。


「こんにちは。みんな何をしているの?」


 喧嘩には似つかわしくない可愛らしい声。男たちの動きがピタリと止まった。


「喧嘩なの? 喧嘩はしちゃ駄目よ!」


 彼らの目の前にいたのはみすぼらしい格好の少女だった。この辺では見掛けない顔だ。


「お嬢ちゃん、どこの子だい? この村の子じゃないみたいだが」


「うん。私、隣村から来たのよ」


「隣村だと? まさか一人で来たのかい?」


「うん。だってパパもママも隣の村には怖い人たちが住んでいるから近づいちゃいけないって。でもね、私はそう思わなかったの。みんな怖い人じゃなくて可哀想な人でしょ?」


「か、可哀想だと? 俺たちが可哀想だというのかい?」


「そうよ。人の物を奪わないと生きていけないなんて可哀想。とっても貧しいのね」


「な、何だと。自分だって汚い服着ているくせに。馬鹿にしているのか! 」


「馬鹿になんてしてないわ。困っている人を助けるのは当然のことでしょ? はい、これ」


 そう言って彼女が差し出したのはなんと数粒の豆だった。


「何だよ、こりゃ。これがどうしたって言うんだ?」


「私の朝御飯なの。でも私お腹減ってないからあげるわ。うちも貧乏だからこんなものしかあげられないけど必ずまた来るから我慢してね。みんな、もう人の物を奪っちゃ駄目よ」


 その時、少女のお腹がぐうっと鳴った。顔を赤らめた彼女に嘘売りが言った。


「お嬢ちゃん、そんな物いらねえよ。俺たちは君より困ってなんか……」


 そこまで言ってから彼は気が付いた。本当に自分たちは困っていないのだろうか? 金も物もあるのになぜか満たされていない。そして無意味な争いを始めてしまった。実は彼女より自分たちの方がずっと貧しい人間なのではないか、そんな気がしてしまったのだ。


「いいの。私は夕方になればまた食べられるから。じゃあね」


 少女は強引に嘘売りの手へ豆を握らせると無邪気にぶんぶん手を振って帰っていった。呆気に取られた嘘売りと村人たちは喧嘩のこともすっかり忘れて呆然と彼女を見送った。


「おい、その豆、どうするんだよ?」


 やがて先程まで嘘売りと取っ組み合いをしていた男がそう質問してきた。少しの間、嘘売りはじっと考えていたが何かを閃いたものがあり、ぽつりとこう言った。


「蒔いてみようか?」


 一人また一人と村人たちは賛成の声を上げた。嘘売りと村人たちはみんなで畑に行き、豆を蒔いた。そこに誰かが「誰のものでもないみんなの種」と書いた立て札を立てた。


 不思議なことにその日以来、村人たちは人の物を奪わなくなった。そして嘘売りも「嘘」を売ることを辞め、この村に住み着いた。みんな、それこそ今までが「嘘」のように豆に働くようになっていた。


 その年、少女のくれた豆から芽が出た。すくすくと育ったそれはたくさんの莢をつけた。しかしもはや誰もそれを勝手に奪って食べたりしなかった。収穫した豆は村のみんなで均等に分けられ、次の年、それぞれが自分の耕した畑に蒔かれた。さらに次の年、どこの家でもたくさんの豆が採れた。同じことが毎年、毎年繰り返されているうちにこの村はおいしい豆の産地として有名になり、本当に豊かな村になれましたとさ。




 シュチャクの第二の唇が物語を語り終えた時、テエクとゴードンは泣き崩れ、もう二度と泥棒はしないと誓った。盗んだものを取り返した彼は父の元に帰った。熱の下がった父はよくやったと褒めてくれたが、初めて語りの力を自ら使ってみて歩くのもやっとになるほどの疲労を感じていたシュチャクは密かに思ったことがあった。


 力を使うことがこんなにも体に負担を掛けるなんて……。


 それを父は自分が知っているだけでも数十回も使い続けてきたのだ。


 目の前でベッドに横たわる父を見ながらシュチャクは言い様のない不安を覚えていた。




 体調の回復したゴルンとシュチャクは旅を再開し三日ほど掛かり、次の村「ゾセ」に到着した。そこは特殊な蜘蛛の糸から作る光り輝く織物で有名な村だった。


 その村でシュチャクは家族がいないユレという少女と出会った。


 女性村長のデニッカによると、数年前、突然一人で現れた彼女はそのまま村に居着き織物や農家の手伝いをしながら細々と暮らしているということだった。悪い娘ではないが無口で人に心を開かないため、この村に来る前に何があったのかは誰も知らないのだという。物陰に隠れて寂しそうにゴルンたちの物語りを聞いていた彼女に興味を覚えたシュチャクは次の日一人で空を見つめていた彼女に話し掛けた。


「あの、ちょっとお話してもいいかな?」


「……私がここにいるって誰かに聞いてきたの?」


 振り返ることもなくユレは空を見つめたままそう言った。


「う、うん、向こうにいた子供たちにね」


 くるっとユレは振り向いた。それは驚くほど可愛い笑顔だった。


「変なの! あなたも子供じゃないの、まだ」


「僕は子供じゃないよ。もう十五だ」


「あら、同じね。私も十五なのよ。でもまだ子供だわ。たまに悔しくなるほどにね」


 一瞬にしてユレはふっと悲しげな表情を見せた。シュチャクはその大人びた顔に思わずドキッとさせられた。そして表情がコロコロ変わる彼女に自分がだんだん惹かれていくのを感じていた。


「え、えっと、ユレさんだよね? 僕はシュチャク。父さんと旅をして……」


「知っているわ。昨日、私が物陰にいたこと気付いていたんでしょ?」


「うん、まあね。でもこそこそしないでみんなと一緒に聞けば良かったのに」


「みんなと、っていうのが私は苦手なの。……そうだ、あなたもお話できるんでしょ? なんかしてみせてよ。そうね、可哀想な女の子が自分の力で困難を乗り越えて最後に幸せになる、そんな話がいいなあ」


「うーん、女の子が主人公の話か。えーと……、ああ、そうだ、いい話があるよ」


 シュチャクは半年ほど前に父から聞いた話の一つをユレに聞かせた。




 母を幼い頃に亡くした少女チッチャは以前から村長の息子に好意を持っていた。ところが彼はある時、不治の病に罹ってしまった。すると彼のために毎日女神に祈りを捧げていたチッチャの元に亡くなった母の友達だという人の言葉を話す小鳥が現れ、万病に効く奇跡の薬草を授けてくれた。控えめだった彼女は「小鳥の友達」と偽名を名乗って薬草を届けて彼を救う。ところがその手柄を意地の悪い義母と義姉に横取りにされてしまうのだった。


 あれよあれよという間に決まってしまった義姉と彼の結婚式。ところがその当日、村は突然現れた謎好きの路賊に乗っ取られてしまう。しかも義母たちは結婚式を取りやめ村から逃げ出し村長たちは人質になってしまった。


 チッチャは知恵者の小鳥を髪に隠し路賊たちに謎解き対決を挑んだ。路賊の出す問題を小鳥は的確に解いていった。一問目の「筆を使わず文字を書け」という問題では紙を破ってそれ自体で文字を作り、二問目の「三人の歳が違う路賊たちへ年齢以外のことを一つだけ質問をして年齢順に並べる」といった問題では、互いをいつもどう呼んでいるかを聞き、「さん」付けで呼ぶか呼び捨てにしているかで先輩後輩を特定した。


 すると路賊の親分は逆におまえが問題を出してみせろと彼女に迫った。解く方は得意だが作るのは苦手だという小鳥。その時チッチャはある問題を閃く。「小さな物音を立てながら空を飛び赤ちゃんをさらっていく者は何?」というその問題に路賊の親分は答えられず降参した。答えは「ことり」、つまり「コトリ、小鳥、子盗り」だった。路賊の親分は感心し約束通り何も盗らず村から出ていった。「ことり」の話からチッチャこそが本当の命の恩人「小鳥の友達」だと気付いた村長の息子は彼女に改めて求婚し二人はそれから幸せに暮らしましたとさ。




「めでたし、めでたしね」


 話を聞き終わるとそう言ってユレはなぜか寂しそうに笑った。彼女から底知れぬ孤独を感じ取ったシュチャクは胸が苦しくなった。こんな時なんと声を掛ければいいんだろう? 戸惑っていると突然村の方が騒がしくなった。


 ユレと別れたシュチャクは父と合流し、灰色の皮膚をした怪物が現れ、村人を石に変えたという騒ぎを知る。すぐに現場へ向かった二人は完全な石像と石化の途中で苦しむ若い男性を見つけた。残念ながら完全に石に変わった者は第二の唇の力でも助けられない。石化途中の男の治療を開始した二人の元に駆け寄ってきた別の村人。彼は驚くべき話をする。先程別れたばかりのユレが怪物にさらわれたというのだ。


 村人の治療を父一人に任せたシュチャクは怪物「落ちる者」の後を追う。しかしやっと追い付いた落ちる者はなぜかあっさりユレを解放し帰っていった。泣きじゃくるユレを慰めながら父の元に帰ったシュチャクだったが、そこで見たものは村人の治療を終えたものの逆に倒れてしまったゴルンの姿だった。彼は「誰も恨むな」という言葉を残してシュチャクの目の前で息を引き取ってしまう。


 父の葬儀後、その死を受け入れられないシュチャクは暫く何をするでもなくゾセ村に留まっていた。そんな彼をユレは時に励まし時に慰めながら優しく見守った。そのおかげもあり少しずつ彼は元気を取り戻し、旅を再開する決意を固めた。


 旅立ちの日、村長たちに礼を言って歩き出したシュチャクは父の棺桶を投げ落とした村はずれの場所に差し掛かった。押し込めていた感情が溢れる。空に向かって彼は大きな声で叫んだ。


「父さん、さようなら! 僕は世界の終着点を目指し、旅をする語りの一族! もうお目に掛かることは……、いつかどこかでまた会えるよね? 父さん!」


 シュチャクは涙を拭い再び歩き出した。村の出口の門が見えてくる。そこには寂しそうな様子で門にもたれ掛かったユレの姿があった。


「もう行っちゃうの? お別れも言わないで」


「ごめん。なんかユレには『さよなら』を言いたくなかったから」


 二人はそれっきり黙ってしまった。何か言わなくては、そう思ったシュチャクは自分でも思わぬ言葉を口にしていた。


「あ、あのさ、良かったらユレも一緒に来るかい?」


「えっ? 本当に?」


 二人は揃って真っ赤になった。再び沈黙が続く。次にそれを破ったのはユレの方だった。


「私、気まぐれだから途中で飽きちゃうかもしれないよ? それでもいいの?」


「それでもいいよ。それまで一緒に行こう」


「やったあ。よし、行こう!」


 元気よくユレが手を上げた。それにシュチャクも答えた。


「うん、出発だ!」


 こうして二人の旅は終わり、新たに二人の旅が始まった。






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