第144話迷子の戦い

舞い上がる土煙を眼下に見下ろしながら、ジュクターの意識を刈りに行く。

あそこにあるのは、優育ひなり氷華ひょうか泉華せんかの三人で作り出した結界だ。いかに巨大なゴーレムといえども、単純な力ではそう簡単に破れない。

それに、これ以上ジュクターの傑作を、失うのは少し不憫な気がする。


戦で犠牲になるのは、戦うものだけでいい。


ジュクターにとってのゴーレム。戦いの矢面に出しているけど、決してぞんざいに扱っていない。むしろ共に戦う仲間という意識があるのかもしれない。


対象は違うにしても、その気持ちは少しわかる気がする。


ただ、同じものを目的別に分けているのはよくわからない。だが、その違いはおそらく自律機能の有無に違いない。


普段から自分と共にあるのは戦闘用のはずだろう。そして戦闘用は、ある程度自分で判断できるようにしていた。それは戦闘という刻一刻と状況が変化する中で、自らの指示よりもゴーレムたちに判断させた方がいいと思っているからに違いない。

それはジュクターの信頼の証なのだろう。


だが、その戦闘用は壊滅している。


今出てきているのは、観賞用と保管用。名前からも明らかなその目的故に、やはり戦闘用とは違っている。当然と言えば当然の結果だが、ジュクターの意識が無くなった途端、糸が切れたようになっていた。


観賞と保管の用途のゴーレムには、やはり自律機能は実装されていなかった。


制御を失い、次々と落ちてくる百体の戦乙女バルキリー型のゴーレムたち。

動きを止めた二体の武神は、さながら寺院の門を守っている仁王像のように見えるだろう。


私の呼び掛けに応じた鈴音すずねが、風の手でそれらを無傷で包み込んでいく。

ゆっくりと優しく丁寧に。

全ての戦乙女バルキリー型のゴーレムたちを順番に地面に横たえたあと、その中心にジュクターを下す。


――まず一人。


その瞬間、土煙を突き破る漆黒の大矢。

その勢いに吹き飛ばされ、驚いた土煙は一目散に逃げ出している。


「ひひっ、ジュクターはやっぱり役立たずだし。ひひひ」

飛び上がったアメルナとそれを砲弾のように撃ちだしたクエン。二人の連携攻撃は私のすぐ目の前に迫っていた。


「とんでもない化け物です。これもかわしたです? いや、初めからいないです!? どこにいったです?」

飛び上がってきたアメルナの大剣と交差するクジットのかかと落とし。

間に挟まれている私の姿は、陽炎のように消えていく。


私を飛び上がらせて視界を誘導し、背後からクジットが襲う作戦だったのだろう。

意識をアメルナに向けさせることで、完全に死角をついたつもりだったのだろうが、そうはいかない。

その卓越した連携による奇襲は、おそらく剣士ソードマン以外の前衛職なら効果があるのかもしれない。だが、剣士ソードマンが感じる世界は、普通の人と異なっている。

前を向いていても後ろが見える。たとえ土煙に隠れていても、その姿を感じる事が出来るのが剣士ソードマンという職業だ。


だが、より強き者ならそれすら凌駕するかもしれない。感じていても反応できない速度や力で攻撃を受けたら、防戦一方になるだろう。

でも、今はそうではない。

自分達よりも強者に対して、奇襲を選んだのはおそらく正解だと思う。


だが、相手が悪かった。剣士ソードマンの中でも、私は複数の精霊と契約をしているのだから。


奇襲は成功してこそ奇襲。

それを行ったはずの自分が、逆に奇襲を受けていた。


表情こそ見えないが、目の前にいるクエンを見れば、その事を考えているのがよくわかる。信じがたい現実を、今クエンは必死に理解するために頭を働かせているのだろう。


上を見上げて、また私を見るクエン。その間も、クジットとアメルナは私の姿を探していた。


そう、まだあそこにいると思っていた私が今、すぐ自分の目の前にいる。しかも、仲間の攻撃はすべて空振りに終わり、私がここにいることはクエンしか知らない。

この事実を、そのままクエンに叩きつける。


面兜フルヘルムの奥に見えるクエンの瞳に恐怖と共に理解の色が灯り始める。


そう、わざわざ私は分かるように、クエンの眼の前に立っている。クエンが気付くまで、ここに私は居続けた。その意味をクエンはしっかりと理解したのだろう。


――さすが、クエン。多分、これでうまくいく。


その瞬間、左手で尾花おばなを抜き放つ。喜びふるえる尾花おばなの刀身が、光を雫のように映し出す。


【活人剣】と言われた尾花おばなの力。攻撃と同時に活力を注ぎ込むことのできるその刀の攻撃では、間違っても人が死ぬことはない。でも、油断はできない。いくら勇者の障壁が優れたものであっても、認識してなければうまく働かない。

一応限界まで力を制御して、死なない攻撃を繰り出しておく。


「ヴェルド! 第三段階までいくよ!」

私が何も言わなくても、春陽はるひが力を貸してくれる。

まだ完全にはものにしていない第三段階。だが、それに近づく事は今の私達でも可能だ。

光の精霊がもたらす加速の効果は、第三段階で光速にいたる。

その時、私と周囲には時間の差が生まれていく。この中では、いかなる動きも私の眼には止まって見える。

固有能力の【光速移動】と感覚が違っている。もしかするとそれは、精霊界の力が働いているからかもしれない。だが、私もこれ以上の事は分からない。そして、今はそれを考えている時でもない。


春陽はるひの力が全身に満ちる。その瞬間、私は光になっていた。


尾花おばなの柄打ちで軽くクエンの胴をなでる。返す刀で飛び上がり、まだ落下もしていないアメルナの胴をなでて撃つ。その瞬間、泉華せんかを呼び戻しクエンの背後に力を展開させておく。


意識を失うであろうアメルナは鈴音すずねに任せて尾花おばなを戻し、身構えるクジットの五体を桔梗キキョウで微塵に切り刻む。


春陽はるひの第三段階の力により、限りなく光速に近い速度に加速された攻撃は、クジットを微塵に切り刻んでも、私の感覚ではその姿をまだ維持している。


塵に等しく切り刻んだ後、ゆっくりと地面に降り立った私は、大きく息を吐き出した。何故息を止めていたのかは分からない。ただ、第三段階に慣れていないのは事実だろう。

【光速移動】の時とは感じが違う。ただ、春陽はるひの力の方が何だかしっくり力を使えそうな気がしている。


でも、今はそんなことを考えている時じゃない。


これはあくまで検証だ。クジットはこれでも死なない気がする。だが、痛みと恐怖は瞬間的にその体に刻まれるだろう。なによりも、これでも死なない事を確かめておかねばならない。


これ以上戦いが無意味だということを、クジットや他の勇者達にもわからせる必要がある。


しかし、我ながら、おかしなことを言うもんだ。

それは私も例外じゃないと、尾花おばなが聞いたら言うだろう。


桔梗キキョウを鞘に戻した瞬間、春陽はるひの力を解除する。


その瞬間、全ての時が同期した。


血しぶきさえも風に流されたクジット。

泉華せんかによって衝撃ごと包まれるクエン。

鈴音すずねの力でゆっくりと衝撃を和らげて下ろされるアメルナ。


それぞれ尾花おばなの活力を流して、生命力を一気に引き上げながら意識を刈る程度に抑えた攻撃だから、この程度では死なないはず。


「これは、面倒なことになったです。これではどうしようもないです」

塵が風に流されたあと、まるで何事もなかったかのようにして頭をかきながら近づくクジット。

全く普段と変わりないように見えるが、その顔には一筋の汗が流れている。


【状態不変】といえども、心理状態までは不変とは言えない。肉体的にダメージをなしにしたとしても、精神に刻まれたダメージは抜けきらないのだろう。


ちらりとクエン達の様子を確かめ、大きく息を吐いたクジットは、これ以上戦う意思がない事を、両手を上げて示してきた。

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