第145話譲れぬ思い
その姿に戦う意思はすでになく、本当に困り果てたものだった。
「それはお互い様だよ、クジット・ルビン。これ以上はお互いに無駄な時間を過ごすことになる。それは君にとっても面倒この上ないと思う。そこで私から一つ提案がある。仲間の意識を回復させるがいい。君は
私の提案をある程度は予想していたのだろう。クジットはあっけなく首を縦に振っていた。
手札はあるけど、殺すことはできない。たぶん、それをクジットは分かっている。
たしかに、私の最速としては固有能力である【光速移動】を使っていない。
しかし、それに近い早さで放った斬撃の嵐。それをくらっても、その状態を『死』に変えることはできなかった。
跡形もなく消し去ったのに、次の瞬間には平然と現れている。精神はともかく、肉体的には何ら損傷を受けていないのだろう。
こうなると、今の私にクジットを殺す方法が見つからない。
組合長が残してくれた膨大な記録。まだすべて見ていないその中に、ひょっとすると解決策があるかもしれない。ただ、少なくとも私が見た中には書いていなかった。
とりあえず封印してしまうことは可能だろう。でも、それは組合長の考察でも否定されている。
能力を『囚われない』にしてしまえば、それは無効となるに違いない。いや、そもそも『この世界で生きている』という状態にしてしまえば、あらゆる封印は意味をなさない。
【状態不変】はいくらでも書きかえることが可能な能力。
それは使用するものが正しく使えば、いくらでも応用が利く能力だとも書かれていた。
だから、その能力を発揮した状態で打ち破るしかない。もしくは、【状態不変】自体を変化させる手段を見つけるしかない。
いずれにせよ、今の私にはその手段を思いつくことも、とることもできない。
それが明らかになった以上、これでは全く打つ手がない。
それはクジットにしても同じことだ。
互いに戦いにうつ手を見いだせない以上、あとは話し合いになるのは当然の流れとなる。もし、クジットが物わかりの悪い人物なら、こんなにうまくいかなかった。ジェイドみたいに、戦いを楽しむタイプだったなら最悪の展開になっていただろう。
おそらく、消耗戦になればこちらが不利。
クジットの【状態不変】の効果は回数制限のない能力。それに比べて、私は私自身だけでなく、攻撃の度に精霊たちの力を消耗させていく。
そうなると、いずれ誰かを殺してしまうかもしれない。もし、そんなことになれば、後は泥沼とかした戦いが繰り広げられるだけだろう。
これはあくまで勘でしかないけど、クジットは【状態不変】という能力だけでなく、【理性的】という性質を持っているに違いない。だから、私の提案にも素直に乗ってきたのだと思う。
しかも、互いに死者を出していないという状況も上手く働いている。
クエンが手傷を負った時のアメルナがそうであったように、憎悪は理性をたやすく超えてしまう事がある。
ルキだけでなく、エトリスとネトリス。そしてリナアスティのおかげだ。直接的ではないにせよ、ガドラも一役かっている。
*
三人の精霊たちが守る結界の中で、店長は顔色の悪い笑顔を見せていた。
生命の危機は去っているが、そこに回復の兆しはない。何か呪いのようなものを受けているのか、あの結界を働かせた代償なのかわからない。
でも、私の手には
瞬時に癒えて血色のよくなる店長。やはり、何かの代償だったのだろう。
そんな中、フラウとダビドは何も言わずに固まっていた。
それと共に、店長の傷が移った私も瞬時に癒える。
私が今日つかえる【位置変換】はこれで最後。一日三回の限界はまだ超える事が出来ない。
でも、まだ切り札は私が握っている。それに、まだまだやらねばならない事が山積みだ。
――さて、行くか。ここから先は、未来をつかむための戦いだ。まずは、話し合うという場に持ち込めたけど、手さぐりなのは変わりない。
「スーパーありがとうを――」
礼を言う店長を手で制し、精霊たちに呼びかける。
言い争うクジット達の方に向かう前に、全ての精霊たちと私自身の事を店長たちに紹介しておかなければならない。
店長は『すべて知っているよ』と言わんばかりにほほ笑んでいたけど、フラウとダビドはまだ固まっていた。
――本当に聞いているのかも怪しいものだ……。
ずっと放心状態のフラウやダビド。色々なことが起きたから無理もない。
だが、この戦いに巻き込まれた二人には、私の事を話しておくべきだと思う。
勇者の私が、孤児となった二人にどう思われても仕方がない。
どう思われても、今の私は自分がやるべきことをするだけだ。
この人達が、ここで暮らしていけるように。
もう私が駄菓子屋に来ることはないかもしれない。でも、駄菓子屋がここにあることは私にとって誇りになる。
「では、私は話し合いに行ってきます。念のために、皆さんは終わるまでここにいてください」
何か言いたげなルキの視線を感じるけど、今はそれ以上何も言ってこなかった。
*
メシペル陣営は、思った通りの展開となっていた。
もはやクジットとクエンとアメルナに戦意は見られない。その他の勇者たちも茫然と事の流れを見守っている。
というか、クジットはすでに寝そべっている。
一人興奮気味のジュクターがいたが、その熱意はまるで届いていなかった。
圧倒的な力の差を、私は三人に見せつけた。他の勇者たちもそれは見ていたのだろう。
だが、ジュクターだけはそうではない。クエンが力なく説得しているものの、その息巻く姿勢は何ら衰えることはなかった。
「何度言われても、同じだ! オマエらに、オレの気持ちがわかるか! 今更話し合いだと! ふざけるな! オレのバル達が……」
背中越しでも震える肩が痛々しい。
それほど自分のゴーレムを大切にしてたのだろう。だがそれは、クエン達には伝わらない。
だが、それこそがジュクターにとって悔しい事なのだろう。
だからこそ、ジュクターは声を荒げて繰り返している。こちらを一切見ることなく。
「ジュクター・オーイ。君のゴーレムたちは、君のために戦った。そして見事にその役目を果たした。これ以上の犠牲が必要だとは思わない。むしろ、散ったゴーレムたちは望むだろうか? よく考えてほしい。そして、私も君の大切なものがこれ以上なくなるのは忍びない」
近づいていることは皆わかっているとは思う。でも、今はジュクターにこそ声をかけたいと思った。
ただ、我ながら陳腐な台詞だとも思う。
大切なものを失った時、私がそう言われて納得するとは思わない。だが、ここは納得してもらうしかない。
どの口がそう言うと言われても、失った物は取り戻せないのだから。
「くそ! そんなこと! わかって――」
振り返ったジュクターの視線が、私の後ろを捉えていた。そこには店長達に紹介した全ての精霊たちが、そのままその姿を見せていた。
順にその姿を追いはじめるジュクター。その怪しげな視線に気づいた精霊たちは、一斉に私の背後に隠れていく。
ただ一人を除いては。
当然、その視線はその姿を捉えて離さない。いや、むしろ体はぐんぐん前に進んでいる。
「なんなん? ウチになんか用なん? ウチは見せもんやないで!」
ただ一人、離れた位置にいた
「これだ! まさに、この姿! オレが追い求めていた
なおも近づきながら、半分狂気の視線を
その瞬間、背中に隠れた他の精霊たちは姿を消す。
またもや、一人取り残された
――たしかに、
全身鎧に雷剣とその鞘盾を装備している。長い金髪は兜の中には納まりきれず、顔の横だけ束ねて無造作に流している。他の精霊と違って、一人離れていることが多い彼女は、どこか違うものを見ているかのように、澄んだ瞳でまっすぐ何かを見つめている。
そして、金属製の兜にさしている花一輪が、彼女自身をあらわしている。
そして、孤高を演じる彼女の姿。
その
「なんなん? きしょいであんた!」
だが、さすがに
――それに、さすがに関西弁の
すかさず姿を消す
だが、ジュクターはジュクターだった。
その姿を探す狂気の目を、今度は私に向けていた。
「今の! 今の全部、オマエの精霊か? あんな精霊見たことないぞ! 特にあの子! 雷精だな! すごいぞ! 雷精といえば、大抵獣だと聞いているのに! あの子はまさにオレの理想!」
いきなり胸ぐらをつかもうとするジュクターの手を払い、体半分ずらしてそれを避ける。だが、その意思は強く、体勢を崩しながらも、必死に私を追ってきた。
しかし、それも無駄な足掻き。そう易々とは捕まらない。
だが、それでもあきらめず、いくら転ぼうと立ち上がってくる。
――もう、いいかげんにしてくれ。
そんな感情に支配されるのを、精霊たちが満場一致で理解を示す。
「話を聞くなら、教え――」
「わかった! 聞く! 話し合いだな! さっさと始めるか!」
正直に言って、根負けした感じは否めない。というよりも早くこの状況を終わらせたい気持ちが先に立ったというのが正直なところだろう。
今はこんなことをしている場合ではないと自分に言い聞かせて……。
それでもこんなに即答されるとは思わなかった。
以外にあっけない展開に、クエンから盛大なため息が聞こえ、姿を消したままの
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