第139話真の勇者クジット

大きさまで調整して、二人はそれを呼び出してきたのだろう。どちらかといえば、これまで見た中では小さめの隕石群。


大地に大きな傷跡を残さないように。でも、武神の体を破壊出来るように。


それを満たす大きさの隕石が、次々と武神の体に突き刺さる。

しかも、その攻撃は衝撃だけではない。その炎の衣が武神の体を焼いていた。途切れることなく押し寄せるその衝撃波と熱風が、武神を中心に生まれている。


本来であれば、周囲の者が無事でいられるわけはない。その灼熱の風に身を焼かれていることだろう。

だが、ネトリスとエトリスが纏うのと同じ淡い光の膜が、それから皆の体を守っていた。


そう、ここに居る全ての者たちに、二人は守りの魔法をかけていたようだった。


倒れている勇者たちの顔には驚きの表情が浮かんでいる。

衝撃波と熱風渦巻く世界の中で、敵も味方も守る意味。それは、生きているものたちを生かす意志だと言えるだろう。

結局、彼らを殺さなかったことでも明らかなように、彼女たちは命のやり取りをする意志はないということを示している。


ゴーレムだけを焼き払う。

戦いを否定しないけど、命を奪うことは否定する。

そこにはエトリスとネトリスの想いが見て取れた。


ただ、その攻撃に対して、武神はその名に負けぬ姿を見せていた。

隕石をその身に受けながらも、抗う姿を見せている。拳で打ち返される隕石もあった。だが、それを否定する炎の意志の方が強く、徐々にその姿を飲み込んでいく。


燃え上がるその巨大な体には痛みの感覚はないだろう。だが、ジュクターの上げた絶叫が、それを代弁していた。


ついに武神は地面にその巨大な背を投げ出していた。


過たず刺さるその火の雨は、武神を倒してもなお、とどまることを知らずに突き刺さる。

やがて大地は大きく窪み、巨大なすり鉢状になってもなおそれは、吸い込まれるように叩きつける。

巻き上がる土と衝撃で、大地の中にうずもれる武神。完全に沈黙した武神は動かぬ的へと変化している。

だが、それでも止まらない。

容赦なく降り注ぐ炎の雨により、武神の姿は全く異なるものへと変化していく。

やがて、ほとんど跡形もなく燃え尽きたころ、ようやくそれはおさまっていた。


炎の雨が降りやんだ瞬間、飛び込む人影。周囲を絶え間なく探すその視線は、残ったそれを手に取っていた。


空気も大地も森の一部も、全て焼き尽くしたその大穴の中心で、ジュクターの絶叫が天を衝く。


わずかに燃え残った破片を胸に抱えて、声を上げて泣くジュクター。

すでに戦意は喪失しているのだろう。さらに散らばった破片を集めては、また大声を上げて泣いていた。


だが、まだ戦いは終わっていない。


一気に張りつめた空気がその場に満ちる。さっきまでの熱気が嘘だったかのような、冷たい空気を伴っていた。


それを敏感に感じたのだろう。そしてジュクターの脅威は去ったと考えたのだろう。


ルキがすかさずガドラの援護へと回る。

自動追尾する苦無クナイの標的をアメルナに変えて投げている。しかも、さっきよりも多く投げていた。

六つの意志が同時にアメルナを襲う。だが、それをことごとく躱すアメルナ。しかし、追尾するのを知っていたのだろう。再び背後から襲ってきたそれも易々と躱していた。


そこにはさっきまでの狂気の視線は一切ない。ガドラだけをしつこく見ていたアメルナはどこにもいない。


そこには一流の戦士がいた。

もう一度襲ってきた自動追尾する苦無クナイを、今度は一瞬で叩き落す。


注意深く周囲を観察するアメルナの視線は、明らかにさっきまでとは別人のようだった。


それを敏感に感じたルキは、素早く距離をとっている。戻ってきた苦無クナイを受け止めながら、慎重に観察し続けている。

そして、ガドラも真剣にかまえていた。おそらく、ガドラも感じているのだろう。殺気というものではない。圧倒される気配がアメルナから放たれていることを。


ガドラ達には小さなアメルナが、とても大きく見えているのかもしれない。吹き出る汗をぬぐう事もできず、ガドラは構え続けていた。


アメルナは一切その場から動いてはいない。だが、緊張感はかつてないほど高まっている。


この場にいる者を一瞬で切り伏せる。そう感じるほどの気配を放つアメルナ。


すかさずリナアスティが地竜達の前に進み出て、守る姿勢を見せていた。

だが、消耗したエトリスとネトリスは、その場でへたり込んだまま、動くこともできなかった。


――無理もない。あれだけの魔法を行使し続けていたのだ。

それ以外にも二人は補助的な魔法と、多重防壁を店長たちに展開している。


何より、その結界はメシペルの勇者達も守っていた。


かつてないほどの圧迫感。

だが、それも一瞬で無くなっていた。

大剣を背に戻したアメルナが、ルキ達に背を向けて歩き出している。


だが、誰も終わったとは思っていない


静まった世界に悲しみの声がこだまする中、全ての視線を浴びたあの男がついに動き出していた。


「あー。やっぱりめんどくせーです。クエン、これってあっしがやらないとダメです? 雷で起こされたのは、正直ムカついたです。でも、相手も弱そうだったし、あっしが何もしなくてよさそうだったから様子見てたです。でも、ジュクターは役立たずです。クエンも怪我して竜の相手は務まらないです。アメルナもなんだかやる気無くしてるです。雑魚なりに頑張ったご褒美に、あっしは帰ってもいいです? 国とったから、もう仕事はしたです?」

一応確認を取っているつもりなのだろう。立ち上がったものの、けだるそうな態度で木に寄りかかっているクジット。しかも頭の後ろで手を組みながら、クエンにそう尋ねていた。


だが、クエンは一度だけ首を横に振っていた。それを見たクジットは、盛大なため息を吐いている。


――危ない。本当に危ない。今までは何とかなったかもしれない。でも、クジットはあんな感じでもまことの勇者だ。今までの相手とは桁が違う。でも、もう少しだと思う。


脳裏からあの光景が無くなったことはない。


あの日、あの時、あの場所で起きた惨劇。なすすべもなくもてあそばれて死んだマリウス。圧倒的な魔法を放ちながらも、一瞬で殺されたミスト。そして、おそらく限界まで恐怖を刻まれたライト。特別な日に召喚された三人。そのうちの二人は、覚醒する前だったとはいえ、私が何度も何度も打ちのめされた相手だった。


まことの勇者の力は別格。まことの勇者とそれ以外では、力に大きな隔たりがある。


あの時のジェイドの言葉は、確かにそうだと思い知らされた。そして、私がそうだとわかった時も、確かにそんな感じだった。


そのまことの勇者であるクジットが、今ルキ達の前にいる。


おそらくその力は、あの中ではルキが一番わかっているだろう。

圧倒的な力の波動は、見るものを恐怖に落とし込む。さながら絶望という沼に誘い込まれ、這い上がることもできないように。


でも、それでもルキは抗ってみせた。自らの震える体を叱咤するように、『信じて! 大丈夫! 大丈夫だから!』と、声を上げてみんなに呼びかけている。その声に導かれるように、その場にいる誰もが恐怖に抗う勇気を見せていた。


――待ってて。もう手段は考えてある。クジットもそうだけど、その前にやることがある。もうすぐあれがやってくるはず。今すぐにでも飛び立ちたいけど、あれに釘を刺さねばならない。

二度とこんな真似をしないように。

すでに氷華ひょうかには、念話ですべてを伝えてある。用事が済めばすぐに駆けつける。だから、もう少しだけお願いするよ、リナアスティ。


その私の意志を感じたのだろう。

イメージ通りに、私を包む氷の結界を作る氷華ひょうか。そして私の髪の毛につかまり、その身を固定し始める。

これで全く動けない。再び氷の像が出来上がる。さあ、早く。早くくるんだ。忌々しい神々よ。


――いつまでも、アンタらの思い通りになると思うと大間違いだ。


焦りながらも、そう念じている目の前で、一瞬でルキに詰め寄ったクジットの拳をリナアスティの右手が必死に防ぐ。

それは威嚇の攻撃だったのかもしれない。怠そうに放つその拳は、リナアスティの手の中に納まっていた。


一瞬、希望が心に満ちる。


だが次の瞬間、リナアスティの右腕はちぎれ、吹き飛んでいた。苦痛に身をよじりながらも、反撃するリナアスティ。

易々とその尾をかわすと、再び攻撃態勢に入ったクジットの目は、またもやルキを狙っている。


再び放たれるクジットの拳。


だがその瞬間、白い球体がクジットを包みこむ。エトリスとネトリスが発動させた魔法の結界。その中に閉じ込められたクジットの攻撃は、そこで中断していた。


しかし、それも一瞬で爆散する。


――ここまでか……。もう、これ以上は待てない。

諦めて飛び立とうとした瞬間、何故かクジットは攻撃の意志を緩めていた。


「あっしに魔法の結界は無効です。飛び道具もです。無駄です。全て無駄です。今ある状態を維持しているのがあっしです。あっしを傷つけることなんてできねーんです。結果の分かっていることをする。それ全部、めんどくせーんです」

クジットが全ての苦無くないを掴み取り、だるそうに語りはじめた瞬間、再びあの者の気配が私の周囲に充満する。


そう、待ちに待った瞬間が、ようやくこの場に舞い降りてきた。

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