第138話流れ星に示す意志
その言葉がきっかけとなったわけじゃない。ただ、ルキ達がガドラの言葉にツッコミをいれる暇がなかったことから考えると、それが引き金の役割を果たしたのかもしれない。
限界まで引き絞った弓から放たれた矢のように、メシペルの勇者たちが一気に攻勢に転じる。
襲いくる、武神の腕とアメルナの黒い大剣。
その前に、ジュクターが放った炎の嵐がガドラを中心に広がっていた。
瞬時に同時展開したリナアスティの対抗防御結界と魔法結界。その対応の素早さには目を見張るものがあるが、それ以上に素早く反応したのはガドラだった。
広範囲に展開しようとしたジュクターの魔法は、ガドラがもつ
不動のクエンがわずかに動く。たぶん、そう思ったのは間違いない。
そして、武神の攻撃はリナアスティが迎え撃つ。
ただ、武神の上からの攻撃はかなり早く、二つの魔法を同時に展開したリナアスティの行動は少し遅れ、そのまま体で迎え撃っていた。
リナアスティと武神の拳の衝突は、リナアスティに軍配が上がる。
だが、武神の拳の跳ね返し、そのバランスを崩したものの、自らも反動で体勢を崩していた。
しかし、それはほんの一瞬。
武神よりも早く体勢を整え、リナアスティは優雅に元の場所に降り立っている。
力の激突はほとんど互角。体の大きさでは負けているものの、リナアスティの強さは多分まだまだこんなものじゃないだろう。これで幼竜だというのだから、将来どれだけ強くなるのか楽しみだ…………。
――ああ……。まったく。これだから嫌になる。
これが勇者というものだ。心の奥底から湧き上がる感情。油断すると飲み込まれそうになる激情。
そう、私も戦いに高揚感を覚えている。
リナアスティに人の姿でいることを勧めたのは、この私だ。リナアスティに戦ってほしくない。そんな私のわがままにつきあわしている。
しかし、今の今まで、気付かなかった。
知らないうちに、そのリナアスティの成長とその強さを頼もしく思っている私がいる。
それは、それでいいのかもしれない。だけど、私のわがままにつきあわしているんだ。だったら最後まで私が責任を持つべきだろう。
――だが、あれに見せつける必要があった。言っておかねばならない事があった。
二度とこんなことを思いつかないように。無駄だとわからせるように。
だから、我慢してきた。でも、限界だ。もう限界だ。
しかし、私の我慢が限界を迎える前に、信じられない光景が飛び込んできた。
「どうした! そんなもんか! のろいぜ! のろすぎるぜ!」
「ひひっ、当たり前だし、呪いだし。呪い死だし。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。いい加減死ねガドラ。呪い呪われ、呪い死ね。ひひひ」
ガドラとアメルナの一騎打ちは、信じられないことに全く進展を見せていなかった。
アメルナの一撃は必ずガドラの脇腹を狙ってくる。それを狙いすまして跳ね返す。ガドラの行動はただそれだけだった。
そう、アメルナの巧みなフェイントには、ガドラは全く反応していない。
ただ一点。自らの脇腹を守る事だけに集中している。それ以外の攻撃はどれも浅く、風の障壁で致命傷には至っていない。しかも攻撃は剣が届く範囲を超え、さしものアメルナもその間合いをつかみかねているようだった。
風の障壁をも生み出す
――いや、たしかに攻撃が単調なせいもある。でも、相手は特別な日の勇者だよ? ほんとなら、そんなことありえないだろう?
でも、それはガドラだけではない。皆の力は驚くべきものだった。
最初こそ魔法攻撃を許したものの、それからのルキは巧みにジュクターの注意をひきつけ、広範囲に魔法の詠唱をさせないように戦っている。
冷静さを欠いたジュクターは、ルキにとっては扱いやすい相手なのだろう。一方的に翻弄するルキに対して、ジュクターの苛立ちは、つもるばかりに違いない。
ジュクターも格下だとわかっているだけに、余計に苛立ちが募っているのだろう。その行動は、感情に左右されている。
普段の冷静なジュクターであれば、ルキがこれほど翻弄することはできないだろう。
だが、魔法には集中力がいる。冷静な判断もいる。状況把握も必要だ。それを欠いたジュクターは、今は実力のほとんどを出し切れていないだろう。
そして、組合長の残してくれた、魔法の道具も役に立っていた。
一定時間自動追尾する
だからだろう。ルキへの魔法攻撃は、ことごとく見当違いなものとなっていた。
――
いや、それは当然なのかもしれない。
メシペルの勇者たちは、お互いの強さを知っているから、全く連携を取らずに各々が勝手に戦っている。しかも、勝つのが当たり前だと思っているから、勝ち方にこだわっている。それに比べてルキ達は互いに連携し、懸命に戦っている。お互いの状況を確かめながら。
その違いが大きな違いとしてでている。一人一人は弱くても、互いに力を合わせて大きな力に変えている。
そんな攻防が繰り広げられる中、エトリスとネトリスの魔法の詠唱が続く。
おそらくその瞬間を狙われたらひとたまりもないだろう。だが、自分たちの力と勝利に絶対の自信を持っているからか、ただ単にめんどくさいのかわからないが、他の者はまったく動かずにいた。
やがて、長く続いた詠唱も終わりに近づき、一つの呪文が完成を迎える。
エトリスとネトリスが共に紡いだ一つの詠唱。声と魔力を呪文に重ね合わせ、二人で作る同時詠唱。
それは、二人の心が一つになり、はるか上の魔法を使う技という。星読みの巫女に受け継がれる、秘伝の技という事だった。
それが今、福音を授ける余韻を残し、最後の一節が風と共に流れていく。
その瞬間、あらゆるものを打ち砕く、裁きの炎が舞い降りる。
あまりに絶大な魔法の為、賢者しか使えないとされていた魔法。強き力の象徴とも言われる魔法。
天空にある星々を呼び込み、標的となるものを焼き尽くす魔法がここに完成した。
「「
薄暗くなりかけているとはいえ、まだ明るい東の空から次々と飛来するその輝き。
まさしくそれは、流れ星。
灼熱の赤を纏った滅殺の炎の塊は、遠くから見ると白く長い尾を引きながら空を駆けていることだろう。
それを見る、様々な人の願いをその身に受けて。
ただ、呼び出した少女たちは願ってはいない。
彼女たちは守る意思を示している。
その想いの強さは形となり、確実に武神を打ち抜いていた。
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