第131話並び立つ少女たち

青い光の軌跡を残して進む雷光。

きっと空気を焦がした臭いを周囲に振りまいていた事だろう。


どこまでも真っ直ぐに突き進み、抗うものを容赦せず、光の道は確実にそれを捉えていた。


光の軌跡がついえる中、世界はゆっくりと動き出す。


短い悲鳴に続いて、地面があげた衝撃の音。

雷光に貫かれし者は、一命を取り留めているものの、瀕死の重傷を負っていた。


辺りにはきっと、肉が焼ける臭いが充満している事だろう。


ガドラの認知する世界の外側から飛び掛かってきたのは、刺突武器を構えた軽戦士の勇者だ。名前も分からないその勇者は、たぶん虚を突いたつもりだったに違いない。


音もなく静かに確実に、その武器はガドラののど元を狙っていた。だが、それは光によって打ち砕かれる。あたかもそれが当然だというように。


「ちょっとガドラ! 油断してんじゃないわよ!」

軽々とした身のこなしで、リナアスティの隣にルキが降り立つ。やや遅れてその横に、エトリスが乱れた巫女装束を正しながら舞い降りてきた。


「お待たせしました。ルキさんを運ぶのに、けっこう力を使って疲れました」

黒く長い髪を落ち着かせ、エトリスは小さく息を吐く。


「ちょっ! あたしが重いみたいな言い方やめてよ!」

「いいえ、そんなことは一言も申しあげておりませんわ。ただ、疲れたと正直に感想を言いましたの」

さぞ重たい荷物を持ったような態度で、エトリスはその疲れを表現している。ただ、言葉では負けると判断したのだろう。ルキはその後の言葉を飲み込んでいた。


「でも、エトリスもそろそろ空間移動を覚えてよね。私の魔法が届いたからいいものの、ガドラさんがいなくなるところでしたよ。荷物運んでくれる人がいなくなったら困るでしょ?」

エトリスと同じ姿のネトリスが、黒くあいた空間の中からゆっくりとその姿を見せていた。


だが、その瞳はエトリス達を見ていない。しっかりとメシペル王国の勇者たちを観察している。

流れ動くその視線。やがてそれはあの馬車へと向かって止まっていた。


「やはり、お告げの通りですか……。まだ、ヴェルド様はお戻りではないようですね。そこにいる人達! 邪魔ですからそこをどいてくださいませ」

凛として涼やかな声が、有無を言わさぬ調べを奏でる。

その意味を理解したのだろう、ダビドと地竜は素直にリナアスティの後ろに下がっていく。


星読みの巫女であるネトリスとエトリス。おそらく何かを見たに違いない。


だからここに駆けつけてきた。でも、正直言って来てほしくはなかった。

彼女たちだけでは、戦う上で構成が偏りすぎている。前衛となるべきものがいない。


勇者達を相手にして、それは危険なことだと言えるだろう。


エトリスとネトリスは共に魔術師。そして、ルキは野伏レンジャーの職に就いている。ともに先頭に立って戦う職業ではない。リナアスティと違って、自分自身を守る力が足りていない。


――うまくいくかわからないけど、メナアスティを呼ぶか……。リナアスティには通じたんだ。きっとメナアスティにも届いているはず。


いや、ダメだ。今、メナアスティを呼ぶことはできない。メナアスティがメシペル王国の王城を焼き払えば、ここに居る勇者は撤退する。その最終手段のために、あそこにメナアスティがいるのだから。

だから、あれから神も私に対して直接何もしてこない。


だが、今メナアスティがそれをすれば、神は私を閉じ込めたまま空間をどこかに飛ばすかもしれない。もしくはこの空間自体を消滅させるかもしれない。


そして、メナアスティが動かない理由。

それは私を信じて待っているからに違いない。


神々の協定と呼ばれるもの。

この世界のものに対して、神が直接干渉することを禁じている事柄。


私が無事に脱出さえすれば、メナアスティがすべてを終わらせる。そして私が出てきて、リナアスティを守ることも考えているのだろう。


そう、リナアスティでクエンは何とか抑えられる。


でも、その後ろにいるクジットまではどうにもならない。今はまだあの性格が幸いして、一度としてあの馬車から降りてない。

だが、おそらく外で起きていることは知っている。今はまだ、見ていてもいいとわかるからこそ、何もしてこないのだろう。


おそらくその事をネトリスは知っている。いや、あの四人が知っているという事か。

だからこそ、私の帰還を待っている。この私を信じて……。


――もうすぐ、あと少しで何とかできる気がする。だから、あと少しだけ頑張ってほしい。


「ルキちゃん達、危ないから下がってな!」

再び威勢のいい声を上げるガドラ。その声を聴き、四人はお互いに顔を見合わせていた。


「えっと、ちょっとどいてくれる? ガドラさん」

おそらくそれは合意の言葉。ただ、代表してネトリスが一歩前に出ていた。


「え!? この俺に言ってるんですかい? お姉ちゃんさん?」

「ネトリスよ! ガドラさん、あなた絶対わざとよね? って、もういいわ……。ここで言いあっても始まらないし。『あぶらかたぶら』よ、ガドラさん。あなたの守るのは、あっちの人達。私たちは、この人達をやっつける。いい? そうドルシールさんから言われてたのよ」

圧倒的な自信を見せながら、エトリスはガドラを制していた。あっけにとられたガドラの顔も、他の三人を見て何かに思い至ったようだった。


「ちぇ! 『あぶらかたぶら』と言われちゃ、しょうがねぇ! このガドラ。勇者殺しのガドラの前に、ドルシール一家の一の子分。ガドラ様に違いねぇ! ドルシール姉さんの言いつけなら、守るのが男ってもんよ!」

己の胸をドンと打ち、その意気込みを語るガドラ。おもむろにメシペル王国の勇者達に剣先を向けると、不敵な笑みを浮かべていた。


「残念だが、俺は遊べない理由が出来た。男にとって重要な理由だ。あばよ!」

次の瞬間には踵を返し、ガドラは背中で別れを告げる。


――いや、遊べない理由ってなんだよ! 小学生か!


今、ルキが店長とフラウの前に立ち、その両脇をエトリスとネトリスが固めている。

そこからゆっくりと前に出る三人の少女。


入れ替わるように、店長たちの前にたったガドラは、大きく息を吐いていた。

次の瞬間、剣を地面に突き刺し、仁王の形相でガドラは死守の気概を見せつけていた。


「さあ、エトリス、ルキ、リナ。ここは新妻の務めです。私たちで何とかしましょう。ヴェルド様のお戻りをお待ちする。これが正しい新妻の務めですよ」

さらりととんでもない発言をするネトリス。その言葉に、エトリスとルキも頷いていた。


「当然ですわ、お姉さま。ヴェルド様はこの後私に、素敵な抱擁をくださいますわ」

「まっ、新妻とか知らないし。でも、アイツが遅れてくるのはいつもの事よ。あとで文句言ってやる。アイツが来るまで、この人達を守りぬく。もう守られてただけのあたしじゃない。そうね、それを見せつけるのも悪くはないわ」

ネトリスの言葉にそれぞれ応じるエトリスとルキ。その姿を、フラウはかわるがわる見つめていた。


「ヴェルド様って、あのヴェルドさん? どうして……? あなた達って、いったい?」

フラウの戸惑う視線が、全ての人に注がれる。


「おとうさん? リナの魂と結びつく人だよ」

頭の上からの声に、驚くフラウ。だが、それで終わるはずがなかった。


「ヴェルド様は私の旦那様ですわ」

「いいえ、エトリス。私の旦那様よ」

「そんなの別にどうだっていいじゃない! まあ、ちょっと特別ってのは認めてあげるわ」

「アイツは俺の舎弟だぜ。まだ教育が足りないけどよ!」

振り向く四つの視線を浴びながら、フラウの混乱はより一層深まっているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る