第130話光り輝く者

ゆっくりと、優雅に優しく舞い降りる。地竜の咆哮に応えていたその声の主。うまく伝わらないながらも、私の呼び掛けに応えてくれたその姿。

いつもの見慣れた姿ではない。めったに見ないその本来の姿。


光を受けて銀色に輝くその姿は、まさしく銀竜の名にふさわしい。そして、神々しいという形容詞は、まさにこの子のためにあるといってもいいだろう。


そこからは生命力にあふれた、若く美しい煌めきと共に圧倒的な力が吹き荒れていた。


――まっていたよ。リナアスティ。


ただ……。ガドラは連れてきたらダメだって言ったんだけどね。でも、連れてきてしまったのは仕方がない。それに、あのタイミングでないと間に合わなかったのも事実だし、ここは結果オーライなのかな……。


それにしても、ガドラはこの状況でも動じる気配は見せていない。


ゆっくりと、リナアスティを背にしてガドラは周囲を見渡している。しかも、王家の剣で一人一人に向けて突き出しいく。


何がしたいのかわからない。でも、何かをしたいのだというのは分かる。大きく息を吸い込んだ後、ガドラの咆哮が周囲に向かって放たれていた。


「どこだ! フカン! 出てきやがれ!」


七人の勇者とクエン。彼らに向かって叫んだのは間違いない。


そう、ガドラは順番にその目を向けていた。

しかも、そう叫んだあと、しばらくクエンを睨んでいる。

だが、次の瞬間には剣を肩に担ぎ、小さく鼻を鳴らしていた。


あっけにとられるメシペルの勇者達。そう、それは私にしても同じだった。


「お前たちの中にいるにはわかってるんだぜ! 空から全部見たから間違いねぇ! おまえらからは、やべえ感じがビシバシ伝わってくるからよ! 特にそこのでかい戦鎚矛ウォーメイス! おまえがフカンだろ! まちがいねぇ!」

剣先をクエンに向けて、吠えるガドラ。不敵な笑みを浮かべたまま、大きく顎を上げていた。


――ちょっとまて。

一発でクエンの実力を評価したことはさすがだと言いたい。

でも、『フカン』ってあれか? 前にノウキンと話してた時の、あれなのか?


大胆不敵な笑みを浮かべつつ、それでも獲物を睨みつけるような眼差しのガドラ。

その視線を悠々と受け止めて、クエンは肩をすくめていた。


「人に名前を訪ねるなら、まず自分が名乗るのが礼儀でしょう。でも、まあいいです。残念ながら、わたくしは『フカン』ではありません。私の名は、クエンです。クエン・イキサといいます」

どこまでも冷静に、クエンの姿勢を崩さずにそう答えていた。だが、その目はガドラを見ているようで、見ていない。


あくまでその視線は、その後ろにいるリナアスティに注がれていた。


「そうかよ、ならいいぜ」

人を小ばかにしたような態度で、あっさりとクエンから視線を逸らしたガドラ。

その態度に思う所があったのだろう。戦鎚矛ウォーメイスを持つクエンの手が、小さな動きを見せていた。


「フカンってのは、相当やべえ奴みたいだからな、だったら、お前か! そこのジャラジャラ男!」

すぐ近くにいる鎖帷子チェインメイルの戦士に剣を向けるガドラ。


「一体、何のことだ? ここにはそんな名前の奴はいねーよ」

だがあっさりと、その言葉は否定されていた。


――意表をつかれたとはいえ、誰もガドラを脅威とは感じていない。だが、その後ろにいるリナアスティを警戒しているのだろう。誰もガドラに近づこうとはしていなかった。


そしてガドラは、ここでもやはりガドラだった。


「ふっ、そんなにフカンが大事なのか? この勇者殺しのガドラ様を前にして、隠したい気持ちは分かるぜ! 俺がもしその立場だったら、ドルシール姉さんのことは、最後まで隠す方だからよ」

「そんな奴いねーよ! それに誰だ? そのドロシールってやつは?」

「てめー! 姉さんに変なものつけんじゃねぇ! ドルシール姉さんはドルシール姉さんだぜ! さいこーにイカしてる、俺たちドルシール一家の姉さんだぜ! しらねーのか! ばかやろう!」

「知るわけねーよ! そんな奴! でも、そんなに上玉か?」

「かぁー! なんて残念な奴らだ! オウとも! 女神も真っ青になって逃げだすぐらいだぜ! 会えば分るぜ! ドルシール姉さんを知らなかったこれまでの人生。お前ら絶対後悔するぜ! しゃーねーな! 今度会わせてやるぜ!」

「よし! こいつは楽しみになってきた!」


会話が成立しているようで、全く成立していない二人だった。

だが、どうだろう。

いつしかドルシールを間にはさみ、すっかり意気投合していた。


その会話が気になったのだろう。クエン以外の勇者たちが、ガドラを囲むように移動を始める。


――いや、一言だけ言わせてほしい。ガドラ? ドルシールの事、最後まで隠すんじゃなかったのか?


「で、どいつがフカンだ? おまえか? おまえか? おまえだな? もう、お前で決まりだな!」

集まった七人の勇者に対して、あらためて尋ねるガドラ。心なしか先ほどまでの剣呑とした雰囲気は、今ではすっかり無くなっている。


「おいおい、何度も言わせるなよ? いねーって、そんな奴はよ」

鎖帷子チェインメイルの戦士が、ガドラの肩を叩きながら答えている。

いつの間にか勇者の輪の中で、ガドラが暢気に構えていた。


「まあ、あれだな。フカンってのは、けっこう人望もある奴だな。まっ、ドルシール姉さんの足元にも及ばないだろうがな! でもよう、ガドシル王国のまことの勇者タマ程じゃないって言っても、そこそこやるとは聞いてたんだ。けっこう楽しみにしてたんだぜ? でもまあ、このガドラ様を前にして、怖気づくのはしかたねぇな! 勇者タマを倒した、この俺様の敵じゃないってのは分かったぜ!」

囲まれているにもかかわらず、ガドラは余裕の笑みを浮かべている。しかも、誰に聞いたのかわからない情報まで並べ始めている。

そして、ついに余計なひと言まで発していた。


当然、ガドラの不用意な発言は、クエンの耳にも届いていた。


「ガドシル王国のまことの勇者ですと! エマの事を言ってるのですか! ではあなたが、あの謎の光の者だというのですか!? いえ、そんなはずは!? でも、銀竜といい、その剣といい……。でも、どう見てもそんなはずは……」

その時初めてクエンが動く。本人は自覚しているわけではないのだろう。


ただ信じられないという意識が、クエンを歩ませていたに違いない。


「エマ? タマじゃなかったか? まあ、細かいことは気にすんな! この俺が倒したのは間違いねぇよ。ふっ、遊ぶか?」

不敵な笑みを浮かべたガドラ。


そのやり取りの衝撃で、一斉に距離をとる七人の勇者達。


「やはり、信じられません。でも、確かめれば済むことですね。そうです。それしかありません」

自分を取り戻したクエンの声。堂々としたその声に頷くメシペル王国の勇者たち。


和やかな空気が霧散し、一触触発の空気が漂っている。その世界の中心でガドラは余裕の笑みを浮かべている。


だが、その空気は感じているのだろう。ガドラはすでに戦闘態勢に入っていた。


ガドラを中心に、静かに波が広がっていく。それぞれが発する気合の波紋。


その衝突は確かな未来を奏でていた。


「いいぜ、かかってきな!」

そう豪語したガドラのすぐ脇を、一筋の雷光が突き抜けていた。

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