第129話祈りにこたえし者

「や…………め……なさ…………」

今にも消え入りそうな声で、血まみれの店長はそう告げていた。


あの瞬間、店長は自分がもてる最大の力で防御結界を戦鎚矛ウォーメイスが当たるその一点に展開していたに違いない。


だが、タイミングのずれたその防御結界は、戦鎚矛ウォーメイスの衝撃を完全に防ぐことはできなかった。その瞬間、まるで粘土に拳を当てたように、店長の体に食い込む戦鎚矛ウォーメイス

その衝撃はすさまじく、まるで糸の切れた凧のように飛ばされていた。


瞬時に自らを治療していたが、そのダメージは深刻なレベルに到達したようだった。


生死を分かつその一撃。恐らく店長の判断が間違っていれば即死だったに違いない。


結界に割いていた力を取りやめて、自らの防御結界と治療を選んでいた。


だが、メシペル王国の勇者たちを取り囲んでいた結界の壁が、全てかき消すようになくなっても、店長の傷は完全に癒えることにはならなかった。


そんな様子を、クエンは黙って見つめていた。


「さて、これからあれを追いかけるのは一苦労です。そうですね……。とりあえず、あなたの死体を届ければ、あの領主も一応納得するかもしれませんね。王都に向かったジュクターが帰ってきたら、あらためて追いかけてもらう事にしましょう。どうせ行き先は分かってるのですから、焦っても仕方ありませんね。そうしましょう。さて、そうなると交渉ですね。では、お連れの二人とそこの地竜もセットでいきましょうか」

もう自分の仕事は終わったとばかりに、クエンは後ろで吹き飛んでいる六人の勇者に告げていた。


あの一瞬。クエンの行動そのものが猛撃と言ってもいいだろう。

その余波を受けて、進路上にいたメシペル王国勇者たちは、当然のように吹き飛ばされていた。

一番前にいた小男勇者は、その被害をまともに受けて、今も地面の中にうずもれている。


もしも結界が無かったら、フラウとダビドも無事では済まなかっただろう。一般人である彼女たちが、あの衝撃を受けて生きていられるとは思えない。


だから店長は、自分に張る防御結界のタイミングをずらしてまで、ギリギリまであの結界を維持していた。


――本当に、店長は店長の鏡だよ。そして、もう少しだけ待ってほしい。


「てんちょー! てんちょー! てんちょー! だめー! だめー! だれかー!」

「店長! 大丈夫っすか! 大丈夫じゃなくても、大丈夫っすよね! おれ、信じてるっす!」

呆然自失の状態から回復した二人は、店長のそばに駆け寄っていく。

その二人を守るかのように、地竜が飛び出し、勇者達との間に入っていた。


「まっ…………たく……。スー……パー……逃げな…………、言いま…………し…………た……よ」

治癒の光は体を覆っているにもかかわらず、その効果は十分ではないようだった。


恐らく、十分な治療が出来なかったのだろう。

それほど肉体の損傷が激しかったに違いない。これまで、ずっと耐えてきた店長も、さすがに力を使い過ぎたのかもしれない。


「てんちょーもです! 一緒じゃないと、ダメです!」

泣きじゃくる顔をそのままに、フラウは店長に抗議していた。真っ赤にはらしたその目の奥に、何が何でもと言う意思が見えている。


「おれもっす! 店長残して逃げるなんて、おれにはできないっす! おれ達は、これまでも一緒にいたっす! 店長がおれ達の面倒見てくれてなかったら、おれ達とっくに死んでたっす。それに、店長言ってたっす! くだらない事で笑えることを教えてくれるって! そう言ってたっす! おれ達色々教わったっすけど、まだまだ足りてないっす!」

店長を間にはさみ、フラウとダビドは店長を抱きかかえていた。祈るように、励ますように、二人は必死に訴えかけていた。


「そう…………でし……た……ね。で……も、それ…………は……君た……ち……が、生き……て…………いて……くれ……る……こと……が……必…………要……です……」

内臓のダメージが深刻なのか、時折血を吐きながら、答える店長。回復魔法の証である淡い光が店長の体を包んでいるものの、その光は明滅を繰り返している。


――魔力が足りなかっただけじゃない。魔法は継続してかけ続けているんだ。まさか、生命力に深刻なダメージを受けている?


これまでの戦闘で、店長の治癒魔法はかなりの効果を持っていることは明らかだ。それでも、クエンの攻撃で店長はこれまでにない深刻な状態になってしまっている。

まさか、それがあの戦鎚矛ウォーメイスの力なのか? 回復魔法の効果を減らす力でもあるのか? いや、ダメージの蓄積か? いずれにしても、恐るべき力には違いない。


クエンの方はあれから全く動こうとしていない。だが、メシペル王国の勇者たちは、徐々に体勢を整えつつある。地面にめり込んでいた小男勇者も、土の中から這い出してきた。


「あー。ひどいなぁ、クエンさん」

「ほんと、見境ないですよ、クエンさん」

「オレ、ちょっとかすってましたよ、クエンさん」

次々とクエンのもとに集まる勇者達。口々にそう言われるたびに、クエンの面兜が小さな動きを見せていた。


「人を酸っぱそうに呼ばないでほしいものです。文句は後でジュクターが聞きますから、今は働いてください。女は貴族が何か言ってた気がしますので、生かしておいてください。司祭と男は首だけでいいでしょう。地竜は……。まあ、映像をみてるのですから、持って帰らなくてもいいですよね」

かなり投げやりな態度で、クエンは七人の勇者に向けて指示していた。


威嚇する地竜をものともせず、七人の勇者は囲うように進んでいく。


「いやー! こないでー! だれかー! てんちょーが!」

「これまで散々お世話になったっす! 今度は、おれが!」

店長を抱き寄せて、開いている手で手当たり次第に土をつかんで投げるフラウ。

店長をフラウに任せて、自らは地竜に並ぶダビド。


それを目にした地竜も、頼もしい咆哮をあげていた。


だが、メシペル王国の勇者たちには届かない。侮蔑の笑みを見せたまま、じりじりと半円状に取り囲んでいく。


「攻撃が弱い地竜に、雑魚とうるさい雑魚。まあ、オレ様も立ってるだけだったし、そろそろ運動でもするか!」

取り囲んだまま、いたぶるように様子を見ていたメシペル王国の勇者達。だが、その中から鎖帷子チェインメイルの戦士が前に出てきた。


「ところで、クエンさん。この地竜やったら、特別危険手当でますかね?」

その顔は、明らかに面白半分で言っている。

だが、クエンは真面目に首を横に振っていた。


「危険手当は、危険な時に出る手当です。それは危険でもなんでもないでしょう。ジュクターでも瞬きだけで殺せます」

「そりゃ、残念。じゃあ、残業代も出ないですね。しょーがない。とっとと行かせてやるよ! あの世がここにもあるならな!」


相手は勇者。恐らく、一般的な勇者だろう。そして、戦士の職についているのは明らかだ。

地竜は数ある竜族の中では、弱い方の種族にあたる。一般的な勇者と戦えば、勝つのは間違いなく勇者だろう。

それがこの世界の強さの階層。圧倒的な力を、勇者はその身に宿している。


そして、フラウとダビドはその地竜に簡単に殺されてしまう一般人だ。


「あっちいけ! べーだ! おまえたちなんて、ねばねばー!」

「フラウ、店長を頼んだっす!」


だが、そんなことは百も承知にもかかわらず、二人は店長を守ろうとしている。そして地竜もまた、その三人を守ろうとしていた。


圧倒的ともいえる力を前にしても、守りたいと思う心が勇気を引きだし、勇気がさらに守る意思を強固にしていく。


――そこには勇気の種がある。そして今、その花を咲かせようとしていた。


鎖帷子チェインメイルの戦士に向かい、ダビドと地竜が叫びながら駆け出している。

それは蛮勇と言われて仕方がないことかもしれない。でも、それは私に何かを届けていた。


「ダビド君! だめー!」

フラウの祈りの叫び声。それは周囲に轟き、天から降ってくる雄叫びを呼ぶものとなっていた。


迎え撃つ戦士は余裕の笑みを浮かべ、大剣をただ前に突き出している。

そこに突っ込むダビドと地竜。


「だれか! お願い! たすけて!」

涙を流し、店長に顔をうずめるように抱えたフラウ。その祈りの声をうけ、フラウの頭に店長が手を当てていた。


「だ……い…………じょ……う――」

店長が笑いかけようとした瞬間。

鎖帷子チェインメイルの戦士の動きは、ダビドと地竜を薙ぎ払うものへと変わっていた。


雄叫びが地面に突き刺さる。


その瞬間、土煙があたりを覆い尽くし、視界のすべてが覆われる。


――終わった。


恐らくそこにいるメシペル王国の勇者の誰もがそう思った事だろう。

鎖帷子チェインメイルの勇者の一撃は土煙を切り裂く旋風となって、地竜とダビドに襲いかかる。

土煙の中で、断末魔の悲鳴と血が混じり、あたりに命の残骸をまき散らす。


そこにいる誰もが、そう思っていたに違いない。だが、土煙の中で上がった悲鳴は、金属があげたものだった。


予期せぬ邂逅で弾かれた大剣。


「なに!?」

それは、鎖帷子チェインメイルの戦士にとっても驚きの事だったに違いない。予想外の手ごたえに、反動で帰ってきた自分の大剣をしばし見つめていた。

だが、それも長くは続かなかった。


何かがおかしいと感じたのだろう。次の瞬間には、土煙の中を睨んでいた。


「きさま! 何者だ!」

鎖帷子チェインメイルの戦士があげた誰何の声で、他の勇者たちも状況を理解したようだった。


土煙が吹き下ろす風により四散していく。その中心で剣と盾を構えた男がいた。


押し殺したような笑い声と共に、あらわになるその姿。

青の裃と袴が不似合いであるのは分かっている。妙な武士の出で立ちにもかかわらず、その手には片手剣と盾を持っている。頭にはあのドルシール一家のあれが付いていた。


――どう考えても、ふざけているとしか思えない。でも……。今はそんな姿が、無性に頼もしく思えていた。


「待たせたな」

不敵な笑みを浮かべ、剣を突き出したガドラがそう告げた瞬間、店長のすぐそばに優しい風が舞い降りた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る