幕間

第117話幕間メシペルの勇者達前編

映像が固定され、その様子が手に取るようになった瞬間、怠そうな声が頭の中に響いてきた。その臨場感は、まるでそこに私がいるとさえ思えてくる。

だが、それに感動している状況ではなかった。



「やっぱり、めんどくせーです。あっしはここで『様子見』ってことでいいです?」

坊主頭に手を当てて、そのままペチペチと頭をたたく男がいた。


今の状況や周囲の人物を考えると、その者はかなり場違いな態度をとっているのだろう。しかも、それは服装からしてそうだった。

周囲の人に比べると、かなりリラックスした格好をしている。


――いわゆる、作務衣さむえと呼ばれるものに似ている……。今履いているのも、どう見てもサンダルだった。


ポリポリとお腹をかきながらする大きな欠伸は、まるで勤勉さを吐き出しているかのように、力の抜ける声を伴っている。


まるでやる気のない態度。

しかも、まだ寝たらないという雰囲気を、その男はふんだんに振りまいていた。


「あーあ。あっしが記念日を作っていいなら、これから全部『休日記念日』にしてあげるです。でも、めんどくせーからやらないです。あっしの休みがなくなるです」

やられても困るだろうが、一体何がしたいのかわからない。ただ、めんどくさいことはしたくないという事だけがはっきりしていた。


「クジット……。あなたにしてみれば、つまらないことかもしれませんが、これもお勤めです。サラリーマンたるもの、王国の命令には従わないと。それに、せっかくこうして久しぶりに集まったのです。ここは、親交を暖めておく必要があります。サラリーマンの四十八の必殺技である、ノミニケーションの出番です。おっと、クジットは未成年でした。残念ですが、酒は無しで語り合いましょう」

クジットと呼ばれた作務衣さむえを着ている男に答えていたのは、対照的に重装備の人物だった。その装備から男か女かは確定できない。


だが、その声やその体つきからして、間違いなく男だろう。

ただし、全身鎧と面兜をつけているため、その特徴は全く分からなかった。

唯一、筋肉質を想像させる体の大きさを除けば。


――いや、それよりも…………だ。


――サラリーマンの必殺技って一体何!? そんな社会人みたことないぞ!

叫んだところで届かないが、思わずそう叫ばずにはいられなかった。


「ひひっ、クエンよ。いい加減その暑苦しい姿をやめよ。部屋の中だし。もうすぐとはいえ、まだ宣戦布告はしてないし。まだ、攻められないし。ひひひ」

その二人の間に、長い黒髪の女が割って入っていた。

むき出しで背負っている背中の大剣は、その女の髪と同様に黒い刀身をあらわにしている。


しかもその恰好……。独特といえば、独特だろう。

大剣を背負っている割には、黒い魔術師のローブに身を包んでいる。


「そういうオマエもな、アメルナ。小さなくせに、そんな大剣を毎日背負ってんじゃねーよ。聖騎士パラディンのお前が魔術師のローブに大剣って変だろ! ていうか、オマエら遅刻だ、遅刻。のろいんだっての! この砦に招集があってから、一体どれだけ待たせるんだっての! オレが一番乗りだってのはまあいいさ。でもよ、王都に寄って来たっていうクエンが来てから、さっぱり誰もこねぇときた。オレ、毎日これの姿見てたんだぜ? わかるか?」

読んでいた本を閉じ、男が金色の長い髪をかきあげていた。賢者の衣についたしわを正すかのように立ち上がり、端の方から指さしている。


「めんどくせーです。からむなよです。ジュクター。呪われろです」

坊主頭の男が、賢者の男を指さしていた。


――それが合図となったように、アメルナはジュクターに向けて、良からぬ何かを放つ仕草をしていた。


「なあ、アメルナ。たまにそれするよな? 前から気になってたけど……。なに? それ?」

「ひひっ、呪いですし、ジュクター。のろいって言われましたし。お返しに、君に呪いを贈ってますし。丁寧だし。リボンもつけるし? ひひっ、黒しかないですし。ひひひ」

「うわ! やめろよ! なんだか本気で気味が悪い! 第一、呪いと鈍いのろいはちがうだろ! まして、リボンなんかいらねー」

「ひひっ、そりゃ呪いですし。じゃあ、リボンは君を縛るのに使うし。ひひひ」


この部屋の中にいるのは四人。


坊主頭のクジットに、フル装備のクエン。そして、絶賛呪いを贈り中のアメルナとその呪いを贈りつけられているジュクター。


メシペル王国とガドシル王国の国境付近。メシペル王国にある砦の一室に、四人の勇者がそろっていた。


相変わらず呪いを放出しているアメルナだったが、それは別の場所からの声を引き出していた。


「あっ、あっしが呪われやしたです。この呪いは、この場から動けない呪いのようです。困ったです。でも、しかたがないです。何しろ、アメルナに呪われたのです。でも、アメルナを責めないでほしいです。あっしではアメルナの呪いに勝てなかっただけです」

たった今思いついたかのように、奇声をあげたかと思うと、その理由を語りだすクジット。

全く困ったふりも見せずに、そのまま寝ころび始めている。


「ひひっ。あたしの呪いは絶大。でも、それたのは残念。こんどこそ、ジュクターに。ひひひ」

「うそだろ? クジット、やめろよ! 冗談だよな? あんなのが呪いの訳ないよな? なぁ? おいって!」

「絶大です。でも、さっきのは間違いです。あっしはこの砦から出れない呪いをうけたです。たぶん」

さらにだらしなく寝転がるクジット。


そして、それもお構いなしに呪いをかけ続けるアメルナ。


「マジかよー! でも、オレは賢者。クジットは武闘家モンクだから、抵抗レジストできなかっただけだ。いくらアメルナが聖騎士パラディンとはいえ、オレの方が魔法は専門職! 来るなら来い! 跳ね返してやる!」

「ひひっ。無理。無駄。無知。呪いはオカルトだし。魔法じゃないし。ひひひ」

自信満々な抵抗も、アメルナはバッサリと切り裂いていく。


「なんだとー!? マジかよ! こうなったら、クエン! さっきから黙ってないで、何とか言えよ! アイツらふざけすぎだろ!」

そしてそれを振り払おうとするジュクターは、ついに全身鎧のクエンに助けを求めていた。


――だが、その茶番には付き合うつもりがないと言わんばかりに、クエンは肩をすくめている。


「どう考えても、オマエしか味方はいないんだって。得意の説教はどうした? サラリーマンなんだろ? 給料分の仕事しろって! この給料泥棒!」

見えない呪いを必死に避けつつも、クエンに一縷の望みを託すジュクター。


しかし、その望みを粉々にして、クエンはジュクターを指さしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る