第118話幕間メシペルの勇者達中編その1

「そもそも、あなたに給料をもらった覚えがありません。あなたこそ、いつも油を売ってばかりですよ。たまには体を動かしなさい! 汗水たらして働くのです!」

「くそ! つかえねぇ脳筋に言われたくねぇよ! そのヘンテコな筋肉を動かす前に、頭動かせってんだ! たまにはオレの役に立てよ! ――って。あっ!」

しかし、最後に口にした言葉を発した瞬間、その言葉を再び飲み込もうとするかのように、慌ててかき集めるジュクター。


「ひひっ、『筋肉』って言ったし。言ってしまったし。ひひっ、ひひひ」

「めんどくせーこと言ってしまったです……。あっしはしらねーです」


そんなジュクターに対して、クジットとアメルナの憐れむ視線が静かに注がれている。

しかし、そんなことはお構いなしに、ジュクターは必死にあがいていた。


――何をそんなに慌てているのか?

ただ、それも長くは続かなかった……。


「ひひっ、もう手遅れだし。見てみるし」

静かに、クエンを指さすアメルナ。

ゆっくりとそれを追うジュクター。


ジュクターの視線がそれをとらえた瞬間、その行為はもう無駄だと観念したのだろう。

ジュクターの頭は、急に支えを失ったかのように項垂れていた。


一方のクエンも同じように黙ってうつむいているものの、こちらは小さく肩を震わせている。


――限りなく静かな時間が、今ゆっくりと流れていく。誰も一言も発しない。

だがそれは、たしかに流れゆくものだった。


小刻みに揺れていたクエンの体は、だんだん大きな揺れへと変化していた。

そして、その揺れが極大を迎えた瞬間の事だった。クエンのあげた大声が、それまでの静けさを木端微塵に吹き飛ばす。


それはまるで、突然噴火した火山を思わせるようなものだった。


「きんにく! キンニク! 筋肉! オレ様のぉー! 筋! 肉! を! あまーく見るなよ、オマエ様! 見てーんだったらよ! とっくりと拝ませてやんぜ! 目ん玉かっぽじって! とくと拝みやがれ! 躍動する! 筋! 肉! おー!」

どうやればそんな事が出来るのだという程一瞬で、全身鎧を脱ぎ捨てるクエン。

しかもその筋肉隆々の姿を見せつけるかのように、様々なポーズをとり続けている。


「ふふん! ふん! ふん! ふふん! うぉ!?」

しかし、それもいきなり中断していた。何故かこじんまりとなったかと思うと、テーブルの方に向かっていた。


――なるほど、面兜をとるのを忘れていたのか……。


いそいそと面兜を脱ぎ始めるクエン。鎧とは違い、丁寧にそれをテーブルの上に置いている。

しかも、その位置に納得がいかないのか、色々微妙に動かしている。


「おう! おう! おう! おう! これでバッチリ決まったぜ! さあ、仕切り直しでいくぜ!」

暫らく迷っていた面兜のおき方もしっくりきたのだろう。何やらそれに向けて大きく頷くと、振り返って再び同じポーズを決めていた。


――しかし、それは序章に過ぎなかった。


いきなり直立不動の姿勢になったかと思うと、次の瞬間には気合の声をあげている。

しかも、次々と自らの筋肉に呼びかけていた。


「噴火せよ! 上腕二頭! 筋! 押し流せ! 大胸! 筋! 羽ばたけ! 広背! 筋! 割れて称えよ! 腹直! 筋!」

まるでそれに応えるかのように、躍動する筋肉たち。


気持ちが高ぶってきたのだろう。どんどん筋肉が紹介されていく。


「久しぶりに、筋肉も活きがいい! 今日は大サービスだ! 秘蔵のぉ! 大! 臀! 筋!」

一糸まとわぬ姿となって、尻を左右に振るクエン。隣のアメルナも、さすがに少し距離を置いていた。


しかし、その雰囲気……。

さっきまで全身鎧を身に着けていた時の物静かな雰囲気はない。暑苦しいまでの存在感が、この部屋全体を包んでいく。


――人が変わったというのは、この事を言うに違いない。いや、『筋肉』が人を変えたのか? まあ、いい。それよりも、だ……。


――いいかげん、その尻を隠せ! 見苦しい!


艶やかな尻が、いつまでも無限の弧を描いている。


「ジュクター! 言っておこう! 呪いはオカルト! 魔法ではなーい! 占いもオカルト! そして、オレ様の筋肉と占いは相性がいい! オマエ様も占ってやろう! オレ様のー! 筋! 肉! で!」

やがて怪しい尻踊りを終えたかと思いきや、ゆっくりと尻をしまうクエン。

その後すぐに、今度はジュクターに向けて様々な筋肉を主張していた。


「ジュ・ク・ター・の・う・ん・せ・い・は!」

あたかもその筋肉が話しているかのように、言葉と共に自らを主張する筋肉たち。


――いや、指さしている部位の筋肉を動かしているだけだ。

あまりの連動感に、つい錯覚してしまっている。

だが、それでもすごいことだと言える。短い単語に合わせて動かしているのだから。


ただ、その運動量は並大抵のものではないだろう。上気した顔と立ち上る汗の煙が、それを如実に物語っている。


「――、き・ん・に・く、きん・にく、きんにっく!」

一度やめたにもかかわらず、まるで思い直したようにもう一度指さすクエン。


「ひひっ。クエンの『オレ様モード・筋肉占い』が始まったし。当分暑苦しいし。でも、呪いは続くし。ひひひ、ひひ」

隣で様々な動きを見せる筋肉に対して、アメルナの方は相変わらず静かに何かを放っている。


「でたぞ! ジュクター! オマエ様の運勢! ぽっぽー! 大凶! 筋! だぁ!」

いつの間にかテカテカとした光沢を放つ大胸筋。それをこれでもかというくらいにアピールしながら占い結果は告げられていた。


――この際、効果音には触れないでおこう。


「おい! 今のおかしいだろ? 最後は一か所しか指さしてないぞ!」

「筋肉が呼ぶんだ、しかたない」

「ひひっ、誰も聞こえないし。無駄なあがきだし。あきらめるし。呪われるし」


呪いと筋肉。

いや、なぜか筋肉と仲良くなった占いに挟まれて、ジュクターは壁際に追い詰められていた。


もうこれ以上後退できない。

その事がジュクターに、ある決断をさせていたのだろう。


追い立てられつつも、ジュクターの瞳は決意の色に染まっていた。


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