第113話回想5

それからの店長は自警団として組織された冒険者たちと話し合い、私もほんの少しだけ楽に行動できるようになった。


――竜族、魔獣がでたら速やかに報告する。出来る限り戦闘は避けて、人々に被害が及ばないようにする。


だが、出来る限りという決め事ほど、あいまいなものはない。

冒険者の一部は、仕方なかったとして討伐を繰り返していた。


決まり事とした以上、それに対しては当然注意をする人がいる。そうなると、面白くもないのだろう。当然のように、反発が起こっていった。


自警団の中で、異なる立場が生まれていた。そしてその事は、意見の対立へとつながっていく。


しかし、店長はあきらめずに説得を続けていた。

そのかいもあったのだろう。最後には全員が協力してくれるようになっていた。


その様子をしり目にして、私は混乱した魔獣を元に戻す事に専念していた。


――自警団がどう動こうが、私には関係はない。

精霊たちと竜族の協力があるから、私の行動には全く影響しない。


そう最初の頃は思っていた。

不思議なことに、店長も私の行動に関しては何も言ってこなかった。


――今思うと、それも織り込み済みだったのだろう。


ただ、魔獣を新たな住処に送り届けることだけは、逐一店長は指示してきた。私としても、新しい住処を探しながら、新しい混乱した魔獣を探し出すのは骨が折れる。

だから私も、店長の指示に従うことにした。確かにその方が、効率が良い。


――結果、自分の行動を店長に報告することとなった。


混乱した魔獣や竜族を見つけて元に戻し、新しい住処を提供する毎日がしばらく続いていた。当初は混乱もあったものの、日を追うごとにスムーズに進んでいく。


ただ、それで全て解決したわけではないことは、私にもわかっていた。


いくら正気に戻り、住処を与えられたとはいえ、魔獣はエマの制御から離れてしまっている。


――コントロールされていない魔獣が、いつ人に害を与えるかわからない。

そういう不安がたとえ表に出ていなくても、常に人々の心の奥にはあったのだろう。


エマの持つ【魔物制御】の能力は、結果論として多くの人々に大きな安心感をもたらしていた。

そして、その能力はいったん私のモノとなったものの、神々により封印されてしまっている。


だから、私が新たに制御することはできない。


――制御ではなく対話はできないか?


優育ひなりの提案に基づき、試しに尾花おばなの力でこちらの意志と繋いでみた。

すると驚いたことに、魔獣の中には尾花おばなでこちらの意志が伝わるものもいた。

高い知性を持つ魔獣は、こちらの要望を聞き入れてくれたのは、事態を大きく発展させてくれていた。


でも、それが全てではない。そうで無いケースも数多くあった。


ただ、その事に気づいてからは、まず会話を試みていくことにした。

多少の個体差はあるものの、魔獣ごとに会話が成立していくものたちとそうで無いもの達に分けれることが可能となった。


ただ、結果的には無理やり住むところを提供していることになる。

それは、こちらの気持ちが通じたものとそうで無いものを同列に扱う事と同義となる。

そこに小さな違和感を覚えてきた頃、本当にこれで大丈夫なのだろうかと思い始めていた。


――順調に進んでいるからこそ、だんだんそういう小さなことが気になり始める。


それでも毎日繰り返していく中で、その気持ちはますます大きくなっていった。

それさえも見計らったように、店長は私の前に現れていた。


久しぶりに直接会った店長は、驚くべき提案を私に持ちかけてきた。


――魔獣の住む区域を大規模に不可侵領域に指定した。魔獣を集めているけど、管理するものがいない。だから、その管理を竜族とこちらの話に賛同してくれるものにお願いしたい。


何と言うか、色んな意味で驚かされた。


王都キャンロベの北にある広大な草原と湖と森と山岳地帯。そこを王家と交渉し、すでに魔獣保護区域という名前を付けたというのだ。


――どおりで途中から、やけに遠くに飛ばすことを指定してきたものだ。あの口調で……。


しかも、そこに魔獣を住まわせるだけではなかった。一定区域を竜族たちに提供し、そこで魔獣を管理させるというおまけまでついていた。


一見途方もない事のように見えるが、王都キャンロベから街道のないこの区域は、もともと人が住む場所から離れている。

王家だけでなく、貴族の名ばかりの領地となっているところもあったようだが、そこは無理を通したようだった。


しかも、管理を人ではなく竜族にさせることで、竜族もそこに縛られる。


人にとっては一石二鳥。

そして、魔獣にとっても竜族にとっても悪い話ではなかった。


何しろその面積は、ガドシル王国領土の八分の一。

それを全て人以外の種族に提供してきたのだ。


――たしかに、ガドシル王国は街が少ない。

王都キャンロベの真東にはアノクの街があるだけだ。

しかも、王都キャンロベとアノクを結ぶ街道の北側は、水と森の国として謳われるように、手つかずの広大な森が広がっている。


何もない土地とはいえ、自らの権益となるかもしれない土地を王家や貴族が手放したのには何か裏があるだろう。


――しかし、その事に触れようとしても、店長は決して語ってくれなかった。


あの乾いた笑み裏側には、いったいどんな事が隠れているのやら……。


ともかく、私が魔獣の混乱を沈めている間に、店長はそういう事を一人で準備し続けていた。


全てが終わった時に、その発想がどこから来るのか聞いてみたのは、私としては興味だけではない。


素直に感心したからだと言える。

そして、店長の答えは実にシンプルだった。


「サファリパークですよ、ヴェルドさん」

その言葉にそれほどの意味を感じることなく納得した私は、確かにうかつだったのだろう。


少し口元をほころばせながらも、黙って目を瞑った店長。


その後、語りだしたときの顔を私は忘れないだろう。

今までの雰囲気とは全く違う、今まで見たことのない店長がそこにいた。


「今更ですが、ヴェルドさん。それって自分のことを『勇者ですよ』と言っているようなものです。妙な所で正直ですからね、ヴェルドさんは。まあ、言動には気を付けてください。もっとも、『本当に今更それが何か?』って感じなんですけどね。人の出会いって、本当に面白いですね。特に商売をしているから、そう思うのかもしれませんけどね。あと、いずれ何らかの方法で、観察する施設も造りたいので、その時はまたお願いします」


――しまった……。確かにそうだった。


その瞬間はそう思ったものの、もはや店長に対して隠す必要を感じなかった私は、それから私自身のことを話しはじめることとなる。


そうして店長の店にもお邪魔して、あの店の二人やその他の人と知り合うことになったのは、確かに店長のいう『面白い出会い』だったのかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る