第112話回想4

「さて、ヴェルドさん。これでどうでしょう? そろそろ真実を語ってもらえませんか?」

にこやかな笑みを浮かべつつ、店長はゆっくりとだが、さらに近づいてきた。

人払いをしたとでもいいたのだろうか? その雰囲気はそれを醸し出している。


「さっきの刀。あれは神刀しんとう尾花おばなに間違いありません。そして、それを使えるのは神刀しんとうに認められた剣士ソードマンのみ。そして、その若さでそれだけの剣士ソードマンになるにはエルフか、その血が流れている者ですね。でも、貴方はそうではない……。となるとにわかに信じがたい事ですが、あなたはまことの勇者か特別の日の勇者となる。しかし、私の知る限りでは、ガドシル王国にいるそれらの勇者は、剣士ソードマンではなかった」

ひとつずつ物事を整理していくような口調。それは、自分に言い聞かせているというよりも、私が反論する点を見極めようとしているようだった。


――店長の瞳に、油断のない光が一層強まっていく。


「最初の刀もおそらく七振りの神刀しんとうの一つでしょう。この付近の国で神刀しんとうを持つのは、インクベラ王国の剣士ソードマン・ミクナしかいない。その愛刀は桔梗キキョウというらしいですね。青い刀身が、とても美しい刀だと聞いています。しかし、ミクナはハボニ王国のまことの勇者ジェイドに殺されています。ハボニ王国にも剣士ソードマンはいますが、神刀しんとうに認められるほどの勇者がいるという情報は届いてません。おそらく宝の持ち腐れになっているはずです。そして、ハボニ王国のジェイドはタムシリン王国を滅ぼしてから、一度も姿を見せていないそうです。同じ時期に、ハボニ王国の侵攻も止まりました。詳しい情報がないのでわかりませんが、あの島で何かが起こったのは確かでしょう。そして、先ほどの貴方の姿。その様子では貴方は二つの神刀しんとうに認められている……」

さらに一歩踏み込んで、店長は私に迫ってきた。


――何という情報力。一体どこまでの情報を知っている?


尾花おばなは、銀竜メナアスティが所持していた。

だから、尾花おばなのことは知っていた。

そう仮定したとしても、桔梗キキョウのことまで知っているとは驚いた。


普通、剣士ソードマンでもない者が、剣士ソードマン専用の武具に詳しいはずがない。


剣士ソードマンの私ですら、残り五振りの外見すら知らないのに……。


「いえ、商人の情報力はどこの世界でも同じですよ。情報の大切さは、商売するものなら誰でも知っている事です。超古代の古代語文献に、その存在が予言されてますのでね」

まるで見透かしたような口ぶりに、思わず自分の表情がこわばっていることを感じてしまった。


――これは、経験のなせる技なのだろう。相手の心理を読み取るというよりも、察するというものに違いない。


本当にアンタ何者だ?


「しかもその様子では、あなたは竜にも認められている。そもそも、この国に宣戦布告しているのは、デザルス王国のみです。当然、デザルス王国の勇者にもそういったものはおりません。サファリと三騎士は剣士ソードマンではありませんでした。そして、それ以外の国の勇者が国境を越えられるはずがありません。考えられるのは、勇者の理から外れた存在か、未知の者。その情報がない以上、今の僕では判断できません。ですが、一つだけわかっています。先ほどからの言動を考えると、僕達に対して敵対する意志はないということです。しかし、この場を預かっている以上、僕は知らねばなりません。さあ、あなたはいったい何者です」

ついに最後の一歩を踏み出し、店長は私のすぐ目の前にやってきた。


銀竜を前にしても怯えた様子は少しもない。自分ではそう言っていたけど、たぶん私の行動を観察していたのだろう。何から何まで、何を考えているかわからない。

でも、こんな感じは嫌いじゃない。いや、懐かしいと言ってもいいかもしれない。


――さあ、どうするか……。


真実を語るのは簡単だろう。でも、それを受け入れてくれるとは限らない。信じられないような現実を、この人がどう判断するのか未知数だ。

言葉には真実というものは存在しない。受け取った人がそれを判断するだけだ。


「私が語ることが真実だという保証はあなたにはないはずだ。それを判断する材料すらないでしょう。その上で、私が何者かを語ることに意味があるとは思えない」

店長の目をまっすぐにとらえて話してみる。重要なことは、今この人が私をどう判断するかだろう。私自身が何者だとしても……。


沈黙が私達をぐるぐるととり囲んでいく。永劫に続くかと思われたそれは、店長が引き起こした大きなため息でかき消された。


「そうですね……。貴方が何者であるかを語ったとしても、それは重要な事ではないですね。この場合、僕がどう判断するかですね」

かぶりを振ったその後に、さわやかな笑みを浮かべている。


そしておもむろに告げられた、その一言。それ言葉が、私の驚きと共に忘れえぬものになるとは想像もできなかった。


「では、ヴェルドさん。僕と友達になってください」

否応なく、いきなり差し出された右手に視線がいく。そして、そのままゆっくりと視線をあげていくと、そこには一点の曇りもない晴れやかな笑顔があった。


――いきなり何を言い出すかと思えば友達宣言?


いや、むしろその言葉を使った事に戸惑いを覚える。

この世界にきてから、仲間という言葉には度々出会ってきたけど、友達なんて言葉はなかった。


「利害なんてわからないでしょ? だから、今は仲間になってくださいとはいえない。でも、僕はヴェルドさんとは友達になれる気がするんです。何て言ったらいいのかな……。そう、同じ匂いがするって言えば分りますか?」

こちらの戸惑いを見透かしたような店長の言葉。


――ああ、なるほど。この人も感じてたのか……。

剣士ソードマンになって、直感が冴えていくのは認識していた。なによりも、精霊たちも興味深そうに監察している。


ぶ厚い雲の隙間から、一条の光が店長を包んでいる。雨が降るかに思えたその空は、徐々にその青さを取り戻していた。


「では、あらためてよろしく、シガダさん。私のことはヴェルドでいい――」

「友達ですよ? シガダでいいです。呼びにくければ、店長でも構いませんよ。どうです? 後で僕の店にご招待します。といっても、コンビニなので買ってくださいね!」

差し出された手をとり、改めて挨拶したつもりだった。でも、この手の人種はどれも同じ行動をとる。


「いやぁ、この出会いにスーパー感謝です!」

両手で私の手を包み、ブンブンと振り動かす店長。おかげで腕がもげそうなくらいに動かされてしまっている。


――あれ? ちょっと早まった?


後悔が周囲からにじり寄ってきていた。

だが、店長はそれらを払い飛ばす勢いを見せていた。


精霊たち、そして銀竜と土竜も見守る中、店長の笑い声が響き渡る。


しかも、どれだけ振り動かしても、店長は決して手を離しはしなかった。

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