第114話存在する意義

懐かしいと思う程、遠い過去の出来事ではない。だが、その思い出のような感傷に浸り続けて、もうかなりの時間がたっていた。


すでに周りは闇が主役となっている。


基本的にこの世界には夜が長い。

一部の富裕層は別として、大多数の人間は明るくなるにつれて起きだし、夜になると眠る。街は時間になれば門を閉ざしてしまうため、中からも外からも出入りできなくなる。

だから、街の中と外は全く違う世界になると言える。


そしてここは、街の外の街道沿いに建てられていた。


だが、やはりここはコンビニ。駄菓子屋という名前でも、さすがはコンビニだ。


星々の明かりや月の明かりにも負けないように、街道の脇でその存在感を目一杯アピールしている。


まだ暗くなる前に買い出しから帰ってきたダビドは、店長もフラウもいない事を気にした様子もなく、自らの仕事を淡々とこなしていた。


だから、帰ってきても交わした言葉は少ない。


「ヴェルドさん、店の奥で休んでくださいっす。おれ、今から店番はいるっす」

「ヴェルドさん、お客のくる時間すぎたっすから、倉庫行ってくるっす」

「ヴェルドさん、これ良かったら食べてみてくださいっす。タイロット婆さんの新作っす」

「ヴェルドさん、そこでけが人がでたっす。おれ、応援いってくるっす」


――そう言えば、私は「うん、わかった」しか言ってないや……。


最後に倉庫の整理が終わった後、『じゃあ、おつかれっす!』といってさわやかに帰って行った。


まだ、フラウも店長も帰ってこない……。


確かに、ダビドは誰もいなくても大丈夫だとは言った。「フラウが寝ててもつとまるんっすよ。それに、この時間にここに来る客は、今日はたぶん入って来ないっすよ。フラウが店番してるかどうかで、入るか入らないか決めるんっすから。だから、明かりだけつけときゃ問題ないっす!」

それがこの世の真理だと言わんばかりの笑顔で、ダビドは手を振っていた。


本当に大丈夫なのか、この店?


それでも、突発的に買いに来る人はいたようで、その時はお金だけおいているらしかった。


――無人販売所か! まぁ、確かに便利だよ。コンビニだよ!


ダビドにそう突っ込んでみたものの、そういうもんだとあっさり返されてしまっては、それ以上何も言えなかった。


ただ、あれから何度かお客もきたから、私の疑惑も晴れている。


でも、この駄菓子屋という名のコンビニは、二十四時間営業ではないにしても、深夜までが営業時間となっていた。


――この世界で、いったい誰が夜中に買いに来るんだ!


そう大声で叫びたくなるほど、ここは街から離れている。街の門はすでに閉まっているから移動もできない。ダビドの帰った時間が、丁度ぎりぎり間に合う時間だろう。


――何を相手に商売している? というよりここってホントにフラウに群がる小魚君たちの店?


冷静に考えると不思議な場所に立っている。


この店はルップとパリッシュを繋ぐ街道にある。村が点在しているのは、ルップと王都キャンロベの街道側だ。普通考えるなら、そちらに店を構えた方がもうかるだろう。往来も、王都と結ぶ街道なだけに活気もある。


この街道沿いにあるのは、主に穀倉地帯。あとは森があるだけじゃなかっただろうか……。


――本当にこの店は謎だらけだ。


「まあ、考えても仕方がないよ」

春陽はるひの言葉には反論できない。この店はここにある。


「そうだね、でもみんな退屈してないかい?」

一応念のために精霊たちに聞いてみた。


「ん? 今からレースだからな。それどころじゃない」

鈴音すずねの言葉に、紅炎かれん泉華せんかが応じていた。鈴音すずねに手を引かれて、咲夜さくや春陽はるひも参加している。


「よーい、どんだよ! 中央の棚を五週して、氷華ひょうかの所までだよ!」

いつの間にか、優育ひなりがスタート係になっていた。

ついでに言うとゴール係の氷華ひょうかは、私の頭の上にいる。


瞬く間にレース場と化した駄菓子屋という名のコンビニ。

精霊たちにとっては、とっても便利な遊び場になっていた。


「あまり、散らかさないようにね」

それだけ告げて、また違う古代語の文献を読んで待つことにした。


そう、これも店番なんだろう。


――そして、時間は確実に過ぎていく。


すでに優育ひなり美雷みらい以外の精霊たちは、実体化したまま自分たちが好きな場所で休んでしまっている。


たぶん、遊び疲れたのだろう。いつしかそれは、修学旅行のようなノリになっていた。

精霊たちの笑い声で満たされる中、店はしっかりその被害を受けていた。


――まあ、あとでちゃんと弁償はしますよ……。

そう思ってはみたものの、今は片付ける気にもなれなかった。


このまま帰ってこなかった場合、又被害が拡大するし……。


何度かため息をついた時、優育ひなりが何かを感じたように声かけてきた。


「ヴェルド君、気が付いてた?」

「ん? どのこと? 美雷みらいなら、まだ起きてるよ。あれからずっと店の外で星を見ている」


氷華ひょうか咲夜さくやが眠る左右の腕を動かす事が出来ないので、古代語の文献は優育ひなりにめくってもらっている。

レースでダントツトップとなった春陽はるひが私の頭の上で寝ている。左右の太ももには、二位の泉華せんかと三位の紅炎かれんがそれぞれ寝ている。


一人レースに参加していなかった美雷みらいは、あれからずっと店の外で星を眺めている。

時々、流れてくる声が、とても楽しそうだった。「あれは、あの形や! やっぱり、こっちやな? でも、あれもええなぁ!」と何かを発見するたびに、嬉しそうな悲鳴を上げていた。


――たしかに、この世界には統一された星座がない。だから、自分が思ったままに星座を描くのにはいいだろう。

以前、元の世界にあった星座の話を教えた時に、美雷みらいが最も興味を示していた。

以来、美雷みらいは星を見ることが多くなっている。


そのうち美雷みらいが星座を作ってくれるかもしれない。一体どんな星座が生まれるのか楽しみだ。


――精霊たちには個性がある。好みもそれぞれ違う中、それぞれが私を楽しませてくれる。


ほのぼのとした思いを打ち消すつもりはなかったとしても、優育ひなりの真剣な声は私の意識を切り替えさせていた。


「ちがうよ、フラウだよ。いいの?」

多少遠慮して言ってくる優育ひなりの気遣いは、今は痛いほどありがたい。


「まあ、周囲に危険はないようだし、まだ距離もある。大人の女を自称するくらいだから、少しは怖い目を味わった方がいいよ。それに、今は動けないしね」

今、私の体は精霊たちに拘束されてしまっている。フラウのために動いたと知ったら、又さっきの騒動が起こるに決まっている。


「ヴェルド君も大変だね。でも、自称してもいいんじゃない? 年齢的にはフラウは立派な大人だよ。頭の中は違うけどね」


――優育ひなりの顔は笑ってる。でも、それって結構辛辣だよね。

まあ、いずれにせよ待っていよう。


「でも、店長は一体どこに行ったのやら……」

フラウが帰ってくる方向。


それはルップの街ではなく、パリッシュの街の方角だった。

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