第84話ガドラ無双

「ガドラの奴、やけに早いと思ったら、あの時の加速長靴アクセルブーツをつかってるな? しかもあの装備、王家の剣と王家の盾じゃないか。よりにもよって、トルリ山大墳墓から持ちかえったばかりの装備をそのまま使うなんて……。でも、ガドラらしい。だけど、ひょっとするといい考えかも知れない。王家の剣と盾は、この国の王権の象徴。そして、ガドラはこの世界の人間だ。ひょっとすると、召喚呪が少しでも反応するかもしれない。となると、可能性の低い方が先だな」

これだけ離れていれば、いかなまことの勇者といえども感知できないだろう。


はるか上空から、地上に【千里眼】を固定し、咲夜さくやの準備を待つことにした。


咲夜さくや、まだかい? 早くしないと、ガドラが来てしまう」

「焦らすでない、愚か者が! 相手はまことの勇者じゃぞ? 気取られまいと苦心しておるのじゃ。それに、ガドラには、鈴音すずねがついておる。心配せずともサファリの能力はガドラには届くまいよ。汝の願いは、我らが叶えてやるから心配せずともよい」

咲夜さくやはそう言ってるけど、やっぱり気が気でならない。


「ヴェルド君、あのナーガ族の男の言葉もあるよ。なんだか、嫌な感じなんだ。ちょっと慎重になった方がいいと思う。それに、咲夜さくやちゃんの言うとおり、サファリの能力はガドラには届かないよ」

優育ひなりまで、そんなことを言う。


でも、確かにあのナーガ族の男の言葉は、無視できない響きを持っていた。

しかも、神がどうかとか……。自称神様を含めて、今更何をしようって言うんだ?


いや、違うか……。

神様たちは、何がしたい?


「ほれ、泉華せんか、暇そうな我らの主殿に、お主が撮った記録を見せてやるがよかろう。銀竜を助け出すときの手がかりになるであろうよ」

咲夜さくやの言葉に応えるように、泉華せんかは頭の中に映像を送ってきた。



***



「ふむ、熟練の聖騎士パラディンというものは、冗談抜きに厄介な存在じゃな。独特の間合いというものなのか、剣士ソードマンとは違う感覚を持っておるのやもしれん。ガドラの方はつながったが、奴はなかなか隙がない」

咲夜さくやが影をつなげるのに、こんなに苦労しているのを見るのは初めてだった。


【千里眼】を固定している以上、実際に咲夜さくやの表情は分からない。

でも、その雰囲気だけで、予想以上に困難なことだとうかがいしれた。


そして、さっき見た泉華せんかの情報。

やはり銀竜は理性を失っている上に、精神をエマに乗っ取られている。

エマにとっては、自分の手足が増えた感覚なのだろう。初めての試みだったのかもしれないが、思うように銀竜を動かせないようだった。


そして、サファリは咲夜さくやの気配を感じ取って、エマを警戒しつつも、いつでも動けるように感覚を研ぎ澄ましているようだった。


お互いに、にらみ合ったようにして動いていない。

動けないというよりも、お互いに動かないという感じが、もうずいぶん長いこと続いていた。


その時、突如として大岩の上に、ついにあの男が飛び上がってきた。ちょうど二人とは等距離の位置。

三人を頂点として結ぶと正三角形が出来るようだった。


「やいやい、てめえら! いい加減、おとなしくしな!」

王家の剣を肩にのせ、王家の盾をかざした姿で、ガドラが二人に啖呵を切っていた。


「はぁ? 一体何者よ? 王家の人間? いえ、違うわね。でも、そうなの?」

「うせろ! 我々の間に立つ勇気は認める。だが、お主では役不足! され! 今ならその勇気に免じて、今回限りは見逃してやろう!」

無視しても一向に構わないはずなのに、二人ともガドラの声に反応していた。


さすが、王家の剣と盾。


注目度が飛びぬけている。


「はっ! ふざけたこと言ってんじゃねーよ! この俺を誰だと思ってるんだ? ドルシール姉さんの一の子分。ガドラ様とは俺の事よ! どうだ、恐れ入ったか?」

「しらないわ。どこの誰? 有名人?」

「しらんな。もう一度だけ言う。いいから去れ! もう二度と言わぬぞ!」


「あー。これだから、勇者は物をしらねーんだ! いいか? ドルシール姉さんはな、ドルシール一家のドルシール姉さんだ! わかったか!」

おいおい、ガドラ……。それは説明になってないよ。

でも、ガドラらしくて安心した。王家の装備に操られているわけじゃないみたいだ。


この時、初めてサファリの表情が怒りの色に染まっていた。

見たことがない、真っ赤な色。

【千里眼】の場合は、遠見の魔法と違って、感じることが出来るみたいだった。


咲夜さくや! ダメだ! いくよ!」

もう待っていられない。ガドラの命がかかっている。


「まあ焦るな。あの迷惑な男も、たまには役に立つやも知れん。それにさっきも言ったであろう? サファリの力は、今のガドラには届かんよ」


サファリの力の波動が、ガドラに向かって伸びた瞬間、盾を構えたガドラ目の前に瞬時に亀裂が走っていた。


ほんの瞬きもしない間に、亀裂は一気に広がり、巨大な断層を作って力の波動を飲み込んでいた。


その光景を見たものは、自らの眼を疑ったことだろう。


信じられないものを見たという顔の、サファリとエマ。

その気持ちは理解できる。


私も信じられない。


今まで、どんな敵も塵に変えていたサファリの力が、全く通じなかった。


「ふっ、こけおどしかよ! 今度はこっちから行くぜ!」

「つながったぞ。わが主。汝の思うままに飛ぶがよかろう」

咲夜さくやの声がした瞬間、私は影跳躍を使い飛んでいた。


影から影へと飛ぶ影跳躍は、サファリが認識できない領域だ。

だけど、警戒している場合、何らかの対応を取られるかもしれない。影をつなげた瞬間の違和感で、影から何か出ることを予感するかもしれなかった。

だから、確実にするために、咲夜さくやはこの瞬間を待っていた。


もっとも、今の私は【光速移動】を発動したまま出現しているから、どれだけ警戒しても、無駄だとも思う。

認識した瞬間には、全て終わってしまっている。

今の私の世界と、周りの世界では、時間の進み方が違っている。


ゆっくりと、確実にサファリの首を切り落とす。


いかに鍛錬を積んだとはいえ、サファリはこの二段攻撃を、感知することも避けることもできなかった。


桔梗キキョウは正確にサファリの首を切り離し、私がそれを地面にそっと置く。

そのまま影跳躍でガドラの影から躍り出て、一気に上空に飛び上がった。


多分、サファリは己の死すらも分かっていない。

しかし、そこから飛び立った光は、勇者の能力が引き離された証だ。


そして、その光は間違いなく私の中に入ってきた。


とてつもない力が、体中を駆け巡る。


「なんという力だ! この力が、【砂漠化】か!」

その力は、水を無くす力なんてものじゃない。

でも、そういうことにしておいた方が分かりやすい。興奮から、思わず【光速移動】を解除した。


急速に通常に戻っていく感覚とガドラの技が解き放たれたのは、ほぼ同じだった。


「ガドラスラッシュ!」

ガドラの掛け声とともに、風の刃が王家の剣から解き放たれる。

その剣から放たれた風の力は、周囲に砂埃をまき散らしながら、一直線に放たれていた。


多分ガドラの剣は、知能ある剣インテリジェンスソードだったのだろう。

短期間で、その使い方を習得したということは、それ以外には考えられない。

さっきので壊れた王家の盾も、ひょっとしたらそうだったのかもしれない。


サファリの体にぶつかった風の刃は、爆風と共に四散した。


ガドラの技は、間違いなく首を無くしたサファリにさく裂していた。


「なに! そんな! そんなばかな! なんだお前は! あの、サファリを、一撃だと!?」

恐らくエマの眼には、ガドラの一撃でサファリの首が落とされたと見えただろう。


まことの勇者ではない、まして勇者でもない男に、あのサファリが倒された。

エマにとってのその事実は、到底受け入れることのできないものだったに違いない。


「何者なんだ……?」

もう一度、震える声で尋ねるエマ。


それは、ガドラに問うているのではない。

ただ、疑問しかわき上がらないほどの衝撃だったから、そう口からあふれて出ただけだろう。


しかし、ガドラは律儀だった。ていうか、多分言いたくて仕方がないフレーズなのだろう。


「あ? 聞こえなかったのか? もう一度言うからよく覚えときな! ドルシール姉さんの一の子分。ガドラ様よ!」

場違いながらも、押しも押されもせぬ迫力に、エマの顔が凍り付いていた。

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