第83話交差する思い
「ねえ、ヴェルド、ガドラが飛び出して行っちゃったよ! この子たちを託されたんだけど、どうしたらいい?」
「今、頼れるのはそなたしかおらんのだ」
「これ、結構危ないかもしれないわ。あのエマって勇者、何するかわからないタイプね」
「おお、我が姉君。お久しぶりです。こうしてお会いできるのは、いつぞや以来ですな」
「ちょっとまって、全員で話しかけられても、答えられるのは一人ずつだよ。まず
「いや、我はそなたに話しておらん。話したいからはよう、我が姉君をその手に取れ」
「だから、順番だって言っただろ?
「ぐぬ! そなたは我が姉君との仲を嫉妬しておるのだな! 猪口才な!」
「いいから、あとで! 順番を守らないって、姉上に言いつけるよ!」
「
大体、何処まで行ったんだ?
「
「ガドラに『勇者達が戦い始めるから、避難するように』って話したら、『俺が時間を稼ぐから、その隙に子供たちを逃がしてほしい』って言われたんだよ……」
その時、
「くそ! 銀竜。大丈夫か?」
とうとう、エマは銀竜に短剣を突き立てていた。
「あの程度の事、どうということは無い。我が願いが聞き届けられるなら、あの程度のことなど……」
言葉に反して辛そうだ。おそらくあの短剣には何か特別な力があるのだろう。
その真剣なまなざしは、この子の無事を願う母の物なのだろう。
小さな我が子を、自分の手で守る事が出来ない。託すことしかできない。
その悲しみは、いかばかりか……。
銀竜の子の瞳にも、同じような色が浮かんでいる。
なぜ、この母娘が、こんな思いをしなければならない?
ふと振り返って見ると、うつむいているルキがいた。少し伸びた銀色の髪が、その顔を隠してはいるが、この母娘を見て、思うことがあるのだろう。
「あなたの願いは、この私が引き受けます。さて、君はあの時トルリ山大墳墓で、私たちを見ていた子だね? 名前は……銀竜の子でいいか?」
目の前では、小さな銀竜は頭を横に振っていた。
健気にも、その意味を理解しているからだろう。
込み上がる思いを静かに燃やす。
「勇者ヴェルドよ。そろそろ、我が精神も持たぬ。この子のことは頼んだぞ。お主の目に映る世界が、たくさんの笑顔で満ちていくことを切に願――」
「お母さん!」
急に支えを失った銀竜の子は、大きくバランスを崩していた。
その小さな体を支えると、小刻みに震えているのがよくわかる。
この子は必死に耐えている。
自分が行っても役に立たない事、そうすることで母親が悲しむことが、分かっているから……。
銀竜。君がそうしてしまっては、君の願いを、のっけから守れそうにないじゃないか……。
「えっとぉ。新しいマスターでいいのかなぁ。うん。大丈夫だねぇ。よろしくぅ。おや、
話し方はあれだけど、
「私の名はヴェルド。
「えぇー。いやだわぁ。ハナのことはぁ、ハナって呼んでねぇ」
有無を言わさぬ迫力が、手から頭の中に流れてくる。ここは逆らわない方がいいだろう。
「ハナ、君がもし
「んー。ハナちゃんでもいいけどぉ? ハナの性質はねぇ。『活力』と『心』だよぉ。前のマスターはぁ、ハナのこと『かつじんのけん』って言ってたかなぁ」
この時ばかりは、何かに感謝したくなった。
天佑とはまさにこの事だろう。文字通り、私の手にはその力がある。
「小さな銀竜。君が泣く必要はない。頼りないかもしれないけど、私を信じて待っていてほしい。多分、一度はお母さんを傷つけるけど、どうか私を信じてほしい。きっと、連れて帰るから。約束するよ」
そっと頭の上に手を置くと、銀竜の子の思念は小さく頷いて消えていた。
「まずは、
「汝の思うままに」
その瞬間、
*
「
私の目の前には、傷ついている子供たちが大勢いた。
うめき声を抑えているのだろう。何人かは、小さく震えている。ざっと見たところ二十人くらいだろうか?
全ての子供たちが重症というわけではないが、その大半が乱雑に寝かされていた。
「ヴェルド……。この子たちは、魔王教からドルシール達が保護した子供らしいよ。でも、何かの魔法実験のせいで、こんな姿になったみたい。それと、さっきこの子たちに聞いたら、みんなもともと、魔王斑の
それぞれ左目と右目に痛々しいまでの包帯をして、互いに失った左足と右足の体を寄せ合い、互いを支あった少年と少女だった。
「くそ! どいつもこいつも、人の命をなんだと思ってるんだ! そんなに勇者が必要か! そんなに魔王が必要か! こんなことをしてまで――」
「でも、貴方もその一人ですよ、勇者様。あなたのその手も同じですよ? フフフ……」
不意に聞こえたその声に、一瞬でこの場所全体を把握する。
壁に打ち付けた左の拳をそのままにして、
その刹那の間に、声の主は消えていた。
意識を研ぎ澄ましても、この場所にそれらしい姿はない。
しかし、その嫌な雰囲気は残っている。
子供たちに紛れてた? いったい何のために? 私が来ることを知っていたのか?
「ヴェルド……。さっきのって……」
いや、今は考えても仕方がない。
それに、みんな私の雰囲気に、すっかりおびえてしまっている。
「ごめんよ、驚かして。私はガドラさんの知り合いだよ。一応、勇者でもあるけど、君たちに危害を加えるつもりはない。ガドラさんだけじゃない。ドルシール姉さんやイドラさんとも知り合いだ」
私の言葉に、一応安心感を取り戻した子供たち。でも、心の底から安心しているわけじゃない。
ガドラ……。
アンタがやるべきことは、そっちじゃないだろう……。
全くアンタは、毎度毎度……。
でも、ちょっと見直したよ。戦争になると、真っ先に見捨てられるこの子たちを連れていこうとしてたんだな……。
「でも、これだけの人数、どうやって連れ出すつもりだったんだよ……。一人で……」
相変わらず、ノープランなんだろう。囮として出ていったのも、絶対何にも考えてない。
大体、
「
「ふむ、さすがにそれは無茶というものだぞ?」
「だよね……。
恐らく、地上にいるはずの
「そうだな、ガドラの行動はあきれて物も言えぬが、その心意気だけは賞賛しよう」
でも、多分これだけは必要なことなんだ。
いつの間にか、大勢の瞳が私を見つめている。その瞳は、自分達じゃないものを心配する瞳だった。
「大丈夫。君たちのガドラさんは、きっとここに戻ってくるよ。私が約束する。それまでは、この
それだけ言って、もう一度影跳躍でルキのそばに飛ぶ。
あの子たちが垣間見せた笑顔の為にも、ガドラには無事でいてもらわないと困る。
「ルキ、ちょっと行ってくる。君だけでも――」
「なに言ってるの? あたしはまだ調べものの最中よ! 君がサボっている間も、あたし一人で頑張るわ。ほら、あたしは集中してるから、何があっても分からないわ。でも、さっきも言ったけど、あたしは君ほど古代語を知ってるわけじゃないの。だから、ちゃんと君の分は残しておくからね……」
そう言って、書物に視線を向けるルキ。
もう何を言っても、聞く耳は持たないだろう。それに、言わないけど……。それは死亡フラグっていうんだよ……。
「じゃあ、ちょっとみんなと休憩してくるよ」
ルキを残して、全員で部屋を後にし、扉をそっと閉めた。
ただ、世の中に絶対ということは無い。後で叱られてもいいから、準備はしておくべきだろう。
「
王城内に突如出現した氷山に、兵士や騎士が驚いている中、私は空高く舞い上がった。
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