第83話交差する思い

「ねえ、ヴェルド、ガドラが飛び出して行っちゃったよ! この子たちを託されたんだけど、どうしたらいい?」

「今、頼れるのはそなたしかおらんのだ」

「これ、結構危ないかもしれないわ。あのエマって勇者、何するかわからないタイプね」

「おお、我が姉君。お久しぶりです。こうしてお会いできるのは、いつぞや以来ですな」

春陽はるひの悲鳴に似た訴えの後、銀竜、泉華せんか桔梗キキョウがいっぺんに話していた。


「ちょっとまって、全員で話しかけられても、答えられるのは一人ずつだよ。まず春陽はるひからだ」

「いや、我はそなたに話しておらん。話したいからはよう、我が姉君をその手に取れ」

「だから、順番だって言っただろ? 桔梗キキョウは最後! それに、君たち同士で話せないんだろ?」

「ぐぬ! そなたは我が姉君との仲を嫉妬しておるのだな! 猪口才な!」

「いいから、あとで! 順番を守らないって、姉上に言いつけるよ!」

桔梗キキョウを無理やり黙らせた後、春陽はるひに意識を向けてみた。


春陽はるひ、こっちも切迫してる。そこはどこ? それに、どうした? ガドラは何で飛び出して行った?」

大体、何処まで行ったんだ?

咲夜さくや春陽はるひの場所わかるかい?」

鈴音すずねの方からはまだ何も言ってこない。かなり時間がかかったあたり、相当分かりにくい場所なのだろう。


「ガドラに『勇者達が戦い始めるから、避難するように』って話したら、『俺が時間を稼ぐから、その隙に子供たちを逃がしてほしい』って言われたんだよ……」


その時、泉華せんかが頭の中に映像を送ってきた。


「くそ! 銀竜。大丈夫か?」

とうとう、エマは銀竜に短剣を突き立てていた。


「あの程度の事、どうということは無い。我が願いが聞き届けられるなら、あの程度のことなど……」

言葉に反して辛そうだ。おそらくあの短剣には何か特別な力があるのだろう。

その真剣なまなざしは、この子の無事を願う母の物なのだろう。

小さな我が子を、自分の手で守る事が出来ない。託すことしかできない。


その悲しみは、いかばかりか……。


銀竜の子の瞳にも、同じような色が浮かんでいる。

なぜ、この母娘が、こんな思いをしなければならない?


ふと振り返って見ると、うつむいているルキがいた。少し伸びた銀色の髪が、その顔を隠してはいるが、この母娘を見て、思うことがあるのだろう。


「あなたの願いは、この私が引き受けます。さて、君はあの時トルリ山大墳墓で、私たちを見ていた子だね? 名前は……銀竜の子でいいか?」

目の前では、小さな銀竜は頭を横に振っていた。

健気にも、その意味を理解しているからだろう。

込み上がる思いを静かに燃やす。


「勇者ヴェルドよ。そろそろ、我が精神も持たぬ。この子のことは頼んだぞ。お主の目に映る世界が、たくさんの笑顔で満ちていくことを切に願――」

「お母さん!」

急に支えを失った銀竜の子は、大きくバランスを崩していた。

その小さな体を支えると、小刻みに震えているのがよくわかる。


この子は必死に耐えている。


自分が行っても役に立たない事、そうすることで母親が悲しむことが、分かっているから……。


銀竜。君がそうしてしまっては、君の願いを、のっけから守れそうにないじゃないか……。


尾花おばなを手に取って、銀竜の子をしっかり立たせた瞬間、尾花おばなから強烈な意識がやってきた。


「えっとぉ。新しいマスターでいいのかなぁ。うん。大丈夫だねぇ。よろしくぅ。おや、桔梗キキョウがいるぅ。ひさしぶりぃ。あいかわらずぅ。愛と誠実を求めてるぅ?」

話し方はあれだけど、桔梗キキョウとは比べ物にならない程、強い意志が感じられた。

「私の名はヴェルド。尾花おばなは――」

「えぇー。いやだわぁ。ハナのことはぁ、ハナって呼んでねぇ」

有無を言わさぬ迫力が、手から頭の中に流れてくる。ここは逆らわない方がいいだろう。


「ハナ、君がもし桔梗キキョウと同じように性質があるのなら、その事を教えてほしい。今、急いでるから、手短に頼むよ」

「んー。ハナちゃんでもいいけどぉ? ハナの性質はねぇ。『活力』と『心』だよぉ。前のマスターはぁ、ハナのこと『かつじんのけん』って言ってたかなぁ」

この時ばかりは、何かに感謝したくなった。

天佑とはまさにこの事だろう。文字通り、私の手にはその力がある。


「小さな銀竜。君が泣く必要はない。頼りないかもしれないけど、私を信じて待っていてほしい。多分、一度はお母さんを傷つけるけど、どうか私を信じてほしい。きっと、連れて帰るから。約束するよ」

そっと頭の上に手を置くと、銀竜の子の思念は小さく頷いて消えていた。


「まずは、春陽はるひの所に、咲夜さくや!」

「汝の思うままに」

その瞬間、春陽はるひの元にたどり着いてみたものは、信じられない光景だった。



春陽はるひ……。これ……、この子たちは一体……」

私の目の前には、傷ついている子供たちが大勢いた。


うめき声を抑えているのだろう。何人かは、小さく震えている。ざっと見たところ二十人くらいだろうか?

全ての子供たちが重症というわけではないが、その大半が乱雑に寝かされていた。


「ヴェルド……。この子たちは、魔王教からドルシール達が保護した子供らしいよ。でも、何かの魔法実験のせいで、こんな姿になったみたい。それと、さっきこの子たちに聞いたら、みんなもともと、魔王斑の子供だった・・・・・みたいだよ」

春陽はるひが連れてきた子供たち……。


それぞれ左目と右目に痛々しいまでの包帯をして、互いに失った左足と右足の体を寄せ合い、互いを支あった少年と少女だった。


「くそ! どいつもこいつも、人の命をなんだと思ってるんだ! そんなに勇者が必要か! そんなに魔王が必要か! こんなことをしてまで――」

「でも、貴方もその一人ですよ、勇者様。あなたのその手も同じですよ? フフフ……」

不意に聞こえたその声に、一瞬でこの場所全体を把握する。

壁に打ち付けた左の拳をそのままにして、桔梗キキョウの柄に手を伸ばし、いつでも抜けるようにした。


その刹那の間に、声の主は消えていた。


意識を研ぎ澄ましても、この場所にそれらしい姿はない。

しかし、その嫌な雰囲気は残っている。


子供たちに紛れてた? いったい何のために? 私が来ることを知っていたのか?


「ヴェルド……。さっきのって……」

春陽はるひの心配そうな声と共に、子供たちの様子が伝わってきた。


いや、今は考えても仕方がない。

それに、みんな私の雰囲気に、すっかりおびえてしまっている。


「ごめんよ、驚かして。私はガドラさんの知り合いだよ。一応、勇者でもあるけど、君たちに危害を加えるつもりはない。ガドラさんだけじゃない。ドルシール姉さんやイドラさんとも知り合いだ」

私の言葉に、一応安心感を取り戻した子供たち。でも、心の底から安心しているわけじゃない。


ガドラ……。

アンタがやるべきことは、そっちじゃないだろう……。

全くアンタは、毎度毎度……。


でも、ちょっと見直したよ。戦争になると、真っ先に見捨てられるこの子たちを連れていこうとしてたんだな……。


「でも、これだけの人数、どうやって連れ出すつもりだったんだよ……。一人で……」

相変わらず、ノープランなんだろう。囮として出ていったのも、絶対何にも考えてない。


大体、まことの勇者に敵うはずないだろう? ガドラさんよ……。


咲夜さくや、これだけの人数をいっぺんにはさすがに無理だよね?」

「ふむ、さすがにそれは無茶というものだぞ?」

「だよね……。春陽はるひはこのままこの子たちを守ってあげて。鈴音すずね! ガドラについて守ってあげて!」

恐らく、地上にいるはずの鈴音すずねに向けて、思念を飛ばす。


「そうだな、ガドラの行動はあきれて物も言えぬが、その心意気だけは賞賛しよう」

泉華せんかの送ってくる映像から、もう一刻の猶予も許されないことが分かっている。


でも、多分これだけは必要なことなんだ。


いつの間にか、大勢の瞳が私を見つめている。その瞳は、自分達じゃないものを心配する瞳だった。


「大丈夫。君たちのガドラさんは、きっとここに戻ってくるよ。私が約束する。それまでは、この春陽はるひが君たちについているからね」


それだけ言って、もう一度影跳躍でルキのそばに飛ぶ。

あの子たちが垣間見せた笑顔の為にも、ガドラには無事でいてもらわないと困る。


「ルキ、ちょっと行ってくる。君だけでも――」

「なに言ってるの? あたしはまだ調べものの最中よ! 君がサボっている間も、あたし一人で頑張るわ。ほら、あたしは集中してるから、何があっても分からないわ。でも、さっきも言ったけど、あたしは君ほど古代語を知ってるわけじゃないの。だから、ちゃんと君の分は残しておくからね……」

そう言って、書物に視線を向けるルキ。

もう何を言っても、聞く耳は持たないだろう。それに、言わないけど……。それは死亡フラグっていうんだよ……。


「じゃあ、ちょっとみんなと休憩してくるよ」

ルキを残して、全員で部屋を後にし、扉をそっと閉めた。


ただ、世の中に絶対ということは無い。後で叱られてもいいから、準備はしておくべきだろう。


優育ひなり氷華ひょうか。念のために、この魔導図書庫全体を隔離しておいて」

王城内に突如出現した氷山に、兵士や騎士が驚いている中、私は空高く舞い上がった。

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