第二章 第四節 ガドシル王国編(中編)
第82話母の願い
ナーガの男が話したように、王都の外では、戦闘が始まったようだった。
図書庫なので、安置するものなんて都合よく存在しない。仕方なく、そこら辺にあったテーブルを借りて簡易寝台として、丁重に弔った。
まだ、戦いは大規模には展開していない。まだ、間に合う。
エマもサファリも直接対決はしていなかった。
この先戦いが激化するのは目に見えている。
ガドラも居所も一応探してもらいつつ、いざとなったら影跳躍で飛ぶための目標も探してもらった。
「だめ、ガドラが見つからないわ」
「ディーナの影を把握した。つないだままにしておくぞ」
「
こんな事になるなら、ガドラも無理やり連れてくればよかった。
結局ルキもガドラも危険にさらしてしまっている。っていうか、いったいどこに行ったんだよガドラ……。
今は、ガドラの手も借りたい。
「ほら、やることは決まってるんだから、しゃきっとする! 俯かない! 男でしょ! あたしはそれほど古代語を知ってるわけじゃないから、魔王斑ってのだけを探るからね。細かいことは、君だけが頼りなんだからね。でも、出来るだけは努力するから!」
そう言いながら、ルキは懸命に古代語の書物の中身と戦いだした。
そうだ、途方に暮れている時間があるなら、一つでも読めばいい。
「ルキ……。この世界で、君に出会えて本当によかった」
普段言葉が少なめで、何かと私に対して怒ってくることが多いけど、ここぞという時には勇気をくれる。
「なっ!? 何よ! いきなり! ホラ、ぼさっとしない! 手を動かす! なによ、もう……」
そっぽを向いて探し始めるルキは、時折何かをつぶやきながら、ページをパラパラとめくっていた。
相変わらず、何が機嫌を損ねるのかもわからない。
でも、さっきの言葉に嘘、偽りはない。
ただ、今はそのことに対して弁明している暇はなかった。
デル老師が指示した本棚は、山のようにそびえていた。
*
「うーん。本当にあるのかよ! こういうのって苦手なんだよな!」
「
そしてもう一人。
細かい作業が苦手だけど、プライドが投げ出すことを許さない
「うーん。近い記載はあるけど、消えないっていうのはないね。ちょっと変わったところで、魔王斑は元々魔王を降臨させるためにあるっているのがあったよ」
さすがに
「……神宿り」
それは一種の神がかりというものだろうか?
残念ながら、それ以上の手がかりはそこにはなかった。
「ありがとうみんな、もう少し頑張ろう。
映像を横目で見ると、どうやら青竜との戦いが始まったようだった。
「急ごう!
たまにと言ったけど、何を考えたのか、
*
焦る心は、集中力を欠いていく。
その度に、戦いを見守り、ルキや精霊たちを見て、自分のやるべきことを思い出していた。
魔王斑……。
それは元々魔王を降臨させるものの印だったという。
その時には年齢は関係なかったらしい。いつから、年齢が必要になったのだろう?
魔王斑を持つ者は、神々と対話することが出来るというものもあった。さらに別の書物には、直接降臨させることもできたという。
そして、異世界から勇者を召還するための印でもある。
いや、まて……。
確かミストは普通の赤子の魂で召喚した場合は、どうしようもない者まで現れると言っていた気がする。
ということは、勇者を召喚するための絶対条件ではないということだ。
すべての戒めがあるのは、
能力に差があるとはいえ、その他の勇者については、そもそも日付も魔王斑すら必要ない。
魔王斑。
魔王。
神々との対話。
ひょっとして、魔王斑は消えるものと消えないものがある?
そもそも、これだけ用途が異なる魔王斑が、一つのモノであるという考え自体間違ってないか?
「ちょっと急いだ方がいいかもしれませんわ」
それは、聖騎士サファリ――デザルス王国の
*
「すげーな! なんつーでたらめな強さだよ!?」
「そうだね。ただ、サファリはこれで能力を三回使っているはずなのに、全く焦った感じがない。そして、エマはまだ銀竜もいるし、まだ何かやってきそうな感じもする」
「まだ、ガドラは見つかってないんだよね? ヴェルド君。なんだかボク、ちょっと嫌な予感がするんだ……」
とっさに前に出たのはいいが、その強い力の割に、危険な香りはしなかった。それでも、思わず
その刹那、光が何かを告げていた。
それは、本当に一瞬の出来事だった。しかし、何かのやり取りが、ここではない場所で行われた感じだった。
そのことは、
おそらく、
しばらく待つと、中から長い銀髪の女性が姿を現してきた。
「いや、大丈夫だよ。戦う気持ちはないらしい」
「
銀竜と名乗っても、その外見は大人の女性だ。銀色の光は薄くなっているものの、その美しさは、目を奪われると言っていいだろう。でも、そんなことを言ってる場合じゃない。
なぜ、今この場所に出てきた? 戦いはかなり緊迫しているはずだろ?
「何か用か、銀竜? 君は戦いで忙しいはずだろう? 左手を失ったとはいえ、君の力を使って、エマは何かするつもりじゃないのか?」
さっき見た映像。そして今の状況は、銀竜にとって極めて不利な状態だろう。
正直エマに勝利があるとは思えない。
あと、どのくらい能力が使えるのかわからないけど、サファリのあの力はでたらめだ。
たぶん、それはエマが一番よく知っているだろう。
だからこそ、
かつてそれを召喚した賢者がいた。そして、エマも一度はそうしている。
「ヴェルドよ。まずは我が子に施された、死の罠を解除してくれたことに対して、礼を言おう。エマは我の意識を乗っ取るために、我が子の死を利用しようとしていた。この戒めが無ければ、即座に八つ裂きにしてやるものを……。口惜しい。しかし、こうして話をしていられるのも時間の問題だろうな。あとは用件だけを手短に言おう。いや、その前に一応は聞いておくか……。勇者ヴェルド。そなたにこの世界を守る気はあるか?」
銀色の瞳が、私の心を見透かすように、まっすぐに見つめている。
正直、世界がどうとか考えたことは無い。
国々が争っていることだって、実感として感じていない。
ただ、デザルス王国とガドシル王国の戦いで、色んな人が迷惑していることは分かっている。ハボニ王国の奇襲で、マリウスやミスト、ボロデット老師やビヌシュさんを失った。その他にも、色んな人が巻き添えをくらって亡くなっている。
デル老師も、多分何かの巻き添えになったのだろう。
世界の変化に、無関係でいられないことはよくわかっている。
でも……。それでも、世界という言葉は、私には大きすぎた。
ただ、これだけは言える
この銀竜の眼を見ているから宣言したくなったのではない。
これはいつも、心の奥にしまってある誓だ。
今更、宣誓するつもりじゃない。
ごく当たり前の気持ちとして、銀竜に教えてやるだけだ。
「この世界をどうにかすることなんて考えていない。ただ、無関係ではいられないことは知っている。勇者であると自分を認めた時から、何かの為に戦うことも理解しているつもりだ。ならば私の答えは一つしかない。私は、私の知っている人を守るのみ。世界なんて大きな集合体ではなく、例えばルキを守る。私に言えるのはそれだけだ」
その瞬間、銀竜は満足そうにほほ笑んでいた。
「ならば、そなたに託そう。我の守護する
頭を下げる銀竜の目の前に、一振りの脇差が姿を現した。
そして銀竜の後ろから、小さな銀竜が母親そっくりな姿で、顔をのぞかせていた。
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