第二章 第四節 ガドシル王国編(中編)

第82話母の願い

ナーガの男が話したように、王都の外では、戦闘が始まったようだった。


泉華せんかに遠見の魔法を展開してもらいつつ、私とルキはデル老師を下の階に連れて行った。

図書庫なので、安置するものなんて都合よく存在しない。仕方なく、そこら辺にあったテーブルを借りて簡易寝台として、丁重に弔った。


まだ、戦いは大規模には展開していない。まだ、間に合う。


エマもサファリも直接対決はしていなかった。

この先戦いが激化するのは目に見えている。

ガドラも居所も一応探してもらいつつ、いざとなったら影跳躍で飛ぶための目標も探してもらった。


「だめ、ガドラが見つからないわ」

「ディーナの影を把握した。つないだままにしておくぞ」

泉華せんかのため息と咲夜さくやの自信にあふれた声は、同時だった。


春陽はるひ鈴音すずねは、何とかガドラを見つけてきて! 恐らくだけど、どこかの地下だと思う。泉華せんかは戦いの方を見ていて。紅炎かれん優育ひなり氷華ひょうか美雷みらいは、私と一緒に書物を探して!」

こんな事になるなら、ガドラも無理やり連れてくればよかった。

結局ルキもガドラも危険にさらしてしまっている。っていうか、いったいどこに行ったんだよガドラ……。


今は、ガドラの手も借りたい。


「ほら、やることは決まってるんだから、しゃきっとする! 俯かない! 男でしょ! あたしはそれほど古代語を知ってるわけじゃないから、魔王斑ってのだけを探るからね。細かいことは、君だけが頼りなんだからね。でも、出来るだけは努力するから!」

そう言いながら、ルキは懸命に古代語の書物の中身と戦いだした。


そうだ、途方に暮れている時間があるなら、一つでも読めばいい。


「ルキ……。この世界で、君に出会えて本当によかった」

普段言葉が少なめで、何かと私に対して怒ってくることが多いけど、ここぞという時には勇気をくれる。


「なっ!? 何よ! いきなり! ホラ、ぼさっとしない! 手を動かす! なによ、もう……」

そっぽを向いて探し始めるルキは、時折何かをつぶやきながら、ページをパラパラとめくっていた。


相変わらず、何が機嫌を損ねるのかもわからない。

でも、さっきの言葉に嘘、偽りはない。

ただ、今はそのことに対して弁明している暇はなかった。


デル老師が指示した本棚は、山のようにそびえていた。



「うーん。本当にあるのかよ! こういうのって苦手なんだよな!」

紅炎かれんがさじを投げていた。元々、こういうちまちましたことを嫌う方だった。


紅炎かれん、サボらない! ウチだって苦手なんや」

そしてもう一人。

細かい作業が苦手だけど、プライドが投げ出すことを許さない美雷みらい


「うーん。近い記載はあるけど、消えないっていうのはないね。ちょっと変わったところで、魔王斑は元々魔王を降臨させるためにあるっているのがあったよ」

さすがに優育ひなりは、こういうことが得意そうだ。


「……神宿り」

氷華ひょうかの持ってきた文献には、神の降臨について書かれたものだった。

氷華ひょうかが指示している所には、魔王斑を持つ者は、神との対話をするものだという記載があった。


それは一種の神がかりというものだろうか?

残念ながら、それ以上の手がかりはそこにはなかった。


「ありがとうみんな、もう少し頑張ろう。泉華せんか、そっちはどう?」

映像を横目で見ると、どうやら青竜との戦いが始まったようだった。


「急ごう! まことの勇者同士の戦いが始まった。泉華せんか、たまに映像を頭の中に」

たまにと言ったけど、何を考えたのか、泉華せんかはその映像を余すことなく送ってきていた。



泉華せんかのおかげで戦況はかなり詳しくわかったけど、肝心の手がかりは見つけられないでいた。

焦る心は、集中力を欠いていく。

その度に、戦いを見守り、ルキや精霊たちを見て、自分のやるべきことを思い出していた。

魔王斑……。

それは元々魔王を降臨させるものの印だったという。

その時には年齢は関係なかったらしい。いつから、年齢が必要になったのだろう?


魔王斑を持つ者は、神々と対話することが出来るというものもあった。さらに別の書物には、直接降臨させることもできたという。


そして、異世界から勇者を召還するための印でもある。


いや、まて……。


確かミストは普通の赤子の魂で召喚した場合は、どうしようもない者まで現れると言っていた気がする。

ということは、勇者を召喚するための絶対条件ではないということだ。


まことの勇者が召喚されるのは、魔王斑の子供をつかった偶数年の一月一日のみ。


すべての戒めがあるのは、まことの勇者の召喚に関してのみだ。

能力に差があるとはいえ、その他の勇者については、そもそも日付も魔王斑すら必要ない。


魔王斑。

まことの勇者。

魔王。

神々との対話。


ひょっとして、魔王斑は消えるものと消えないものがある?


そもそも、これだけ用途が異なる魔王斑が、一つのモノであるという考え自体間違ってないか?


「ちょっと急いだ方がいいかもしれませんわ」

泉華せんかが警告の言葉を発した瞬間、目の前に展開された映像。


それは、聖騎士サファリ――デザルス王国のまことの勇者――が、賢者エマ――ガドシル王国のまことの勇者――の召喚した赤竜の群れを薙ぎ払った瞬間だった。



「すげーな! なんつーでたらめな強さだよ!?」

紅炎かれんが賞賛とも取れる感想を告げていた。でも、その瞳は単純に戦いのすごさを認めているだけだろう。


「そうだね。ただ、サファリはこれで能力を三回使っているはずなのに、全く焦った感じがない。そして、エマはまだ銀竜もいるし、まだ何かやってきそうな感じもする」

優育ひなりは書物を閉じながら、そう感想を告げていた。


「まだ、ガドラは見つかってないんだよね? ヴェルド君。なんだかボク、ちょっと嫌な予感がするんだ……」

優育ひなりがそう言った瞬間、扉の前に銀色に輝く光が現れた。

とっさに前に出たのはいいが、その強い力の割に、危険な香りはしなかった。それでも、思わず桔梗キキョウをつかんでいた。


その刹那、光が何かを告げていた。


それは、本当に一瞬の出来事だった。しかし、何かのやり取りが、ここではない場所で行われた感じだった。


そのことは、桔梗キキョウを手にしてたから、伝わってきたのだろう。

おそらく、桔梗キキョウと何か話していたに違いない。

しばらく待つと、中から長い銀髪の女性が姿を現してきた。


「いや、大丈夫だよ。戦う気持ちはないらしい」

桔梗キキョウから手をどけ、行動しようとする精霊たちを制止した。


桔梗キキョウの申す通りだな。きわめて賢明な判断だ、勇者ヴェルドよ。桔梗キキョウを手にするそなたに、どうしても一度会ってみたくなったのでな。それに、桔梗キキョウから聞いたぞ。そなたには、礼を言わねばなるまい。そして、我の眼は正しいと確信した。我は銀竜。間違っても、あの下らぬ名で呼ぶなよ」

銀竜と名乗っても、その外見は大人の女性だ。銀色の光は薄くなっているものの、その美しさは、目を奪われると言っていいだろう。でも、そんなことを言ってる場合じゃない。


なぜ、今この場所に出てきた? 戦いはかなり緊迫しているはずだろ?


「何か用か、銀竜? 君は戦いで忙しいはずだろう? 左手を失ったとはいえ、君の力を使って、エマは何かするつもりじゃないのか?」

さっき見た映像。そして今の状況は、銀竜にとって極めて不利な状態だろう。


正直エマに勝利があるとは思えない。

あと、どのくらい能力が使えるのかわからないけど、サファリのあの力はでたらめだ。


たぶん、それはエマが一番よく知っているだろう。

だからこそ、優育ひなりの危惧することが、現実感を持って迫ってきている。


かつてそれを召喚した賢者がいた。そして、エマも一度はそうしている。


「ヴェルドよ。まずは我が子に施された、死の罠を解除してくれたことに対して、礼を言おう。エマは我の意識を乗っ取るために、我が子の死を利用しようとしていた。この戒めが無ければ、即座に八つ裂きにしてやるものを……。口惜しい。しかし、こうして話をしていられるのも時間の問題だろうな。あとは用件だけを手短に言おう。いや、その前に一応は聞いておくか……。勇者ヴェルド。そなたにこの世界を守る気はあるか?」

銀色の瞳が、私の心を見透かすように、まっすぐに見つめている。


正直、世界がどうとか考えたことは無い。


国々が争っていることだって、実感として感じていない。

ただ、デザルス王国とガドシル王国の戦いで、色んな人が迷惑していることは分かっている。ハボニ王国の奇襲で、マリウスやミスト、ボロデット老師やビヌシュさんを失った。その他にも、色んな人が巻き添えをくらって亡くなっている。

デル老師も、多分何かの巻き添えになったのだろう。


世界の変化に、無関係でいられないことはよくわかっている。

でも……。それでも、世界という言葉は、私には大きすぎた。


ただ、これだけは言える

この銀竜の眼を見ているから宣言したくなったのではない。

これはいつも、心の奥にしまってある誓だ。


今更、宣誓するつもりじゃない。

ごく当たり前の気持ちとして、銀竜に教えてやるだけだ。


「この世界をどうにかすることなんて考えていない。ただ、無関係ではいられないことは知っている。勇者であると自分を認めた時から、何かの為に戦うことも理解しているつもりだ。ならば私の答えは一つしかない。私は、私の知っている人を守るのみ。世界なんて大きな集合体ではなく、例えばルキを守る。私に言えるのはそれだけだ」

その瞬間、銀竜は満足そうにほほ笑んでいた。


「ならば、そなたに託そう。我の守護する尾花おばなを持って、どうか我が子を守って欲しい」

頭を下げる銀竜の目の前に、一振りの脇差が姿を現した。

そして銀竜の後ろから、小さな銀竜が母親そっくりな姿で、顔をのぞかせていた。


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