第79話王都キャンロベ
やっとの思いでついた王都の門。見えてから、そこに至るまでが困難だった。
ガドシル王国の王都キャンロベは、周りをぐるりと湖で囲まれている。それは大きいものから小さなものまで様々であり、王都の門から一直線に伸びている橋は王都から出ていく人の群れが出来ていた。
だから私達は、そこを通ることはできず、小さな湖が点在するところを縫うようにして進んでいった。
だけど、王都の門にたどり着いてみれば、意外なほどすんなりと通れていた。
そもそも、私達は王都から逃げ始めていた人々とは、全く違う行動をしていた。
だから、普通に考えると目立ってしまう。
しかし、どこからも誰何の声はあがらなかった。
逃げる王都の人々は、奇異の視線を向けていただけだった……。
一応、ディーナさんからもらった情報を確認するために、街を囲む城壁に上ってみた。
ルキとガドラは、言い争いながら、私を置き去りにして階段を駆け上がっていく。
まるで仲のいい姉弟だな。それにしても、なにを競争してるんだろう……。
そしてここでも、誰にも邪魔されることは無かった。普通ならこれは、何か言われる行為だと思う。
ゆっくりと、階段を上りながら、街の中を探ってみる。
やはり、王都を守備する兵士がいなくなっていた。そして、城の方に意識を向けると、その理由が明らかとなった。
だから、街の人々は逃げ始めたんだ……。
どこでも同じことが繰り返される。結局、争いで一番被害を受けるのは民衆だ。
気分が滅入りそうになったとき、先に駆け上がって、街の外を眺めていた二人の興奮した声が聞こえてきた。
「ほら、大丈夫じゃない! 予定通りじゃないけど、予定通りよね。うん、計画通り! ガドラも心配性ね! でも、あんみつ君の予定外の行動が無かったら、もっと早くについたんだけどね! でも、これでわかったでしょ。それしても、大きな湖ね……。まるで、この王都が海に浮かぶ島みたい。で、あそこにいるのが
「ちきしょう! 外れた! 街の人間が逃げだしてるから、もう始まってるのかと思ったぜ! 混乱に合わせるつもりだったのによ! あれ? ってことは、いいのか! あんみつがとろとろ、もたもた罠にかかるから、ほんのちょっとだけ焦って間違えるとこだったぜ! もっとバシッとかかれよ、バシッと! 気合がたりねーんだ! 根性見せろ! 罠を、罠と思うな! 罠と思え! しかも訳のわかんねー事に時間使いやがって! せっかくの俺の努力が、全てパーになるところだっただろうが! 大事な時間が逃げちまったらどうするんだよ! 捕まえるのに、時間くっちまうだろうが! そういや、安心したら腹が減ったな。早くどっかに入って、飯にしようぜ! 飯! ……。いや、飯よりもやることがあるだろうが! あぶねぇ……。危うくあんみつの罠にかかるところだったぜ……」
何故か二人とも、私が最後に取った行動を非難してきている。
いや、アンタら、そっくりそのまま返したい気分だよ。ギリギリになったのって、私のせいだけじゃないだろ?
「自分で言って、自分で
「へっ! 罠だとわかって、かかるバカがどこにいるってんだ! 俺はこれから逃がしてくるんだからよ! 喋れなかったら困るだろうが! じゃあな! ルキちゃん、仲良くやるんだぜ!」
妙な捨て台詞を残して、ガドラは王都のどこかに消えていった。
罠を罠とも思わないガドラ。騒々しい男だっただけに、いなくなると少し物足りない。
ただ、ガドラは元々王都で何かするつもりだったのは知っている。
それは、ガドラのいう、アイツらっていうのに関係しているんだろう。
私達についてきたのは、ただ方向が同じだけだったということだ。そして、その目的もある程度分かる。
ガドラの目的のためにも、本当に間に合ってよかった。
でも、やっぱり私だけのせいじゃないと思う。
あれからルキは、私の『何でも言うことを聞く』をふりかざし、罠という罠を発見しては、私に発動させていた。
それを見ては、仕組みを研究するというルキの行為は、ルキの為になっていると同時に、私も罠の種類と仕組みを理解し始めていた。
だからこそ、分かったことがあった。
罠にも流れというものがある。
仕掛けと仕組みが組み合わさって初めて作動する。それは魔法の罠も例外じゃない。
どちらかがうまくいかなければ、罠は正常には作動しない。罠解除の技能は、それを見分けて、どちらかを機能させなくするものだと思う。
ためしにちょっとやってみたら、案外難しくはなかった。あの地下大墳墓の罠は、思ったよりも多かったから、私にとってもいい経験になった。
そして、ガドラも同様の権利を主張し、寄らなくてもいい地下大墳墓の主とまで戦うことになってしまった。
理由は単純。
ドルシールの土産だった……。
ただ、それなりに魔法の道具を仕入れられたのは、たしかに幸運だった。
財宝と魔法の道具の大半は、ドルシールへのお土産としてガドラが所有し、ルキが一部をもらっていた。よくわからないものは、とりあえず私が預かることにして、後で組合長に鑑定してもらうことで納得してもらった。
まあ、たしかに労働には対価が必要だろう。結局見た目が気持ち悪いと言って、戦ったのは、私と
それに、地下大墳墓の主や、銀竜の子供には悪いけど、あの大墳墓が清浄化したなら、パリッシュとキャンロベの行き来もしやすくなる。
一応、あの構造が破壊される仕組みも解除しておいたから、地下大墳墓が崩れる事態は避けられるはずだ。
それにしても、何故魔法的な崩壊の仕組みを後付したのだろうか……。
ガドラがかかった最初の縦穴の仕組みは、おそらく銀竜が設置したものだと思う。使わなかったけど、登る側にもあったから、おそらく間違いないだろう。
たぶん、あの場所で子供を守るために仕掛けたものと、自分が行き来しやすいようにするためだということが、何となくだけど理解できた。
でも、構造物の崩壊は別物だ。
恐らく崩壊の中心は、玉座の真上。銀竜の子供のいる空洞になっていると思われる。
銀竜とは違う存在が設置したのか、銀竜がその仕組みを知らずに我が子を育てる場所にしたのかはわからない。
でも、その仕掛けは解除というか、破壊しておいたから問題ないだろう。
全て精霊たちのおかげだ。
ただ、せっかく一日短縮して調べる時間が増えたのに、それが消え失せたのは残念だった。
でも、今のところは、計画通り進んでいると言っていいだろう。
後は、王城に忍び込むだけだ。
それ以外の問題があると言えば、デル老師が逃げてしまっているかもしれないことだけだ。
でも、元々それに関しては、ある意味付加価値として得た情報だから、本だけ無事ならそれでいい。
ただ、王は避難していない。なら、デル老師もそこにいる可能性が高いだろう。
しかし、目的はあくまで、魔導図書庫にあるという魔王斑について書かれた書物だ。
消えない魔王斑。
それについて、何か手がかりになるものを見つける事が出来れば、それでいい。
案の定、王城の門は固く閉ざされ、何者の侵入も許さないようになっていた。
ただ、運よく物資が運びこまれた際に、その影に隠れて一気に王城に侵入する事が出来た。
*
王城は思ったよりも警護が厳重だった。王都の兵士が集まっただけあって、城内は結構人が多かった。
といっても、それは全て一般の騎士や兵士たちによる警備のみで、精霊使いや実力ある魔術師がいなかった。
ただ、それは仕方がないのかもしれない。
何故かこの王都には、ほとんど勇者の気配が感じられなかった。
この状況でも、パリッシュの街に勇者がまだいた事は、不思議だった。でも、それは王都にそれ以上いるからだと勝手に考えていた。
ただ、あそこにいた勇者たちは、今頃必死になって走っているだろう。
しかし、予想に反して、王都にはほとんどいなかった。
この国は勇者の大量生産をしていないのか、何らかの理由でいなくなったかのどちらかだろう。
魔獣がいるから、いらないとか?
いずれにせよ、感知できる人間がいないのはありがたい。
これならルキと二人で問題なく行動できる。
ルキを抱きかかえながら、見える城兵の影から影に飛び移り、一気に城の奥深くに侵入していった。
*
魔導図書庫は、王城の奥にある建物の中でも、やや外れに立てられており、その規模はタムシリン王国よりも小さかった。
少し不機嫌なルキに、鍵あけの技能を目一杯披露してもらいながら、目的の場所を捜し歩く。
そして、いつしか最上階にある、最後の扉の前にやってきた。
不思議なことに、これまでの部屋には、人が全くいなかった。
でも、この建物に入った時から、ここには人がいるのは分かっている。
それに、ある程度強い魔物もいる。
ルキに代わって扉の前に立つ。
私の雰囲気を察したのだろう、ルキは黙って私の行動を受け入れていた。
でも、これだけ不法侵入していながら、ここの人は私達に自由を許している。
感知していないということは無い。魔物は私たちに気が付いている。
この部屋の人は、いったいどんな神経をしているのだろう?
こんな狭い小部屋に魔物を連れているのもなんか変だ。
ひょっとして用心棒なのだろうか?
それとも、知恵ある魔物の類だろうか?
その正体を考えながら、扉のノブに手をかけようとした瞬間、頭の中で何かが語りかけてきた気がした。
でも、その内容はわからない。本当に語りかけられたのかも、今となっては自信がない。
今、入るべきなのか?
ただ、そう自分に問いかけずにはいられなかった。
根拠はないけど、今はこの扉を開けるべきではないと感じている。
見てはいけないものが、この向こうにはある。そんな気がしてならなかった。
扉の向こう側の気配は全く変わっていない。
鍵も罠もない扉は、簡単に開くだろう。
ただ開くだけで、この感じがなんなのかを知る事が出来る。
でも……。
ただ何となく、知らない方がいいことのように感じてしまった。
「どうしたの? なにかあるの? ねぇ……」
心配そうなルキの声。そのささやきに似た声は、何かを感じているのだろう。
いや、それだけじゃないか……。
今の私の雰囲気が、ルキに影響を与えてしまっている。
何を迷う? 何をためらう?
そのためにここまで来たのだろう?
しかも、ルキを不安にしてどうする?
真実は、たぶん目の前にある。それがどんなものであれ、私がすることに変わりはない。
そう自分に言い聞かせながら、警戒心を最大限に引き上げる。
顎に流れる汗を拭いた後、私はその扉に手をかけていた。
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