第78話トルリ山大墳墓(後編)

「なるほどね。さっきの突起が鍵なのね。通常ルートを一気に短縮する仕組みを隠してるんだわ。落下の距離を考えると、結構な短縮かも? それに、これは後から作られてるわね。わかる?」

観察し終えたルキが、感心したように告げてきた。ちょっと誇らしげなのは、自分の成長を実感できたからだろう。

こういう時は、褒めるものだと誰かが言ってた気がする。


「さすがだね、ルキ。それを見分けられるなんて、すごいよ。大したもんだ。多分だけど、丸一日分くらいは短縮できたと思うよ。魔法の発動もあったし、誰かが後で大掛かりな魔法の装置を付けたんだろうね」

落下時間、この山の高さ、初めに聞いてた地下大墳墓の大きさを考えると、大体そんなもんだろう。

たぶん二十八階分くらい一気に落ちていた。


ここより上の、あらゆる場所から感じる数少ない生物と大量の不死生物アンデットの感覚から言っても、普通に戦ってたら、時間がかかるだろう。

それに、何と言っても休憩も必要だろう。

もっとも、私が戦いに参加させてもらえれば別だろうけど……。一応これでも勇者だけど、二人は私に戦いをさせてくれないだろう。

だからたぶん、その計算に間違いないはずだ。


まだ、ここから下層もあるけど、どちらかというとこの地下墳墓の主の間に違いない。少しだけ大きく感じるその不死生物アンデットの気配は、面倒だから、出来るならあまり近づきたくない。


そしてもう一つ、この階層から感じるとりわけ大きな存在。そこは最も面倒事が起きそうな予感がする。


そして、この存在があるからこそ、この階層には他の生物はおろか、不死生物アンデットすらいないのだろう。

その存在感はこの地下大墳墓の主よりもはるかに大きい。


いや、正直言って大きすぎる。

普通の魔獣や魔物なんかじゃない。明らかに、それらとは次元が違う生き物だ。


多分これが、銀竜の子供に違いない。

これが竜の中でも上位種と言われる銀竜の子供。

生まれたばかりで、これだ。母竜ってのは、一体どんな力があるんだろう?


それにしても、やはりゲームのように、竜というのは別格なんだな……。


うん、この事は言わないことにしよう。

情報屋のケンさんはああいったけど、私は別にみるつもりはない。

泉華せんかもそれは分かっている。というよりも、なんだか見せたくない感じだった。


ここから少し行ったところに、そこに向かう道があるに違いない。



「よし! なかなかのびっくり感だったぜ! 次は、どんな方法で俺を驚かせてくれるんだ? 地下大墳墓だから、やっぱり不死生物アンデットだろ? これだけの大墳墓だから、まさかの大軍が来るってやつだな! 総勢一万の不死生物アンデットと戦うとか? まさか俺を不死生物アンデットの世界に引きこむつもりか? よせやい! 腐っても俺は、姉さん一筋だぜ! 姉さん! 死んでもついていきやすぜ!」

何故か、がぜんやる気を見せているガドラ。途中からはアンタがびっくり感満載だよ。


ただ、何となくそれがそのまま、そうなる気もする。

その言葉が引き寄せているのか? ひょっとして予知でもあるとでもいうのか?

そんなことを考えてしまう程、言動に行動が伴っていた。


『口は災いの元』って言葉を教えてやろうか?

でも、私の言うことは聞かないだろう。ドルシールに頼むか?


いや、もっとダメだ。


ドルシールに頼んだら、きっと『くっちーはわがはいのもっとー』みたいに変換されるに決まってる。やっぱりここは、私が教えてやらねば……。


「あのな……。ガドラ……」

いや、やっぱり優育ひなりにお願いしよう……。


それともやっぱり、一生ガドラに沈黙の魔法をかけておいた方がいいのだろうか?

でも、とりあえずは武士の情けだ。さっきの悲鳴のことは黙っておいてやろう。


しかし、私が優育ひなりにお願いしようとしたとき、ルキがガドラの前で両手を腰に当てていた。

あれは、ルキの説教ポーズ。

その見慣れた姿に、なんだか少しだけ安心した。これでガドラもおとなしくなるだろう。


「まあ、ガドラにはわるいけど、やっぱりあたしが前に出る。それに、これ以上のびっくりは許さないからね! こっちがもっとびっくりするわよ。さっきのも、あんみつ君の魔法があったから生き残ったんじゃない。なかったら、ガドラはあっちのお仲間よ。これ以上とやかく言うと、ドルシールに言うわよ!」

まだ不死生物アンデットになっていない亡骸を指し示しているルキの一言は、何よりも重くガドラには響いていたようだった。


でも、ルキさん? それはそうと、なんか怒ってる?


私の疑問をよそに、慎重に周囲を警戒するルキ。

知識だけじゃない、技能もしっかりと身についているようだった。

ドルシールとの出会いは、ルキに色々な成長を促したという事だろう。


にわかに元気をなくしているガドラが、その後に続く。


哀愁漂う男の背中も、しっかりと見せてもらったことは、ガドラには言わないでおいてやろう。


それよりもだ……。

そんなことを気にしてられない視線を強く感じる。


たしかに、この地下墳墓に近づいた時からずっと、誰かに見られている感じはしていた。

でも、ここに降りた時から、その感覚は強まっている。

そして、歩き始めてからは、一層その感覚は大きくなっていた。


警戒している?

何となく、その視線をそう感じてしまった。


「ルキ、その先に左から通路が合流している。そっちには絶対に行ったらダメだ。行くそぶりも見せてはいけない。あとで何でもいうこと聞くから、それだけは守って欲しい」

ルキは振り向くことなく、手で了解を告げてきた。


やがて春陽はるひの光が左手の通路を照らしだした瞬間、いきなり目の前の通路に不死生物アンデットの大軍が降ってきた。

おそらく、この階層より上層にいる物すべてだ。

本来戦うべき相手だったけど、戦わなくてもよくなった奴らだ。


そんなに戦ってほしかったのか?

ただ、中には落下で、砕けたり、壊れたりしている奴までいる。


「ありゃ? ひょっとして、これか?」

頭をかきながら、左足をそっと浮かせたガドラの足元には、不自然な突起がでていた。


「ガドラ! そこ踏まないように、手で教えたよね!」

「いや、踏めってことかと思ったぜ! そいつも、『思いっきり踏み込んで来い! 俺が相手だ!』みたいな雰囲気だしてたからな、つい、思いっきりいっちまった」

一瞬、ルキの顔が本気で固まっていた。

しかし、次の瞬間には、烈火のごとき怒りを見せていた。


今もなお、目の前で増え続けている不死生物アンデットを無視して、ルキが本気でガドラに説教し始めた。


でも、不死生物アンデットの大軍は、こちらに向かってはこれなかった。


上から落ちてくるのがあまりに多すぎて、大半は身動き取れないでいる。

しかし、そうは言っても、これで不死生物アンデットの壁が出来てしまった。


ていうか、せっかく無事な奴まで、上から降ってくるのにつぶされてしまっている。


一体どれだけの数が降ってくるんだ?


身動きとれず、押しつぶされていく不死生物アンデットの瞳が、やたら赤く燃えている。

その怨嗟の瞳は、まるで落とされたことによるものだとばかりに、私たちの方に向けられていた。


でも、それはいいがかりだ。

それは、こんな仕掛けを作った奴に言ってほしい。でも、ちょっとくらいはガドラになら向けてもいいよ。なんせ、踏んだのアイツだし。


でも、どうするか……。

桔梗キキョウ不死生物アンデットをつまらないものとして切ることを嫌がるのは知っている。

刀が好き嫌いするのは困りものだが、仕方がない。


泉華せんかの魔法で流すか……。水洗したら、下の主の間にお届けできるかもしれない。


「ガドラの『つい』は病気だな。それに、予言者の称号を与えたくなったぜ。しかたない。俺が燃やしてこようか!」

攻撃方法を迷っていると、久々の出番とばかりに、紅炎かれんが自信たっぷりにアピールしてきた。


「予言者というより、もはや予告犯だよ。まあ、この際色んな意味を込めて、ガドラという称号でいいんじゃない?」

本当にそうなら、ちゃんとドルシールの助言を聞いておけばよかった。


ルキの説教すら効かなかったガドラ。

今更優育ひなりにお願いしても、果たして言う事を聞くかどうか……。


やっぱり、王都では沈黙の魔法をかけてやる!


それよりも、今は目の前の不死生物アンデットの群れだ。

紅炎かれんの言うように、確かに不死生物アンデットに対して、炎は有効な手段だろう。

水洗もいいけど、あっちに流れたら厄介だ。

それに水圧で、向こう側が作動してもめんどくさい。


「ああ、紅炎かれん、お願いするよ。ただ、通路は燃やさないで。向こうにも同じ仕組みがある気がする。何となくだけど、これはあの子のためにある気がする」

「でしたら、あたしが先に保護しておきますわ」

「いらねーよ! 第二段階でいくぜ!」

泉華せんかの助力を断った紅炎かれんは、第二段階の技を発動させるべく待ち構えている。


そう言えば、紅炎かれんの第二段階は見たことがない。


桔梗キキョウを抜いた瞬間、紅炎かれんが刀身にその身を宿す。

その瞬間、桔梗キキョウの刀身が白い炎に包まれていた。


これが、紅炎かれんの第二段階。

その力の大きさに、感動で思わず我を忘れてしまった。


「な! なに!」

「おい、あんみつ! よせー!」

目の前で焦る二人を無視して、極大まで膨らんだ白き炎の刃を不死生物アンデットの群れに向けて、ただ振り下ろす。


通路いっぱいに広がった白き炎の刃は、ルキもガドラも飲み込んで、不死生物アンデット群れに襲い掛かった。


ほんの一瞬。

白き炎は不死生物アンデットを焼いた瞬間、跡形もなく消え失せていた。


通路のひしめいていた不死生物アンデットの群れが無くなり、桔梗キキョウの刀身の白い炎は、徐々にその姿を消していく。

そして、完全に消えた瞬間、あたりは不気味なほどに静寂につつまれていた。



「あれ? 熱くない……」

「おお、なんともねぇ!」

二人は目の前の状態と、自分たちの体の状態を見比べて、不思議そうにしていた。


「当たり前だぜ。俺様の第二段階の技。不死者消滅は不死生物アンデット以外を焼かないからな!」

桔梗キキョウを鞘に戻した瞬間、紅炎かれんが現れ、胸を張りながら尊大に宣言していた。


「確かにすごかった。力がみなぎるって、あの事なんだね」

まだ、あの興奮の欠片が、私の手の中にある。


「ちょっといいかしら、あんみつ君!」

「おう、あんみつ! ルキちゃんの言うことを聞くんだぜ!」

仁王立ちしたルキが、無残にもそれを、私の手から取り去っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る