第77話トルリ山大墳墓(前編)

「ふー。やっと入り口についたぜ! 結構登ったよな。下に行ってまた昇るんなら、最初から下から入れてくれたらいいのによ! でもよ! 俺たちゃ、ついてるぜ! ここに来るまでに、ほとんど魔獣に遭遇しないなんてよ! 前にこの森に入った時は、どんどん集まってきて大変だったからな!」

道中、文句を含めて、ガドラの言うことは半分くらいしか聞いてなかったけど、その感想はおそらく正しいのだろう。

だからこそ、一刻も早く王都に着かなければならない。出発する前に聞いた情報を合わせて考えてみると、その答えは明らかだ。


国境の街ソンパークの陥落。

デザルス王国の侵攻は、確実にこの国の中枢である王都に迫ってきている。


しかし、ハボニ王国のような奇襲じゃない。

じわじわと、ガドシル王家を追い詰めているのが明らかだった。


宣戦布告から国境での対峙と戦闘。そして、国境の街ソンパークの占領。

その全てを、自らの力を誇示するように、ゆっくりと侵攻している。

その様は、まるで抵抗するのは無駄だとでも言いたげだった。

しかし、降伏勧告はしていないようだった。


ただ、パリッシュの街とルップの街には侵攻しない通達は流してきている。

非戦闘民が逃げる時間は用意する。ただし、戦闘はする。

そう言いたいのだろう。

同様の通達は、おそらくは王都キャンロベの方にも届いているだろう。


それが騎士道精神だとでも言いたいのだろうか?

それとも、それがデザルス王国の戦い方というものなのだろうか?


そして、もう一つもたらされた情報。

魔獣を制御するという、この国のまことの勇者であるエマが、王国中の魔獣を戦線に投入するために、王都近郊に集めているという話しも聞いた。


もともと王都キャンロベは、守りやすく攻めにくい地形になっている。

王都キャンロベを守るように連なっている、外輪山のウイロラ山とトルリ山とマルニ山。それらの山の連なりが、デザルス王国の侵攻をさらに遅くするだろう。

その隙に、私たちはトルリ山の中にある、地下大墳墓を抜けて王都キャンロベに向かうことにした。

通常ルートとは明らかに違う道を、何故ディーナさんが知っていたのかは、この際無視しておこう。今は、戦闘に巻き込まれることなく、目的を達成することが必要だし、通常ルートは逃げる人であふれているだろう。


「さあ、ここからはあたしの出番ね。どいて、ガドラ。アンタじゃ、罠のありかなんてわかんないでしょ?」

ルキの顔は、かなりやる気と自信に満ちていた。


トルリの地下大墳墓は迷宮ではないが、侵入者を拒む仕組みはまだ生きているという話しだった。確かにこの面子では、ルキが一番、罠感知能力に優れているのかもしれない。


ただ、大墳墓の構造は、かなり大規模なものだ。はたしてそのすべてをルキに任せていいのだろうか?


あの時説明を聞いて、私なりに理解できたこと。

それは、この地下大墳墓が、山の内部に三十階建てのビルを二つ入れてあるような構造だということだ。


例えるなら、屋上から入り、途中の連絡通路を通って隣のビルに移る。そこからは上に行き、そして屋上から出る感じだろう。

そして各フロアには、下の階に降りる関門のような部屋があり、そこには当然のように番人というべきものがいるようだった。


何かわからないけど、少なくとも六十回は戦う必要がある。踏破するには、かなり時間がかかると思われる。

でも、そんなことを言っても、張り切っているルキは言うことを聞かないだろうな……。


「まあ、一応全員落下防止の魔法はかけておくよ。あと、矢除けとか、罠対策を色々とね」

機嫌の戻ったルキを刺激するかもしれないけど、まずはルキの安全を確保しなければならない。

鈴音すずねの力と優育ひなりの力で全員を守る。念のために、泉華せんか氷華ひょうかの力も展開した。

春陽はるひは自分の出番だとばかりに、明るさを増している。


「あら? それってどういう意味? ねぇ!」

魔法こそ受け入れたものの、やはりルキは過激に反応してきた。自分が頼りないとでも思われていると思っているに違いない。ここは、ガドラにすべてを引き受けてもらおう。


「いや、ガドラが勝手に余計なことをしそうだからさ」


「おい、あんみつ。それ、どういうことだ? まるで俺が罠にかかるみたいじゃねーか! 大体、そんなもんはなくても、俺は姉さんのすることをずっと見てきたんだぜ。罠があるかないかなんて、一発でわかる。この扉だって、罠なんかない! 見てろ――」

「あっ、ガドラ! そこ!」

ガドラが扉の一部を触った瞬間、扉の一部が開き、中から毒矢が飛び出してきた。


「ホラな! 俺はかからねぇ!」

「いや、アンタがかかってなくても、罠にはかかっているからな! ここみろ! 飛び出しただろ!」

私の顔のすぐ横を通り過ぎた矢の先端には、しっかりと毒が塗られていた。しかもそれは、即効性の毒だとわかる。見えているからいいものの、見えなかったらいい迷惑だ。


「いちいち細かいな、あんみつ。お前なら見えてるだろうが、そんなおもちゃ。そんなのは罠じゃねぇーよ! びっくり箱って言うんだよ! そんな違い、三歳のガキでも知ってるぜ!」

肩をすくめて、盛大なため息をつくガドラ。

誰か、コイツに常識ってもんを教えてくれ!


「ああ、わかったよ、びっくり箱ね。でも、これでアンタじゃ無理だってわかっただろ? びっくり箱を一々開けてる時間が無い事くらい、一応分かってるよな?」

「当たり前だぜ、あんみつ! さっきのは、挨拶だ、挨拶。いきなりの挨拶だったから、向こうもびっくりの返事が来ただけだぜ! さっ、お互い挨拶も済んだところで、そろそろ行くぜ! 罠でも、穴でも、来るなら気やがれ!」


何だその自信?


「一体アンタ、どこの誰に挨拶したんだ? 扉か? 今の言い方だと、扉だよな? あんたが普段しているノックって、中の人じゃなくて、扉に対してやってるんだよな!」

言いたいことはもっとある。


「それになんだ、その罠でも、穴でも来やがれって! 罠も穴も待ってるんであって、向こうからは来るはずない!」

もっといろいろ言ってやりたかったけど、ルキが私のつっこみ・・・・を制してきた。


「いや、ガドラ。だから、あたしがいくって! なんだかアンタ、罠に喜んで飛び込みそうだもん」

ルキの言葉に一瞬戸惑いを見せたガドラ。

しかし、次の瞬間には勢いよく扉を開け放っていた。


「いいや、ルキちゃん。あんみつごときに、ここまでコケにされたら引き下がれねぇ! ここはひとつ、男の中の男、このガドラの男の背中ってもんをしっかりと見ておきな! びっくり箱もびっくりするほどの男の生きざまを、しっかりと見せてやー、あああぁぁー!?」

振り返ることなく語りながら、迷いのない第一歩を踏み出したその瞬間、ガドラの姿は、情けない悲鳴と共に消えていた。


たった一歩。

その一歩で、私は確かに見せてもらった。

ガドラの言う、びっくりするほどの男の生きざまを!


それは、私ですらわかる不自然さを持っていた。ガドラが扉を勢いよく開けた瞬間、確かに私の眼にも飛び込んできた。

普通なら、その突起を見れば誰でも怪しいと思うだろう。だから、警戒しつつ無視する。


しかも、それは通路の真ん中にあるものではなかった。

無視して普通に一歩踏み出したなら、間違っても絶対に踏まない、通路の脇にある突起。

ガドラの視線がそこに行ったのは知っている。

魅了されたように、一瞬固まったのも知っている。

でも、そんな魔法は発動していない!


絶対、お前わざとだろ!

そう思う程、躊躇なく踏んでいた。


でも、それがガドラという男だ。

地雷を選んで踏んでいく男、ガドラ。


次は、罠は踏み越えていくもんだとでもいう気だろうか?


いずれにせよ、ガドラが突起を踏んだその瞬間、通路の一部が忽然と消えていた。

仕掛けは単純。

でも、発動には高度な魔法を使っている。


通路の代わりに姿を現した大穴は、未だにぽっかりと、大きくその口を開けている。

ふと横を見ると、ルキの口もそうなっていた。



「おーい! 死んでるかぁー? 死んでたら、ドルシールには言っといてやるから、迷わず成仏してくれよ!」

鈴音すずねの力が働いている以上、落下で死んでいるはずはない。ただ、他に罠があった場合は別だろう。ここの設計者が、二重三重に罠を張り巡らすタイプなら、罠のコンボもあり得るだろう。

でも、そんな気配は感じなかった。

冷静に考えると、罠――ガドラ用の罠ということもあるが――とは思えない。罠ならかかりやすくしてあるはずだ。

そう考えると、ある種の仕掛けのように思えてくる。


「ああ、大丈夫だ! 姉さんを残して、この俺が死ぬはずねえ! もし死んでも、姉さんからは離れないぜ! おい、あんみつ! 春陽はるひ様に光を頼んでくれ! こっちに風を感じる!」

やっぱりしぶとく生きていた。しかも、直接声が聞こえるということは、転移したわけでもない。

一体なんだ? この仕掛けは?

ただ、幽霊を従えたドルシールの姿を想像すると、ほんの少しだけ気の毒になった。


それともう一つ。

春陽はるひ様だって?


「あはは、なんだろうねぇー」

春陽はるひの乾いた笑いは、そのわけを知っているということだ。でも、とりあえず、流しておこう。このままだと、暗闇の中でも何するかわからない男が野放しになってしまう。


春陽はるひが向かった穴の底。


春陽はるひから思念で送られてきたその情報は、結構な人の亡骸と共に、その先に進むための通路が見えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る