第67話今更というものか

暫らく別室で待つように言われ、ミリアさんに案内されて入ったところは、立派な応接室だった。


「さっ、ヴェルド君。いい加減、精霊たちを紹介してくれるかな」

異様に目を輝かせたミリアさんは、後ろ手で扉を占めながら、開口一番そう言ってきた。両脇にいるエトリスとネトリスも同様の顔をしていた。


いい加減と言われても、どう対応してよいものやら……。全く会わせる気がなかったわけだし、ネトリスに至ってはさっき会ったばかりだ。

さて、どうするか……。


「私たちは見せもんじゃないんだけどねぇ」

春陽はるひはそう言いながらも、実体化してくれていた。他のみんなもそれに倣ってくれている。

全員で、私の目の前に横一列に並んでいた。


「かわいい! なに! ヴェルド君、すごいかわいいんだけど!」

「うん、すごくかわいい!」

「かわいいです」

ミリアさんとネトリスとエトリスが、それぞれの反応を見せていた。でも、思いは同じようだった。

しかも、その勢いはハンパなく、思わず数歩下がってしまった。でも、精霊たちも同じように感じたようで、少しだけ安心した私がいる。


「自慢の精霊たちです」

ただ、そんなに褒められると、なんだかこっちまでうれしくなる。


「ねえ、精霊にとって名前は大事なのはわかってるけど、教えてくれないかな? 私、もう我慢できないのよね!」

食い入るように見つめてくるミリアさんは、今まで会ったことのない人になっていた。


でも、一体何を我慢しているのだろう?

若干それが気になるけど、ミリアさんなら問題ないと思う。


春陽はるひだよ」

鈴音すずねという」

「我は咲夜さくやじゃ」

「あたしは泉華せんかといいますの」

「俺の名前は紅炎かれん。言っとくが、なれなれしくしないように!」

「ボクは優育ひなりといいます」

「…………」

「もう、氷華ひょうか。いい加減言わないと、ウチまでだまっとるみたいやろ? ウチは美雷みらい。そんで、こっちの黙ってるのが、氷華ひょうかね」

私が何も言わなくても、自分たちで自己紹介を始めていた。


蕩けたような表情の後、うつむいたミリアさん。やがて、その姿勢を勢いよく払いのけたかと思うと、天を仰いでいた。

さらに、何を悔しがっているのかわからないけど、いつの間にかその場で地団駄を踏んでいた。


何故だかわからないけど、本当に忙しそうだ……。でも、私の知っている出来る司書さんは、もうどこにもいなくなっていた。


やがてそれも治まって、短く息を吐いたミリアさん。

おもむろに仁王立ちになりながら、私をすっと指差してきた。


「ヴェルド君! 独り占めは良くないな! この図書館では、精霊たちは実体化しておくこと。これは、ヴェルド君の入館規則にします!」

鼻息荒いミリアさんの言葉に、精霊たちもあきれていた。


ていうか、ミリアさんってそんなに偉かったっけ?

そう尋ねる前に、ネトリスとエトリスが精霊たちに向かって挨拶を始めていた。


「私はネトリスと言います。年齢は十五歳です。こっちは妹のエトリス。よろしくね」

「エトリスです。私は十歳です。助けていただいたお礼も言わずに失礼をいたしました」

二人そろって、精霊たち一人一人の手を取っている。


「私はミリアよ。年は数えるのわすれちゃったわ。たぶん二十歳くらい」

ミリアさんも負けじと精霊たちの手を取っている。

年齢に関しては、嘘だというのはバレバレだ。でも、そこにはあえて触れない。藪蛇になるのは目に見えている。

精霊たちも、若干引きながらも素直に対応してくれていた。

和やかな雰囲気に包まれる中、優育ひなり氷華ひょうかが私の肩に座りに来た。

氷華ひょうかにはあのノリはしんどいのだろう。でも、ミリアさんってあんな人だったんだ。


そして、春陽はるひたちは本当にのびのびとしている。今までずっと実体化していなかった分、ミリアさんたちと楽しそうに話をしている。


私が勇者であることを隠すから、精霊たちは自由にできないのだろう。

私が勇者であることを隠すから、人との距離を作ってしまっている。


「なあ、優育ひなり氷華ひょうか。私は間違っているのかな」

会話には加わらず、今も私の両肩に座っている二人に、思わずそう問いかけていた。自分でも何故そういう気分になったのかはわからない。

ただ、春陽はるひの笑顔を見ると、無性にそういう気分になっていた。


「まあ、ボクたちは実体化してないと不便というわけじゃないけどね。ただ、春陽はるひたちはもっと自由にヴェルド君のそばに居たいと思っているよ。もちろん、ボクらもそうだけどね。ただ、ヴェルド君の気持ちも理解できるよ。たぶん難しいことだから、ゆっくりと考えたらいいよ」

優育ひなりの気持ちがありがたかった。同意するかのように、ペチペチと頬をたたく氷華ひょうかの手は、冷たいはずだけど、温かかった。


「ごめんよ」

いつかそんなことを考えなくてもいい世の中になったらいい。でも、そのためにはどうしたらいいのだろう?


答えの見えない問題。きっとそれは目に見えない箱に入っている。

そして今の私には、その開け口すら見つけられないでいる。


その中身はきっと単純なものなのだろう。

問題を難しくしてしまっているのは、きっと私自身だ。

そう思ってみても、開ける方法は全く思いつかなかった。


本当にどうすればいいんだろう……。


ふと浮かんだ組合長の顔を無理やりかき消したとき、目の前で応接室の扉が開いていた。


「お待たせしました。ヴェルド君。改めて、お礼とお詫びとお願いとお願いとお願いを言わせてください」

ラミアさんはいきなりそう言って頭を下げていた。タイミングを逃したかのように、その後ろでも同様のしぐさをしたような感じが伝わってきた。

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