第61話絡まったいと

結局、私の願いは咲夜さくやには届かなかった。


(汝のそういう姿は見とうはない)

つれない返事の結果、事態を見守ることを余儀なくされていた。

ただ、エトリスのことを考えると、もうそんなにのんびりとしてもいられない。


朝に地下牢に移されたとなると、きっと今頃は恐怖している事だろう。

十歳の子供にとって、それは体験すべきことじゃない。

ただ、今まで仕入れた情報をもとに考えると、一つだけ腑に落ちないことがあった。


一体どうしてドルシールはこの場所にいるんだろう?

しかも、ルキよりも前に到着して、事態を確認して行動している。


「なるほどね、ドルシール。あなたのことはひとまず保留にするわ。ただ、教えてちょうだい。なぜ、あなたはこの事を知ったの? あたしは朝早く、図書館の司書さんから直接話を聞いたわ。その後すぐにここまでやってきた。でも、あなたはこのあたしよりも先にいた。どうしてなのかしら?」


本当にルキの成長には驚かされる。わき目もふらずに走って行ったことは、たぶんそういう事だったんだ。


今もまた、両手を組んでまっすぐにドルシールを見つめている。ドルシールもまた、ルキを真剣に見つめていた。


まるで二人だけで、別次元の言葉で話しているかのようだった。


ことわざの件は置いといたとして、ルキは真実に至る目を持っているとしか言いようがない。

いや、ちがうか……。

それだけ真剣に考えているからだろう。

真実へといたる道の途中で、足りないところがないか、考えているからに違いない。


やがて何かをあきらめたかのように、ドルシールが小さく息を吐いていた。


「ああ、今朝起きると、宿の部屋の前に書置きがあったのさ。『魔術師組合長の娘がドルシール一家に誘拐された』ってね。最初はなんでそんな娘が、あたいに関係あるのかわからなかったさ。それによりも、あたいの寝ている部屋の前に、書置きがあったことの方が驚きだったね。たとえ熟睡してたとしても、あたいなら部屋の前に、何かおかれたら気づくからね。でも、今朝はそれをみるまでわからなかった。たぶん魔法でそこに置いたか、使い魔を使ったかだろうさ。どちらにせよ、まっとうな手段じゃない。そして、コイツに聞いて、あたいがはめられたってことに気付いたのさ」

次会った時にはたぶんわからないであろう男が、無造作に投げ捨てられた。男はすでに気を失っているようで、抵抗することなく床に転がっている。


「そう。じゃあそれって、あたしが聞くよりも前の事なのよね」

「たぶん、そうだろうね」

ルキの言葉に、ドルシールはさっきまでと雰囲気が変わっていた。その眼には、何かを思いついたような理解の色が見えている。


「そう、じゃあエトリスは今どこにいるのかしら? ノウキンさん!」

「そんなこと、お前に言うわけないだろ――痛いな! ガドラ! 蹴るなっていっただろ!」

「お前こそ、言葉に気を付けるんだな。あっちのルキちゃんは、なりは小さいが、姉さんが認めた『ことワザ使い』だぜ! まったく、感心するぜ!」

ガドラの言葉に、まるで雷にでも打たれたかのような衝撃が、ノウキンの全身を貫いているようだった。


「うそだ……。ドルシール姉さん、嘘だと言ってくれ……。この僕を差し置いて、ドルシール姉さんが認めるなんて……。しかも、あんな貧相な小娘だと……」

よろよろと階段の欄干にその身を預けるほど項垂れていた。

その後ろを通ってガドラとイドラがドルシールのそばまで下りてきた。


「そんなのどうだっていいから、早くあたしの質問に答えてよ!」

ルキにしても、気になって仕方がないのだろう。でも、若干怒っていらっしゃる。


ただ、さっきのドルシールの話で、大体理解できた。ドルシールも同じように、何か思い至ったようだ。


ガウバシュの街からこの屋敷までは、走って四時間ほどの距離にある。

朝に地下牢に移されて、今いないとなると、その間に連れ出されたという事だろう。


しかも、館長たちがいないことに気づく前にドルシールにメッセージを残している。

ということは、ドルシール達がここに帰ってくる前に、ここから離れる手筈も整えていたはずだ。

そもそも、そのメッセージも妙な話だし、ここにいる人間が置いたのではないだろう。


そして追手があると考えている以上、方向はガウバシュの街の方角じゃなく、反対側になる。

子供を連れて、走っていくわけじゃないし、森だから馬車とかは使えない。

最大で徒歩四時間の移動距離で、方角は街とは正反対の方だ。


【千里眼】!


まだうまく使えないけど、これだけ絞り込んだなら、後は時間の問題だ。



「どうだっていい? どうだっていいだと? 笑わせるな! 小娘が!」

やばい、【千里眼】で見てるから、声しか聞こえない。慣れてないから、周り気配とかも一時おろそかになる。

ただ、直接危害は加えないだろう。後から怒られるような真似はしないという自信がある。

でも、絶対につっこみ・・・・要素満載の話の予感がする!


「この僕は! ドルシール姉さんに認められる『ことワザ使い』になれるように、日々自分を鍛えてきたんだ! ああ、それこそが僕の願い。それを思うだけで、この胸は張り裂けそうになる。聞こえるか! この胸の高まりを! だからこそ、血の滲むような特訓を一人で繰り返し、耐えてきたのさ! 見えるか! この胸の高まりを! これこそが、僕の努力の結晶! それを何のきょういも感じない小娘が、認められたと聞いて、だまって――」

「うるさい! うるさい! あたしはまだ十歳よ! もうすぐ十一歳だけど……。でも、それでも成長途中よ! これからなのよ! そのうち、ドルシールにだって負けないわよ!」

「ふん! お前ごときがドルシール姉さんのようになれるものか! それどころか、この僕にもかなうまい! ドルシール姉さんはその豊満なもので、どれだけの男を倒してきたと思ってるんだ! なによりも、お前からは胸の高まりが感じられない! ドルシール姉さんの圧倒的なものに比べて、貧相なんだよ!」

「うるさい! うるさい! うるさい! 見たことないくせに! それに成長途中だって言ってるでしょ!」

「ふっ、お前の小さな実力など、その体を見たらわかる。それを『まけいぬのとおぼえ』って言うんだ!」

「うるさい! 十年たったら、ドルシールなんて比較にならないくらい成長するんだから!」

「ふん! 十年たったら、ドルシール姉さんはもっとすごいものを手に入れているさ、今の差が埋まるはずがない!」

「なっ、ドルシールには、まだ成長の余地があるって言うの?」

「ふっ、小娘。『むちとはつみ』だな。ドルシール姉さんは、大陸の魔導図書館をいろいろと見て回っているんだ。その隠された秘密のワザを常に追い求めている。だからこそ、あの圧倒的なものを手にしているんだ。今回この島に来たのも、その一環だよ」

「ドルシール……。そんなことあたしには一回も言ってなかった……。まさか、今のもそれで手に入れたって言うの……? しかも、これからも自分一人でそのワザを使って、さらにすごいものを手に入れようとしてたなんて……」

「思い知ったか、小娘。ドルシール姉さんに認められたか知らないが、貧相なお前に同情したんだ。そうだ! きっと、そうに決まっている! そうだったのか! よし! そうとわかれば、特訓だ! キョジャック! 後は任せた! 僕もさらに高まってやる!」

「おい! まてよ、ノウキン! 何の話だ? お前ら、いったい何の話をしてたんだ? それに、任せたって? いったい、何を任されるんだ? それにお前、何の特訓するんだ? おい! まてって! おい!」


私達を放置して、二つの足音が二階の奥に消えていく……。


「ドルシールはどこで手に入れたのかしら……? しかも、ドルシールがさらに成長する……? あれよりもっと……?」


急に静かになったエントランス。

ルキの小さな呟きが、やたら私の耳に虚しく響いていた。

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