第60話ドルシールと誘拐な仲間たち
ドルシールが住んでいるこの森の屋敷は、元々勇者の一人が貴族の真似事がしたくて建てさせたものだという話しだった。
それだけにこの屋敷の存在は、ガウバシュの街で知らない人はいない程有名なものだった。
街のどの人に聞いたって、この場所まで案内できる。
そうドルシールから聞いていた。
そして今はドルシール一家が住み着いていることも、この街に住んでいる人なら誰でも知っていることだった。
エトリスを誘拐して、ドルシールに疑いの目が向けられる。
もしもそれが分かって、誘拐したのだとすると、そいつらはただの誘拐犯じゃない。
愉快犯でもある。
ドルシール一家のことは、ドルシールの愉快な仲間たちという呼び名を広めようと思う。
それにしても、この屋敷は独特な雰囲気を持っていた。
憧れで作っただけあって、良く言えば和洋折衷。でも、中途半端感が否めない。
広いエントランスの正面には、幅の広い階段がなだらかに広がって、途中からは左右に分かれて上っていくように作られている。何かで見たことのあるような、立派な西洋風の邸宅を模していることは十分理解できる。
ただ、階段が左右に分かれる壁には、決まって当主の肖像画とかが飾られてた気がする。
でも、正面に飾られている絵画は、誰がなんと言おうが、まさしく富士山だ。
いや、絵画は素晴らしい。しかも、かなりでかい。
こういう所に飾る以上、さぞかし名のある芸術家が書いたものに違いない。
でも……。何となく、クラブの合宿の時にみんなで入った銭湯を思い出している自分が恥ずかしかった……。
ドルシールが出てきたのは、その階段の右側にある扉からだった。
開け放たれた扉の向こうには、廊下が続いているようだけど、奥は見えない。
そして、ドルシールの右手には、もはやどこの誰だかはっきりわからない程顔をはらした男の襟首が握られていた。
そして左側の二階部分から手下と思われる男が下りてきていた。
イドラほどではないにしても、その立派な体つきは、戦士としての実力を思わせるものだった。
「ルキ、あたいもなんだか知らないんだよ」
「ちゃんとお邪魔しますって言ったわよ!」
「ドルシール姉さん、いったい何のことですか?」
こうして、三つ巴の舌戦が繰り広げられている。
でもね、ルキ……。
そう言ったからって、相手の返事待たなかったら不法侵入なんだよ……。
しかも、蹴り開けた後に言ってないかったけ?
心の中だけで、そっとルキに
今日は、これ以上
仏の心で見守るんだ。
この屋敷を探った結果、この屋敷にはもうエトリスはいなかった。
でも、ドルシールの行動からは、ここにいたことは確かだろう。
今は、情報を集める必要がある。
「しらばっくれんじゃないよ! 今地下牢に行って、コイツから全部聞いたさ!」
「そんなこと言って、あたしをだましたことに変わりないはず! あんた言ったわよね『ぎはばっせよ』って。なら、あんたが罰を受けるのは当然じゃない!」
「残念だが、嬢ちゃん。俺たちは邪魔者には用がないんだぜ! とっとと失せな!」
ドルシールもその手下も、顔つきがコロコロ変わって忙しそうだ。ルキは、どちらにも怒っているからその顔つきは変わっていない。
ていうか、この先もこの会話がずっと続くのだろうか?
どちらかというと、ルキに黙ってもらって様子を見た方が、事態を把握できるんじゃないか?
私がルキにその事を伝えようとした瞬間、右側に伸びている階段の奥にある扉が急に開かれた。
「痛いな、イドラ! 蹴らなくても、僕は前に進めるよ」
もう少しで階段を転げ落ちそうになりながら、後ろに向かって文句を言う手下が登場した。
続けてガドラに蹴られて、しぶしぶ階段を下り始めた手下は、途中で階下を覗き込んでいた。
「ああ、これはドルシール姉さん。お久しぶりです。あなたのその願い、何も言わなくても、この僕が全部わかっています。ああ、ご褒美は結構です。『ノウキン、よくやったね』と褒めてもらえれば、それだけで三日はいけます」
ちょっとややこしくなりそうなやつが出てきた。
ていうか、あんた魔術師だよね、その恰好。
名前がノウキン?
しかも、三日いけるって何が?
*
「姉さん、やっぱりこいつが魔法で誘い出したそうですぜ。ただ、誘拐した後は客室で丁重にかどわかしはしてたようですぜ。そこのキョジャックとノウキンが、今回の事件の犯人みたいですぜ」
「ガドラ
珍しく、ガドラとイドラがちゃんと話を進めてくれている。
進めてくれているからこそ、ここは
仏の心だ、私……。
そう、それはわかっている……。
分かっているけど……。
何だよ、それ!
そもそも、なんなんだ、その名前は?
ノウキンの魔術師に、その筋肉でキョジャック?
お前ら、あれか? 名前に対する反抗期か?
それに、ガドラ! 誘拐して、丁重にかどわかしって、いったい何回誘拐すれば気がすむんだよ!
(今日もたいへんそうだねぇ)
さすがに見かねたのだろうか?
*
「それで、ポエスの奴はどこ行ったんだい? 奴の元手下だって全くいないじゃないか。まさかあたいのいない間、ずっとかくれんぼしてたんじゃないだろうね!」
ドルシールはノウキンとキョジャックを代わる代わる見つめている。
「それが、さっきから探してたんですが……。ポエス一派全員、どこかに隠れてるようでして……。今も屋敷の隅々まで、猫の子一匹這い出る隙間のないくらい、目をまっさらにして探してたんですが……」
それでキョジャックはそこにいたわけだ……。
おちつけ、私……。
これはたぶん、私に対する精神的な嫌がらせか何かなのだ。
今、この瞬間に形成されている世界の中で、私だけが、
「ねえ、いいかげん落ち着きなさいよ。それに、さっきからブツブツ言ってるし。今は手がかりを得るために、状況を確認しないとダメでしょ!」
私をジト目で睨んだ後、ルキは黙って様子を見ていた。
「…………」
ねえ、
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