第59話誰が何のために?

「え? 何? どういうこと?」

私よりも前に、ルキの方が反応していた。

一瞬の間に、色々な想像があったに違いない。でも、その顔から考えると、あまりいい想像はしていなさそうだった。

昨日の晩も、遅くまでドルシールと訓練してたのは知っている。


「昨日、お友達と一緒に、街の外にある森に薬草採集に出かけたみたいなんですよね。その時、いきなりはぐれてしまったようです。ただ、その時は近くを通りかかったドルシール一家の人たちが見つけてくれて、無事皆さん帰ってきたんですよ。ただ、その時からどうも様子が変だとお友達は言ってたようですね。家に帰ってからは、特に話すこともなく、早めに部屋に戻ったらしいです。朝になり、なかなか起きてこないので部屋に行ってみると、その時には、すでにいなくなっていたらしいです」

ミリアさんの話が終わるや否や、ルキは何かを思って駆け出していた。ここからあそこまではかなりの距離がある。ルキの足を考えると、まだ十分時間はあるだろう。


鈴音すずね紅炎かれん

小声で二人の名前を呼ぶ。

実体化していない二人は、私の意志を理解して、すぐにルキの後を追ってくれていた。


「それで、いつくらいまでは家にいたことが分かってるんですか?」

話しの流れから、館長一家が起きていた時には家にいた可能性がある。でも、ミリアさんは、昨日からと言っていた。


「館長の家は、魔術師の家らしい構造になってます。しかも、あの家の窓はかなり特殊で、開閉が魔力制御なのです。しかも外側から開けると、侵入警報が鳴る仕組みにもなっていて、うっかりあけることもできません。ついでに言うと、内側から開けた場合は、一定時間たてば閉まるようになっています。当然、開けた時刻を中央の制御球が記録しているので、いつ、どの窓が開いたのかまでわかります。エトリスの部屋の窓が開けられたのは、内側からでした。そして閉まったのは、日付が今日になるころみたいです」

「エトリスは、普段から夜に抜け出してたの?」

「いえ、あの子は本が大好きな子です。夜は昔から読書の時間ですよ。私もよく読むことをせがまれました。ああ、そう言えば、あの時のヴェルド君のようにですよ。ただ、よく窓を開けていることはあったみたいですね」

さりげなく、探すのを手伝うのが当然という気配がビシバシ伝わってくる。そんなこと持ち出さなくても、もう半分以上探すのを手伝っているようなものだけど……。


それにしても、ルキは決めつけていたみたいだけど、時間的にそれは無理だろう。直接ドルシールは関与していない事が、これで明白となった。ただ、指示している可能性は否定できない。


「ミリアさん、入館申請にしつこかったドルシール一家か、ドルシール本人は、あれから催促に来てましたか?」

もし、未だにしつこく申請をしてたのなら、たぶんあれ以外にも目的があったということだ。でも、それは何となく考えにくい。


「そうねぇ……。私は見ていないわね。他の人も、最近こないねって噂してたくらいだから、来てないと思うわ。いったいどうしたのかしらね」

やはりそうだ、ドルシールには動機がない。でも、完全に無関係だとも考えにくい。


「最近、館長と諍いのあった人とか知っていますか?」

エトリスを誘拐したということは、館長自身に何か関連があるだろう。単純に金銭目的なら、もっと簡単で、お金持ちの人がこの街にはいくらでもいるはずだ。

仮に犯人を追跡するにしても、その背後関係を洗っておかないといけない気がする。トカゲのシッポきりになっちゃいそうで、面倒だ。


「いいえ、館長は特に何も言ってなかったけど……、その……」

急に周囲を警戒し、ミリアさんは耳元まで顔を近づけて、囁いてきた。


「もうすぐ、街の代表者が集まる会議の議長を決める話し合いがあるので、ウチの館長もそこに名前が出ているから、いやがらせの線もあるのかと思うわ。誰とは言わないけど、おに……、自警団団長とかね」

いや、十分言ってるでしょ、それ。しかも、鬼とか言いかけなかった?

しかも、ミリアさん……。

何となくだけど、最初から私を巻き込む気全開じゃない?


「そうですか、他に館長と仲が悪い人っています?」

図書館は静かにと書かれている注意書きの前とはいえ、図書館の外でのヒソヒソ話も変なものだ。

でも、利権が絡み合ってくると、単純な解決は難しいし、慎重に行動しないとダメだろう。

ルキはどこにいるのかを決めつけてるみたいだけど、そうじゃないケースだって考えられる。

むしろ、ドルシールに罪を着せることが、一番手っ取り早い方法として浮かぶということは、闇が深い可能性だってあるんだから……。


「おに、自警団団長のほかに? 冒険者組合支部長と港組合長、商工会組合長、宿屋組合長、商人ギルド長……」

「ちょっ、それ全部? ほとんどじゃないの?」

「そうね、ウチの館長って、ほんと人気ないわよね!」

もはや小声でもなんでもなかった。

あっけらかんと笑うミリアさんは、どうも悪気があっての事ではなく、本当にそう思っているのだろう。


「そんな中で、なんで自警団団長の名前が先に出たんですか?」

特別仲が悪いのだろうか?

それとも、何か因縁があるのか?

ていうか、ミリアさん。鬼自警団団長と呼ぶほど何か悪さでもしたのか?

顔に似合わず、実は裏では、相当のワルなのだろうか?


私の言葉に、ミリアさんはきょとんとした顔つきになっていた。

やがて、納得したのか、今度も小声で話しかけてきた。

でも、なんだか妙にうれしそうな顔をしている。


「そりゃ、ウチの館長と自警団団長との争いは有名よ。この街で知らない人はいないくらいでしょうね。エトリスのお母さんは自警団団長の妹で、自警団団長は未だに二人の結婚を認めてないもの。まったく、しつこくて、未練たらしいわよね」


めんどくさそうな理由だったよ、これ!

ていうか、子供が出来てるんだから、いいかげん認めろよ。鬼自警団団長!


口に手を当てているからわからないが、ミリアさんの眼はしっかりと笑っていた。



それからミリアさんからもらった情報で、この街がいかに安全で、平和だったのかが理解できた。

念のため、麗しの宿亭の女将さんと図書館の職員にも、館長と自警団団長の噂話を聞いてみた。

ミリアさんの言った通り、その話は有名なものだった。


この街が平和でよかったと思う、ほんと……。


たぶん、黒幕はシスコン自警団団長で間違いない。

姪っ子を誘拐させるなんて、まさに鬼としか言いようがない。


ただ、実行犯は他にいる。


状況から手口を考えると、エトリスに対して魔法を使い、自分から窓を開けるように仕向けたという事が最も妥当な線だろう。


自警団は基本的に団長を含めて皆戦士のはずだ。対して、魔導図書館の職員は皆魔術師となっている。図書館職員が手を貸した可能性もあったけど、尋ねる事が出来た図書館職員は嘘を言っているそぶりはなかった。魔術師組合長は館長の奥さんのようで、こっちから何かあったかもしれないけど、関係の糸は細いと思う。

シスコン団長が妹に迷惑がかかることを選ぶとは思えない。


誰が?

何時?

何処で?

実行犯としては、これを考えていかなければならない。


そうなると、ミリアさんの話から、森の中でドルシール一家の誰かということになるだろう。

ただ、この件にドルシールが関与しているとは考えられない。

ていうか、完全に被害者だろう。


ルキはたぶん、自分がまんまとだまされたと考えているのだと思う。もしかしたらそうかもしれない。

でも、ドルシールには動機が見当たらない。


むしろ、あんな話をした後だから、ルキが疑うということはドルシールだってわかるはずだ。

そんな馬鹿な真似はしないはずだ。

ドルシール一家の誰かも恐らく動機はないだろう。ドルシールのためにすることはあっても、ドルシールの望まないことをするのは考えにくい。

自警団とのもめ事の後、ますます仲良くなってたような気がする……。


「まあ、ドルシール一家がいいように利用されたと考えるべきかな? 泉華せんか、どうなってる?」

遠見の魔法で警戒してくれていた泉華せんかが、映像を私の目の前に展開してくれていた。

丁度ルキも屋敷についたところで、建物に向かって走っている。

このままいくと、多分話はややこしくなっていくに違いない。


街の外に居を構えているドルシールは、このところルキとの話とか、特訓のためにガドシールの街で寝泊まりしていた。

たぶん、それも状況として利用されているのだろう。


「じゃあ、咲夜さくや。よろしく」

「汝の思うままに」


玄関の扉を蹴り開けたルキの影から出た瞬間、エントランスに三つの声が響き渡った。


「お前達、何考えてるんだい!」

「ドルシール、見損なったわ!」

「なんだ、おまえ! 不法侵入って知ってるか!」


互いの言い分しか主張しなさそうな空気に、もはやため息しかつけなかった。


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