第62話親分の心、子分知らず
「よし、見えた!」
「見たの!?」
【千里眼】を解いて隣を見ると、そこには涙目のルキがいた。
何と言えばいいのやら……。
でも、今は優先すべきことが他にある。
すでに、ドルシール達もそこに到着している。
ドルシール達はさっきの話の途中からいなくなっていたのは知っている。
ただ、これだけ距離が近いのなら、ルキも放置してほしくはなかった。
でも、それは仕方がないか……。
あくまで今回のことは、ドルシールにとって身内の不始末だ。
自分も含め、誰かにはめられているのだとしても、最初にすべきことを心得ているのだろう。
その点は、やはり親分なんだ。
しかし、その子分は情けない。
彼らが隠れていたのは、ここからそう離れていない、ちょっとした山の中腹をくりぬいて造ったような洞窟だった。
そこはかなりの広さがあり、ちょうど練武場のようになっていた。おそらく、この屋敷を作った勇者に関係するものなのだろう。
あの時ドルシールは、たぶんそこだと睨んだのだろう。
あの場所を知らない私は、一番遠くに逃げられる所から手前に来るように、順に探してたから時間がかかった。
いや、実際にこんな近くにいるなんて思わないよ? 普通はね。
「ルキ、今は議論してる暇はない。【千里眼】でエトリスの居場所を見つけた。ドルシール達も、もう着いている。いくよ」
私の話に反応して、瞬時にいつものルキに戻っていた。
「そうね、今はそれが大事よね」
「いい子だ。大丈夫だよ。さっきの話も含めて、かなり誤解があると思う。ルキが成長してるのは、この私が知っているよ」
この旅でも、ルキは大きく成長を遂げていた。
「なに――」
「
顔を真っ赤にして照れるルキにかまっている暇はない。今は一刻も早く、あの場所に行くことが重要だ。
影跳躍。
ルキを抱えて影を行く。
出てきた場所は、丁度ドルシール達とその手下達がにらみ合っている場所だった。
「さすがだね、
私達とドルシール達と面倒を起こした手下達の三勢力は、お互いに等距離――さながら正三角形の頂点のように――を保つような位置取りとなっている。
しかも、その場所は岩陰となっており、私たちの出現は、おそらくドルシールにしか知られてないだろう。
***
「だから、お前みたいなのを『いのなかのかわず』っていうんだよ!」
「ドルシール、俺達がいくら双子の兄弟だからって、間違ってもらったら困る。俺はポエス。こっちが弟のカワッズだぜ! 大体、アンタのいう事は一々訳がわかんねぇ。俺たちゃ、アンタのいう『ことワザ』なんかにゃ、これっぽっちも興味ねぇんだよ!」
明らかに
よく言えば、良いおっさん。悪く言えば、ただのおっさんだ。
印象に残りにくい。たぶん、
他の手下たちも魔法を使うとは思えない。
やっぱり、ドルシールの所に置手紙をしたのはドルシール一家の他にいる。これで、最初に考慮から外したところも考えないといけないのか……。
どうもこれには、あの街の何かが関係している気がする……。
「おい、そりゃ姉さんに失礼だろ! 失礼をした奴がどうなるかは知ってるよな!」
「ガドラ
「なるほど。イドラもいいことを言う。馬は叩けば、言う事聞くからな! こいつらもそうしてやればいいってことだ!」
「やろうか! ガドラ
「おう! イドラ!」
盛り上がってるとこ悪いけど、なんだか趣旨が違ってないか?
「へっ、ガドラ、イドラ。お前たちは強いさ。でもよ、こっちには秘密兵器だってあるんだぜ。それに、人質がいるのを忘れては困るな。ああ、そうだ。俺も一つだけ覚えたんだった。こういうのを、『とんでひにいるなつのむち』っていうんだよな!」
ポエスのしぐさに合わせて、後ろにいる手下たちが一斉に笑い始めた。手下は全部で三十人くらい。その中央に、エトリスがいる。
丁度、エトリスの所には影がある。油断している今がチャンスだろう。
「
「汝の思うままに」
あらゆる
「お前の言う『むち』ってのは、この鞭をいうのかい? とんだお笑い種だね! 知らないってのは、本当にダメだね! 教えてやるよ、正しい『ことワザ』ってのをね!」
自らの武器である鞭を地面にたたきつける音は、この場の雰囲気をその音と共に引き締めていた。
初めて聞くドルシールの
この場の誰もが、ドルシールの次の言葉を待っている。
そうだ、ドルシール。『飛んで火にいる夏の虫』が正解だ。
言ってやれ!
ドルシール、ゴー!
思わず右手を前に突き出す私がいた。
「『つみにはむち』って言ってね! これはそのためにあるのさ! 覚えておきな!」
ドルシールのために突き出した右手は、行き場を失い虚空を彷徨っていく。しかし、私の気分につられたようで、そのまま地面に落ちて行った。
なぜだ!
なぜなんだ、ドルシール!
いつも、いつも、ここぞという所で間違える!
あのノウキンでさえ、それはしっかり言えてたぞ! しかも、『無知は罪』は
返せよ、私の期待。
あと、ソクラテスに謝れ! なんだよそれ!
『罪には鞭』って『飴と鞭』の間違いか? それとも何か、『疑は罰せよ』から来る流れなのか?
なぜなんだよ、ドルシール……。
「ねえ、助けに行くんじゃなかったの? 大丈夫? あたしが行こうか? 右手、血が出てるじゃない……」
ルキの声で我に返る。
【治癒強化】と癒しの護符の効果で、瞬時に右手の傷は無くなっていた。
ダメだ、ドルシールにかかわったら、ろくな目に合わない。
今は、やるべきことをさっさと終えて、黒幕の方を何とかしないと……。
「
「汝も、大変じゃな……。じゃが、正直見とうはないぞ……」
「ごめん、ほんと……。ごめん……」
【治癒強化】が、いかに優れた技能であっても、この心の中にあいた穴までは回復してはくれなかった。
影跳躍。
エトリスの影から現れて、腹いせの為周りの手下どもを吹き飛ばし、もう一度ルキの影からエトリスを無事に保護してでる。
たったこれだけの事なのに……。
どれだけの時間と精神的な疲労と苦痛を味わったのだろうか……。
「ドルシール、遠慮なくやっていいわ!」
ルキの声が洞窟に響き渡った後、妖しい笑みを浮かべたドルシールが、ポエス達に向かって突進していった。
ガドラとイドラも後に続いている。
ドルシール笑い声と鞭の奏でる協奏が洞窟に響き渡る。そこに手下の悲鳴が加わることで、一種の曲が生まれていた。
あえて題名をつけるとすると、『女王様』でいいだろう。
エトリスの目と耳をふさぐのが精一杯で、ルキには何もできなかったことに、一抹の不安を覚えてしまった。
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