第58話あんみつ好きのヴェルド君

「はむ。なんだか、はむ。お疲れ様。んんー、これおいしいね! はむ、んー、ああー、って感じだよ、はむ」

口いっぱいに頬張りながら、春陽はるひはあんみつと格闘していた。


いや、むしろ惨敗しているって感じか?


至福の表情を浮かべているから、それでもいいのかもしれない。

鈴音すずね泉華せんかは自分が食べやすいように切っているし、咲夜さくや鈴音すずねに切ってもらってた。

紅炎かれんは豪快に頬張り、優育ひなり氷華ひょうかは氷のナイフとフォークで食べている。

美雷みらいは私に細かく切らせていた。


精霊である彼女たちは、本来こっちの食べ物を食べなくてもいいはずだけど、好んでこの世界の食べ物を食べている。

理由はよくわからない。姿も私が普通に召喚した精霊たちとは違っていた。


ミストによれば、彼女達は妖精に近いような感じらしい。

その区分というか、違いははっきり言ってよくわからない。でも、こうしてあんみつを食べている姿を見れば、そんなことはどうでもよかった。

同じものを食べれるのって、なんだか家族みたいでうれしかった。


ただ、やっぱり街の人の前で実体化することは、はばかられる。

だから、いったん部屋に戻ったあと、あんみつを届けてもらったわけだけど……。


女将さんに、あんみつ好きのヴェルド君という二つ名をもらうとは思わなかった。

あの人の中では、私は冒険者というよりも、図書館に通う小学生みたいなものかもしてない。

それに……。たしかに、八つも頼んだらそう思われるか……。

まあ、いいか……。

怖がられるよりもよっぽどいい。


結局あの後、街に出ることは無かった。


いつの間にか、ルキとドルシールはことわざ談義に花が咲いていた。長い時間語り合った後、二人は固い握手を交わしてその日は別れていた。

はた目からすると、仲の良い姉妹にもみえる。暗殺者アサシンの職業をもつドルシールと野伏レンジャーの職に就いたルキは性質的にも似ているのかもしれない。


しかも、ルキはいつの間にかドルシールの屋敷にまで招待されていた。

あの時、散々ルキをバカにしていたガドラとイドラもルキのことを認めたようで、ルキに対して丁寧に応対していた。


ことわざひとつで打ち解けあった。


その事実は、私にとって微笑ましい出来事だった。

そう、微笑ましい出来事なんだ。そのはずなんだけど……。


「なんだか釈然としないじゃないか!」

声を大にして言いたい。いや、実際部屋に戻っているから叫んだけど、さっき言いたかった。

でも、こんな事言っても誰も分かってくれそうにない。


そもそも、私はそれほどつっこみ・・・・キャラでもない。でも、つっこみ・・・・が出来ないことが、こんなに苦しくて切ないものだとは思わなかった。


落ち込む私の目の前に、そっとスプーンが差し出される。


「そうだね、本当にお疲れさまって感じだよね、ヴェルド君も食べる?」

優育ひなり氷華ひょうかがスプーンに白玉をすくってくれていた。

見れば、全員が同じようにしようとしていた。


「ありがと。でも、私はさっき食べたし、正直お腹いっぱいだよ」

気持ちはありがたいけど、せっかくだからみんなで食べてほしい。


それに、たくさんつっこみ・・・・を飲み込んだから、お腹にはこれ以上入れたくはなかった。

精霊たちが、それぞれあんみつを楽しんでいる。そんな姿を見ることで、癒されていくのが救いだった。



***



翌朝まで、何となく引きずっていた気分は、図書館に行く頃にはかなりましになっていた。

ルキの方は、朝からご機嫌で羨ましかった。


同好の士を見つけるというのは、確かにうれしいものだろう。しかし、それ以上にルキはしたたかだった。

ドルシール相手に、訓練をつけてもらう約束までつけていたのには驚かされた。

何となく、ことわざと引き換えにしている気がしないでもないけど、それには触れないでおこう……。

ルキの入館許可証は、私の従者ということですんなり発行されていた。その身分に関しては、ルキにかなり文句を言われたものの、早く発行するにはそうするしかないというミリアさんの一言で、何とか納得してくれたようだった。


それから数日は、図書館通いが続いていた。


夜、私に黙って宿を抜けだしていくルキには、精霊たちが気付かれないように護衛してくれていた。何をしているのかも、精霊たちが逐一教えてくれたので、そこには触れないようにしておいた。


そういった日々がしばらく続いたあと、図書館の入り口にたってみて、いつもの雰囲気じゃないことに気が付いた。


「ルキ、ちょっと待ってて、なんだか様子が変なんだ」

そうは言ってみたものの、私もこの場で待つことにした。

理由を知ってそうな人の気配が、図書館の奥からやってきている。


私の言葉と態度が違うことに、何か理由を聞きたそうにしていたルキだったが、私が待っていることに気が付いたのだろう。

この場で黙って待ち続けていた。


奥からやってきたミリアさんが、私を見つけたのか、小走りでやってくる。

こういう時って、あまりいい感じじゃないのは知っている。


「ああ、ヴェルド君、ちょうどよかった。ちょっと手伝ってちょうだい。エトリスが、館長の娘のエトリスが昨日から帰ってないみたいなのよ」

息を整えるまもなく告げられた開口一番の言葉は、やっぱりろくなもんじゃなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る