第51話古の魔王

実際に古の魔王について、私が知っていることはかなり少ない。


もうすでに倒されたと聞いた時から、興味として湧かなかったのもあるけど、詳しく調べている時間もなかった。

あの時は、剣士ソードマンの事を調べるだけで精一杯だった。ガウバシュの図書館には入り浸ったけど、剣士ソードマン関連の物しか見ていない。


ただ、わりと自然と覚えてしまったこともあった。

倒されたときに吐いたと言われている呪いの言葉。

それは確かに印象深かった。


その時の言葉として、私の見た文献は『われは、すでにゆうしゃのつらなりのなかにいる。ちからをたくわえ、ふたたびふっかつするだろう』と書かれていた。

そして、古の魔王の言葉は勇者たちを縛り、互いに互いを疑うようになっていたらしい。その結果、諍いが争いに発展し、国を巻き込む争乱となったと書かれていた。


「あれ? でもまてよ……」

その瞬間、今まで眠っていた疑問の種が、一斉に芽を出し始めた。


古の魔王、そして魔王にされた勇者の一人……。


あの言葉って、本当に古の魔王は勇者に倒される時には、すでに勇者の中にいたってことなのだろうか?

勇者たちは、本当に古の魔王の言葉を信じて、互いを疑うようになったのか?

そして何故、復活したのは古の魔王なのに、そのあとの記載はすべて魔王になっているのだろうか?


あの時は分からないから、放置していた。記載にしても、伝説だから、仕方がないと思ったのもあった。

ただ、蒔かれた種は、いつしか私の中で忘れられたものになっていた。

しかし、消えたわけではなかった。

私の中で、じっくりとその時を待っていた。組合長の話は、水であり、養分だったに違いない。

そうして今、疑問の種は芽吹き始めた。


あの記載は、真実の部分があるにせよ、後からそう思えるように都合よく書き換えられた部分もあるんじゃないか?


たぶん、古の魔王はその時には復活していなかった。そして、未だに復活はしていないと思う。

さらに、争った本当の意味は分からないけど、古の魔王の本当の言葉を無視できなかったに違いない。


その事を示唆するようなことも、組合長は言っていた。


『すでに』という言葉はたぶん書き換えられている。もしくは、つける位置も違っている可能性がある。

『われは、ゆうしゃのつらなりのなかにいる。『すぐに』ちからをたくわえ、ふたたびふっかつするだろう』

という風には考えられないか?


『すぐに』を『すでに』にすることで、まことの勇者たちは、そうでない一人を新しい魔王に仕立て上げた。

都合の良いことに、その一人はそれに見合った行動をしていた。


そして、魔王討伐を完了にした。

そうすることで、魔王の呪いの言葉をなかったことにしたんだ。

だから、伝承では、最終的に魔王としか書かれていないんだ……。


いや、勇者たちがそうしたというよりも、勇者たちを信じられない人たちが、勇者の中から新しい魔王が出るのを恐れたに違いない。

自分たちの権力を脅かす存在がいることを、その言葉から悟ったのかもしれない。


最初の召喚では、召喚呪というものがなかったから、勇者を恐れたんだ。


ただ、古の魔王の言葉は勇者たち以外も聞いていたから、政治的な意味もあったかもしれない。

民衆に不安を押し付けるのは良くないという配慮かも知れない。


でも、そうじゃないような気がしてきた。


ただ、事実として、まことの勇者になれなかったダイウスト・チョイリスは、魔王島と呼ばれるようになったところから、能力を使って侵攻するわけでもなく、その地で他の勇者に攻撃されて死んだらしかった。


魔王となった割に、あっけなく倒されている。


勇者たちによる話し合いが有ったのか、無かったのかわからない。

ただ、彼は他の勇者によって殺されたことだけが存在している。


たぶん、彼はそれを受け入れたのだろう。


それは、自分の能力で多くの命を犠牲にしたことに対する、ダイウストなりの贖罪なのかもしれない。

でも、その行為がいつしか『互いに互いを疑うようになって』と言われるようになったのかもしれなかった。


そして、いつの時代も真実がちがう事実に置き換わっても、置き換えた本人たちは安心できなかったのだろう。


いつ、古の魔王が復活するかわからない。本当の呪いの言葉がどんなものだったのかわからない以上、それを推測することはできない。

でも、仮にさっき考えた内容なら、魔王復活を恐れたのは間違いないだろう……。


ただ、それが勇者召喚に拍車をかけたのかもしれなかった。


同時に、権力者たちは勇者の中から、新しい魔王が出ることも恐れた……。

その後の召喚に必ず用いられた召喚呪は、一種の保険のようなものなのだろう。


召喚呪は、『国を守る。国からは勝手に出る事が出来ない』という大きな戒めを持っている。


それは、召喚呪に縛られていない始まりの勇者が、自由にこの世界を移動する事が出来たことが大きな問題となったからに違いない。


その後の事実としては、当時の国々の王が、互いにまことの勇者を一人でも多く手に入れようと競い合ったようだった。

人材獲得は、何処の世界でも行われるということだろう。

でも、この場合はそれだけでは済まなかったようだった。


もともと、好戦的な勇者だ。自分たちが争うことに問題はなかったのだろう。優劣をつけたがったに違いない。

ここに召還されるまでの出来事を考えると、それも納得できる。


ともあれ、魔王がいなくなった世界では、その驚異的な力を持つまことの勇者を多く手に入れた国こそが、安心できる国になったのは、確かなことだった。

または、より多くの能力を喰らった勇者を持つことが……。


恐らく、それが『覇権』という言葉で表されたのかもしれなかった。

そして、中には国を滅ぼすものまで出てきたのかもしれない。

ただ、この世界の争いは通常、王都に攻め込んで、国王を殺したらほぼ終わりを見せている。勇者という圧倒的な力の前に、通常の力では対抗できないことを知っているからだろう。


本当に、伝説や伝承というのは、どこまでその言葉通りに考えていいのかわからない。


そして、私の中では、新たな疑問もわき起こっていた。

『つらなりのなかにいる』というのが、本当の呪いの言葉にある一節だとしたらどうなる?


当時から今に至るまで、横一列の関係と考えられたようだが、何故、世代の関係と考えなかったのだろうか。


いや、違うか……。

強引にそう考えるために、思考を誘導したんだ……。そのための『すでに』なんだ……。


『いつか勇者の一族に転生するぞ』という意味に考えないようにするためだ……。

組合長の話には、その答えにつながるようなものはなかった。


いや、組合長のことだ、そうとも言い切れない。ひょっとすると何か意図があって、言ってない可能性もある。

もしかして、私が表面上の理解で納得しているだけかもしれない。

ミリンダちゃんの件が、やっぱり頭をよぎる。

どこから、どこまでそのまま話を真に受けていいのかわからなくなってきた……。



ただ、もしそうだとすると、勇者牧場を経営してきたこの国は、結果的に古の魔王復活を自ら進んで受け入れているようにも思えてきた。


いや、むしろそうなのか?


古の魔王。

始まりの勇者を起点とした勇者たち。

そして、魔王にされた勇者。


単純に善悪で判断できないものが、そこにはある気がしてきた。

いや、考えすぎだろう。


この国は、単に経営してただけだろう。それがそう結びつく可能性は考えてなかったに違いない。伝承は、そうやって古の魔王復活を誘導していくようにも使われている可能性もある。

古の魔王が、一人で復活するとも考えにくい。

どこの世界も、それを望む人たちも存在するのだろう。


「この世界にとって、何が一番いい事なのだろうか……」

頭の中で支えきれなくなった思いは、あふれ出すように言葉となって出てきていた。

でも、そんなことわかるはずがない。


そして、組合長の話しの最後に、ロキが締めくくった言葉は、私にとって色々な事を考えさせられるものとなっている。


それは魔王斑をもつ子供たちの叫びにも感じられた。


『なぜ、僕らは魔王斑をもって生まれてくるのか?』

『なぜ、僕らの魔王斑は七歳で消えてなくなるのか?』

『なぜ、勇者を召還するためのものが、魔王斑と呼ばれるのだろうか?』


最初の二つは分からない。

でも、最後の問いに対する私の答えは、組合長の話を聞いて固まっている。


まことの勇者を召喚するのに、なぜ、魔王斑と呼ばれるものが必要になるのか。

それは、すでに魔王がいない世界にとって、まことの勇者こそが魔王と呼ぶべき存在になるからだろう。


結局、勇者は兵器のようなものだ。

それを支配者たちが、自分たちの都合のいいように扱っている。

そして、立場の弱いものが泣いている。


じゃあ、そのしがらみから解放されたものはどうなる?

ダイウスト・チョイリスは魔王にされた。しかし、結果的に始まりの四十八人は、暗黒の四十八人と呼ばれている。


ルキの不安は、そこにあるのだろう。


さて、私はどうなるのか?

いや、違うか……。

私は、どうすべきか……。


いつの間にか、私は歩みを止めていた。私の周りには、人はいない。鬱葱と生い茂った森の植物たちがいるだけだ。

私が求めたから、そうなった。


「ねえ、ヴェルド。そろそろ帰ろうよ」

春陽はるひたちが手を引いて村の方に連れて行ってくれている。森の中へと彷徨いこんだ私を、再び人の世界に連れて行ってくれている。


『それならいっそ、魔王にでもなりますか?』

そう言った組合長の言葉は、私への戒めとして告げたのだろうか。


もし、そうだとしても、大丈夫だという自信がある。


私には、春陽はるひ鈴音すずね咲夜さくや泉華せんか紅炎かれん優育ひなり氷華ひょうか美雷みらいがそばにいてくれている。

それに、ルキ達を守るという誓いもある。


「だから、私は魔王なんかにはならない」

勢いのついた決意の言葉が、口から飛び出していた。


その声に驚いた春陽はるひが、手を引くのをやめて、目の前にやってきた。


「ごめん、おどろかせたね」

謝罪しても、その事には触れず、春陽はるひは小首をかしげて、何かを一生懸命に考えている。


何事かと、私をはじめ、みんなが一斉に春陽はるひを見守っていた。

眉間に手を当てたり、顎に手をやったりと、せわしなくあらゆる仕草で何かを考えている。


やがて、両手を打ち鳴らし、春陽はるひは納得の表情で告げてきた。


「でも、勇者を倒しまくったから、ヴェルドはすでに、立派な魔王様だよね!」

目の前で笑う春陽はるひたちの姿をよそに、目を瞑る。


案の定、組合長の舌を出す顔が目の前に浮かんできた。



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