幕間

第52話幕間

「お前達、ぼさっとしてんじゃないよ!」

声の質と、発した言葉に違和感のある感じの女忍者がそこにいた。


赤と黒の忍び装束で、所々に動きを妨げないような部分鎧を身に着けている。

見るからに『くノ一』という格好。

長いマフラーのようなものを首に巻きつけており、それが風にたなびいている様は、ど派手としか言いようがない。

そして小さな体の割に、腰には鞭と鎖鎌を装備しているから、それを武器に戦うのだということもバレバレだった。

隠密を生業とする忍者にはとても見えない。特に顔をさらしていることから、そのつもりがないのは明らかだった。


時代劇ではない、ゲームの『くノ一』がそこにいた。

その姿は船を下りたばかりのようで、満足そうにあたりの景色を見回している。


「ドルシールの姉さん、待ってください。おい、イドラ! さっさとしろよ。姉さんがお待ちかねだ」

「ガドラにい。ちょっとは荷物持ってくれよ。僕一人じゃ遅くなるって」

「お前のでかい図体にあった物だろ! 俺もちゃんと持ってるだろ!」

言い争いながら、二人の男が顔を出して船を下り始めていた。

先に降りてきた一人は小柄ながら、均整のとれた体つきの男で、後から降りてきたのは、巨漢の男だった。

二人とも一目で戦士という出で立ちで、周囲に人を寄せ付けない雰囲気があった。


しかし、何よりも人を寄せ付けないのは、その恰好だろう。

部分鎧をしているから、一層目立つというのもある。だが、裃と袴を着ている上に、その色が異彩を放っていた。

ガドラと呼ばれた男は青色、イドラと呼ばれた男は赤色の衣装だった。

しかもその顔は、それに全く違和感を覚えていないものだった。


文句を言いながらも、二人そろってドルシールと呼ばれた女の両脇へと進んでいく。半歩後ろで止まった様は、さながら青鬼と赤鬼を従わしている『くノ一』の一行を思わせた。


「さあ、お前達、ここからあたいたちの新しい暮らしが始まるんだ。誰にも邪魔されない、自由な暮らしがまってるよ! こういう日をなんていうか知ってるかい?」

腕組みをしながら、満足そうなドルシールは、自分の後ろに控えている二人の男の方に、それぞれほんの少しだけ振り返って聞いていた。


「わかりやせん、姉さん。イドラ、お前答えろ!」

「僕も分からないよ、ドルシール姉さん、教えとくれよ」

「なんだ、イドラ。お前の脳みそはそのでかい図体のどこにあるんだ? 体の割に小さいのか? 姉さんが悲しむだろ!」

「ガドラにいこそ、僕より年上なんだから、知ってないとドルシール姉さんに失礼じゃないか!」

「なんだと、コラ! もーいっぺん言ってみろ! この俺がいつ姉さんに失礼なことしたってんだ! 言っていいことと悪いことがあるだろ、コラ!」

「なんだよ! たまにはガドラにいが答えてよ!」

「なんだと! 俺が全く答えてないみたいな言い方するな!」

「だってそうじゃないか!」

「そうもこうもあるか! やろうってのか!」

「いいよ! やろうじゃないか!」

ドルシールの後ろで、それぞれの荷物をその場において、互いの武器を構える二人の男たち。

その姿を一切見ることなく、ドルシールが高らかな笑い声をあげていた。


「あはは、もうその辺でいいだろう? いくらお前たちが『けんかするほど、なかたがいー』っていっても、せっかくの日だ。それくらいにしな。仕方がないから教えてあげるよ。ちゃんと覚えておくんだよ、お前達」

満足そうなその顔は、一切二人を見ていない。

でもその言葉で、二人は互いの武器を納めていた。


「おお、もしかして、それも『かくげーん』て奴ですかい?」

「ちがうよ、ガドラにい。『ことワザ』っていうんだよ。たぶん『けんかするほど、なかたがいー』かー。すごいなー」

「おお! そりゃもしかしてあの三段階に分かれてるって言ってた、あれか?」

「そうだよ、ガドラにい。上級ワザと中級ワザと初級ワザってのがあって、ドルシール姉さんですら、まだ中級ワザしか使えないってこの前言ってたよ」

「すげーな、『ことワザ』! 姉さんでも中級ワザしか使えねーなんて、俺なんて『ワザなし』もいいところじゃないか……」

「大丈夫だよ、ガドラにい。僕もそうだよ。でも、ドルシール姉さんについて行けば、僕らも初級ワザくらいはできるかもしれないよ」

「そうか! イドラもたまにはいい事言うな!」

「そうかな? じゃあ、ドルシール姉さん。教えてとくれよ」

目を輝かせながら、ドルシールの背中を一心に見つめている二人は、尻尾があれば回転していただろう。


「ふっ、いい心がけだ、お前達。いいかい、『かくげーん』は奥が深い。そして、『ことワザ』を使えるようになるには、ちゃんと聞いて、意味を理解することさ。でも、上級ワザを使うには、それだけじゃない。自分の力でそれを示さないといけないのさ。まず、あたいの言葉を覚えておくんだよ!」

腕組みをして、目を瞑り、満足そうに何度も頷いている。その周りを、船から降りた別の人たちが、我関せずという風に、三人を避けて通っていた。


その時、一陣の風がドルシールたちを駆け抜けていった。


満を持したかのように、左手を腰に、右手は前を指さすドルシール。

その顔は、大きく目を見開いて、挑みかかるようだった。


「こういう時はね! 『かれーのひ』っていうんだよ! 正しくは、『かれーのひを、むかえる』っていうのさ!」

「おお! さすが姉さん! 『かれーのひ』!『かれーのひ』! なんか、すげーワクワクしてきた!」

「すごい! 『かれーのひ』か、今日は、『かれーのひ』なんだ! すごいなー」

満足そうな顔と、目を子供の様に輝かせた顔たちを、港の風が吹き抜けていった。


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