第49話魔王と勇者

「まあ、私なりに色々文献を読んだ結果、ある考察をしてみたまでですよ。聞きますか? 聞きますよね?」

一瞬、話しの流れからロキが魔王と関係あるのかと思ってしまった。でも、そうではなく、組合長が自分で調べたことを話しているにすぎなかった。


全くややこしい。そしてまだ話し足りないらしい。


ロキとロイはすでに聞いたことがあるのだろう。黙ってお茶を飲んでいた。

でも、その態度は我関せず・・・・といったところだな……。


この後、相当長い話が待っているに違いない。


ということはルキも知っているのだろうか?

様子を窺って見ると、少しそわそわした雰囲気が伝わってきた。


ああ、そうか。

話も長くなってきたことだし、トイレか何かを我慢しているのだろう。


でも、タイミング的に言い出せないのだろうか?

それとも組合長に、遠慮しているのだろうか?

そう言えば、組合長のことをシン様って言ってたよな。


快活に見えて、実はしおらしいところもあるんだ……。

意外な発見に、驚きを禁じ得なかった。


でも、そんなこと言おうものなら、どんな目に合うかわからない。デリカシーがないと言って怒られるのが関の山だろう。

最悪、村から追い出されて、森の中で野宿する羽目になるかもしれない。

でも、我慢している状況を覆せるのも私だ。


言うべきか、言わざるべきか、それが問題だ。


いや、まてよ……。

気づくこと自体が問題じゃないか?

そもそもデリカシーがないと思われるのも困る。幸い、私が気付いている事には、気づかれていない気がする。


どうするか……。


こんな何気ない日常に、これほど重大な選択を迫られる場面があるとは思わなかった……。

気が付く事が出来なければ、迷うこともなかったけど……。


「まあ、ヴェルド様が迷われるのも分かります。魔王が悪い人ではなかったという話しになると、それを倒した勇者がどうなのだという事にもつながりますからね。だから、大いに迷ってください。聞くべきか、聞かざるべきかですよ」

組合長は私の逡巡をみて、そう判断したようだった。

でも、そんなことはどうでもよかった。


魔王が悪いのか、勇者が悪いのか。それは、その時の人の判断だと思う。

そして、勇者を召還するという行為が魔王から何かの被害を受けていたという証だろう。いい人だったら、そもそも召喚なんてしない。


それに、後の時代の人が下す判断は、全て結果論にすぎない。

そう考えなければならなかった状況だって存在する。


だから、その話は聞くまでもない。


そうか!

そう言えば、全て解決するじゃないか!



「組合――」

「シン様、その話は、やめた方がいいのではありませんか? なんだか余計混乱しそうで……。シン様の話を本気にして、魔王を目指したらどうするんですか? なんだか、そうなりそうで怖いんですけど……」

私の声をかき消すように、ルキが不安そうな声を出していた。

心配しているように聞こえるその声は、本当にそれを案じているのだろう。


ルキ……。


ひょっとして、私の事バカだと思ってないかい?

本気で魔王目指すわけがないと思うよ……。一応、勇者だし……。


でも、言わなくてよかった……。

これだと、言った瞬間に、違うバカに確定してしまう……。


危ない、危ない。

危うくまた、組合長の罠にはまるところだった……。


「ルキちゃんの心配は大丈夫ですよ。さっきからヴェルド様は黙っていらっしゃる。『沈黙は金なり』とはよく言ったものです」

組合長を睨みつけたのを、肯定の意志ととらえたのだろう。組合長は満足そうに頷き、おもむろに話し始めた。


でも、それ……。

間違ってると思うよ……。

沈黙が価値うんじゃったら、誰もしゃべらなくなるじゃないか……。


でも、今日だけはその格言を良しとしよう。


「今から五百年前にまことの勇者たち四十七人の手によって魔王となった男は倒されています。そして伝説で記されているように、それは復活した者として記されています。だから、その時に復活した魔王は少なくとも二人いました。最初の一人は分かりませんが、後に倒された魔王は、本当は優しい人だったようです。まあ、実際あったことがありませんのでわかりませんがね……。そういえば、ヴェルド様も会っていなければ、怖い人だと思いますよ、普通はね」

たしかに、土下座の世界を作り出した人のいう事は説得力があった。

そしてその人は、今では私をもてあそんでいる。

出会いというのは、本当にどうなるのかわからないものだとしみじみ思う。


でも、組合長の説明を聞いていて、何となく腑に落ちないことがあった。

そう言えば、あの時のロキもそう言ってた気がする。


そして何故かわからないけど、組合長ではなく、ロキに聞いた方がいいような気がしてきた。



「なあ、ロキ。まことの勇者って四十七人だったのか? 始まりの勇者は四十八人だって聞いたけど、あとの一人はどこいった?」

確かにミストからは、始まりの勇者は四十八人の勇者だったと聞いている。なら、どうしてロキはまことの勇者を四十七人と言ったのだろう。


「ああ、ヴェルド様は勇者だから知らないのも当然ですね。実は、始まりの四十八人のうち、一人だけはまことの勇者にはなれなかったのです。【神獣召喚】の技能によって召喚した神獣がいきなり統制を失って国を滅ぼしたので……。でも、それでも彼は魔王討伐には参加して、生き残っています。だから、始まりの勇者は四十八人です。でも、まことの勇者は四十七人しかいません。そして、彼が滅ぼした国がプラシ王国の南に位置している島。いまでは魔王島と呼ばれるところになります」

ロキが話すよりも前に、組合長が横から説明をしてきた。さえぎられるようになった形のロキは、微妙な表情を浮かべている。

あくまでも、今は私が話すのだという風に、鼻息荒い組合長がそこにいた。


でも、やっぱりわからない。


魔王は二人いた?

始まりの勇者は四十八人で、魔王を倒したけど、まことの勇者は四十七人?

まことの勇者になれなかった人は、魔王討伐に参加して、召喚した国を滅ぼした?



そもそも、最後のことだって、召喚された時点では国があっただろう。その国を魔王島と呼ぶのは、なんだかおかしな話だ。

いくら神獣に滅ぼされたって、元は人間の国じゃないのか?


私の疑問を感じたのかどうかは分からない。でも、組合長はとても悲しげに話を続けてきた。


「そして、彼は魔王にされてしまいました」

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