第48話言葉の迷宮

この世界では、色んなことが私の常識からかけ離れていた。でも、この年で古代語魔法を使えるなど、いくらこっちの世界でもありえない。


たしかに、この世界の人たちは十五歳をもって成人とされている分、早くから何でもやらなくてはいけない。

そうなると、一般的な国民の平均寿命から考えて、子供の期間は極めて短いと言える。

草食動物が、生まれてすぐに立ち上がれるように、一般的に、早熟なのだろうか?


何となくそれは違う気がする。

この村でも、ルキとロイは別として、ロキは同じ年齢の子供たちよりもはるかに大人だった。

口が裂けても言えないけど、ルキよりも大人じゃないかと思う時がある。


ロイはたぶん、自分自身でそれを認めている節がある。弟というよりも、どちらかというと兄に近い対応をしていた。



国民の平均寿命が六十歳として、ボロデット老師や、目の前にいる爺さんのようにそれ以上の人もいるから、低年齢でもしっかりしている人も中にはいるのかもしれない。無理やりそう納得することもできる。


でも、六歳で古代語が読めるのはまだしも、魔法を使えるのはちょっと異常じゃないか?


しかもロキは日本語を話すし、書くこともできた。


「ヴェルドさんの考えるように、僕はちょっと異常なんですよ」

そうやって自分のことを客観的に見れるのが、大人なんだと思う。

全く年齢にそぐわない。

でも、それについてとやかく言っても仕方がない。目の前にロキはこうして存在しているのだから。


「なるほどね、あの時私の感知に引っ掛からずにこの村の中に入ったのは、何か魔法を使ったんだね」

「まあ、そんなところです」

自分でもよくわかっていないことを、他人に説明するのは難しい。

間髪入れずに、大人な対応で答えるあたり、とても六歳とは思えなかった。


私の場合、生まれたばかりという感覚でも、十二歳ということになっている。そして、中身は十八歳の高校生だ。

ただ、知識は強制的に流れてきたため、全く生まれたばかりとも言い切れない。ただ、それ以外は日本での知識しかない。

だから、この世界で体験したものと食い違うことがあった。

だから、誤解もしていた。


でも、それは召喚された勇者だから言える事だ。まことの勇者の子供であるロキの中に、別の世界の人間がいるわけではない。でも、そう考えてしまう程、いや、それ以上の大人が住んでいそうだった。


「まあ、ロキ君にはいろいろ驚かされますからね、ヴェルド様でも、そうでしたか」

組合長はいつもの芝居がかった様子ではなく、本当にそう思っている雰囲気だった。


「まあ、そんなところです」

ロキをまねて言ってみた。ロキもロイも笑ってくれている。

和やかな雰囲気がうまれ、示し合わせたように、全員がお茶を飲んでいた。

私もつられて手を伸ばす。

でも、その中身は空だった。


その事に気づいたのだろう。中身が空になった私のために、組合長がお茶を取りに席を立っていた。

私が自分でするという意志を、その手で制しながら、組合長は私に向けてお茶に関して、何気ない話をしてきた。各地の名産や、その味。おいしい飲み方まで話し始めている。


日本でも麦茶と緑茶くらいしか飲んでなかった私にとって、その話はあまり興味がなく、適当な相槌だけをうって、好みの質問にも、適当に答えていた。

それでも、組合長はお茶の話題に拘っていた。

ロイとロキを見ると、我関せずという感じで、私と目を合わそうとしなかった。

ルキは元々目を合わせてくれないから、ダメだろう……。

どんだけ、お茶が好きなんだ?

冒険者組合では、紅茶だった気がしたけど……。


こちらに戻ってきても、組合長はお茶に関して情熱を注いでいた。

不思議なことに、大して喉が渇いているわけではないのに、やたら待ち遠しく感じている私がいた。


その情熱はもういいから、私の湯飲みにお茶を注いでほしかった。


目の前に餌を置かれて、指示を待っている犬の気分が分かり始めた頃、組合長はお茶を注いでくれながら、私に全く違う質問してきた。


「そう言えば、ヴェルド様は召喚呪の影響がなくなったわけですが、何か心境に変化はありますか?」

何を聞きたいのか、一瞬わからなかった。

でも、待ちに待ったお茶を飲み始めると、急に言葉として口に出た。


「まあ、暴れたいって欲求が生まれたのは否定しませんよ」

組合長の口調が、ちょっとそこまで散歩に出かけてくるみたいなものだったというのもある。満たされた気分になって、油断したのも事実だ。


でも、それは私の意志とは無関係に、自分から飛び出して言った感じが捨てきれない。


冷静になれと言わんばかりに、氷華ひょうかが右肩に座って氷を頬に押し当ててきた。


「いや、生まれただけで、ちゃんとしっかり押さえてますって……」

全員の視線が痛い。

特に、左から突き刺さるような視線を感じる。


そんな空気を吹き飛ばすかのように、組合長が大声で笑い出していた。


「あはは、それならいっそ魔王にでもなりますか?」

全員が『何を言うんだこの爺』という視線の中、組合長は一向に気にしない様子で話を続けてきた。


「古の魔王もひょっとすると、そう悪い人でもなかったのかもしれませんね。ねえ、ロキ君」

話しを振られたロキは、普段と変わらない笑みを返していた。

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