第45話決着
でも、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。
出血はかなりひどくなっている。
「手足を切り落とされても死なないってことは、やっぱり頭だな」
でも、頭部への攻撃は、散々マリウスがやっている。
それに、首から上にはそれらしいものは何もつけていない。
「ヴェルド君、ちょっと聞いてほしいんだけど……」
「その能力はたいしたものだな。ミクナの能力か?」
まだ混乱しているジェイドに向かって尋ねてみた。
「何が
得意そうに語っていくうちに、冷静さを取り戻していったようだった。不安をかき消すように、大声で笑い続けていた。
「
『ふむ、ミクナ・ミアサは爽やかな女傑であった。かの者は左胸に護符をつけておったな。奴の技能【光速移動】で一突きされなければ、我はまだミクナの下におったであろうな。ミクナの見立てでは、奴は切るより、突きが好きでな。まあ、早すぎるからその方が簡単なのだろう。その際に間違いなく心臓を狙ってくるようじゃ。奴の武器はそこから拡大してダメージを与えることができるから、そうなのだろう。最終的にミクナの敗因はそこにある』
戦いをつぶさに見ていた
恐らくハルバードの回収ですでに二回能力を使っている。
ジェイド自身も『まだ使える』と言っていた。
ならば、能力の発動はあと一回。奴が冷静さを失ったわけは、焦りによるものだろう。
多少強引だけど、そこに賭けるしかない。
でも、肝心な質問の答えはもらっていない。
もしかして、
「
戦ったことがあるなら、知ってるはずだ。切れるなら、冒険を犯すまでもない。
『……。彼の者の鎧は、特別製でな、胴体部分は『呪紋』という特殊処理がされてある秘宝だ。我らは使い手の力で切れ味は大きく変わる。我が兄たちなら切れるだろうが、我とミクナには切れなんだ。だが、傷つけるのは可能じゃったぞ。汝はどうであろうか?』
しぶしぶ感が伝わってきた。
要は、私次第だと言いたいわけだ……。
でも、この刀の性格も、少し面白く感じてきた。
仕方がない。全ての精霊の守りを、もう一度あの子たちに展開する。
後は、私の運次第だ。
やがて落ち着いたのか、ジェイドは真剣な顔つきで私を睨んできた。
「認めてやるよ。お前は強い。この短期間で、ここまで俺を困らせたのは初めてだ。いい教訓だった。今度からは、油断せずに、殺しておこう。お前の能力は未知数だが、神から直接教えてもらえない以上、ヒントをもとに、探るしかない。この短期間で、それが出来てはいないだろう。一突きで終わらせてやる。真の勇者が死んだあと、もう一度神と会うという噂だから、それを確かめに行ってくれ」
留めの一撃を食らわす気だろう。どこに来るかはわかっている。
迷っている場合じゃない。その瞬間に賭けるだけだ。
全ての精霊の力を集め、
正眼に構えると、自然と心が落ち着いてくる。あとは、ジェイドの息吹を感じるのみ。
その瞬間、再び私は黒い世界の中にいた。
ジェイドの赤色がやけに鮮やかに輝いて感じる。
私との間には、ほんのわずかな距離しかない。
その中に、無数の波紋が広がっていた。
それがなんなのかはわからない。
でも、だんだんそれは無くなっていった。
静かだ……。
ジェイドは全く動いていなかった。
でも、ジェイドから私の心臓に向けて、一筋の光が伸びてきた。
こうして、暗闇の中で心臓を狙われると、あの時の一郎を思い出す。
あの時はいきなり刺されたけど、鉄板神社のお守りのおかげで助かった。
そのお守りは、今はない。
でも、今の私には
彼女たちが私を守ってくれている。
そして新たに、
来る……。ジェイドからの光が太く強く感じられる。
そう感じた瞬間、私の視界は急速に一点に集まる感覚になっていた。
その一点から、ジェイドのハルバードの先端がやってきた。
既視感にも似た光景は、ジェイドの髪が茶髪なのも関係しているのかもしれない。
滑らかに、滑り込むように私の胸に吸い込まれていく。
ゆっくりと、皮膚を突き刺し、心臓めがけて槍先が進んでくる。
やがて心臓に到達し、斧の部分が胸を壊し始めた刹那、私の能力を発動させた。
【位置変換】
黒い世界が光で満たされていく。
あの時、私は一郎に向けて立場が違うと文句を言った。
刺す側と刺される側の立場が違う。
もし、私が一郎のように感じていたら、一郎のように刺しただろうか?
あの時、私は自称・神様に向かって私の立場になってみろと言った。
あれは、自称・神様に考えろと言っただけだけど、私にも同じことが言えるのかもしれない。
だから、この能力を与えられたと思う。
光の中、全ての事象を塗り替えて、私とジェイドの立場を入れ替えた。
*
「な……ぜ……!?」
最後まで、疑問を口にしないと気が済まない性格のようだった。
目の前で、ハルバードで胸を貫かれたジェイドが、最後にそう言い残してこと切れた。
「今まで奪っていた側から、奪われる側に回っただけだ、ジェイド。だから君の力もそのまま貰う」
ジェイドの体から、三つの光が浮かび上がり、私の中に吸い込まれていく。
その瞬間、体の中で力が湧き上がってきた。
それと同時に、暴れたいという欲求が、心の奥では渦巻いていた。
「おめでとう、ヴェルド。気分はどう?」
「大丈夫だよ。私は、私だよ」
渦巻くその気持ちに蓋をする。この気持ちに飲み込まれた先に、何が待っているのかはよくわかっていた。
「すごいですね、ヴェルドさん。でも、その出血はどうにもならないんですか?」
そばにロキが近づいてきた。今の姿を見ても普通に接してくるこの胆力には、本当に脱帽する思いだ。
「そうだね。一つの事柄にだけ左右するんだと思うよ……」
多分、そういう事だろう。ルキの傷を私に移したのは、ジェイドとは無関係だ。
納得した表情を見せたロキは、ロイに向かって叫んでいた。
知らぬ間に、結構な距離を離れていた。
「ロイ兄さん、ヴェルド様の傷の手当てをお願いします! ルキ姉さんはおそらく、大丈夫だから!」
段々ロキの声が遠くに聞こえてきた……。
ロイを手招きして呼んでいるロキは、ほんの少し前のロキとは違った感じがする。
なあ、一体君は何者なんだ?
そう聞きたかったけど、思うように声が出なかった。
少なくとも、四人のロキがいるような気がするんだけど……。
多重人格みたいなものか?
能力の向上に伴って、私の感覚が過剰になっているからか?
まあ、いいか。
とにかく、守りきった。今はゆっくり休みたい。
精霊たちが何かを口々に叫んでいる。
ロイが何かを言っている。
どこか遠くの世界のように感じてきた時、私はまた、あの世界に戻っていた。
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