第46話居場所

昔から、何かをしたと思ったら、実は全く何も始まっていなかった。


出来事だけを覚えている。なんてことは、よくあることだった。


何故、そんなことが起きるかなんてわからない。

でも、それが予知夢と呼ばれるものだという事は理解していた。それは、アカシックレコードだとかも言われたこともある。


そして今、暗い世界から目を覚まして見えたもの、それは、記憶にある天井だった。

「おはよう、ヴェルド。気分はどうかな? いきなりだったから、びっくりしたよ。でも、こうしてまたお話しできて、私はうれしいよ」

目の前にとんできた春陽はるひの優しい笑顔がそこにあった。


この会話は、何となく覚えている。


心地よい風が、頭の上から吹いている。足元はほんのり暖かく、頭の方はほんの少しだけひんやりとしている。

体のあちこちがぷよぷよした何かにくるまれていて、気持ちいい。


「皆、そなたの起きるのを待っておった。もちろん、この私もだ」

やっぱり、鈴音すずねが頭の上から、ひょっこりと顔を出してきた。


「汝が我が元にあるのを感じておった。どうだ? 我とあるのは心地よかろう? だが、いいかげん我も飽きてきた。汝を皆にかえしてやろう。クックック」

相変わらず、咲夜さくやのいう事は分からない。でも、その言葉も聞き覚えがある。

しかも、相変わらず、お腹にかかっている毛布の間から、ごそごそと這い出してきた。


どんだけそこが好きなんだと、思わず突っ込みを入れたくなった。でも、この後の会話も待っている。


「何があったのか見ますか? あなたの意識がなかった時のことは、しっかりと記録させていただきましたわ。もちろん、あなたがしたことを見せたのは、私じゃありませんわ。うふふ、かわいかったわ。もちろん、あたしのお願いを聞いていただけたらですけどね、ふふふ」

「よし、起きるんだ! お前のそんな姿をもう見飽きた。起きたらすぐに、特訓だ!」

案の定、足元から泉華せんか紅炎かれんが飛び出してきた。


「いや、まずは体力の回復だよ。それに、傷の治りは問題ないけど、意識の方が心配だよ。ちゃんと現状を把握しないとダメだよ」

私に背を向けながら、二人の目の前に優育ひなりが現れた。

二人共、さすがに舌を出して謝っている。


それを見て、満足そうに頷いた後、すかさず目の前にやってきた優育ひなりは、私にも無言の圧力を放っていた。


いや、私は何も言ってませんが……。


少し何かが違っていたけど、その圧力に思わず首を縦に振る。


どこか違う。


でも、やっぱり、泉華せんか優育ひなりは一種の漫才のような雰囲気を醸し出していたし、紅炎かれんのそれは、一種の元気づけだとわかっている。


ちょっと違う気がする。でも、些細な違いくらいあって当然だった。


やっぱりそうなのか……。


「まさか、夢とは思わなかった……」

さっきからおでこをぺちぺちと叩いてアピールしている氷華ひょうかは、今が現実だと教えてくれているに違いない。


そうか、私は何一つまだ、守れてないんだ……。


ずいぶん長い夢を見ていた気がする。


勇者であることが、ルキとロイとロキに知られてしまった。

真の勇者にルキが殺されかけた時、何かが私に力を貸してくれた気がする。

あれは、自称・神様だろう。私が自分自身を勇者ではないと思い込むことで、真の勇者ではなくなったと言っていた気がする。

そして、私の性質は、『嘘』だという事だった。


『嘘つき』か……。

確かに、そうかもしれないな……。

こうやって、守りきったという満足感も、私が勝手に描いている嘘なのだろう……。


「なに、ニヤついてんねん。ほんま、その顔、どつきたなるわ。ウチらがどんだけ心配したか、あんたわかってんのか?」

声の方に顔を向けると、窓際で美雷みらいが外を眺めていた。

相変わらず、一人だけ違うところにいる姿に、ますます目じりが下がる思いだった。


やっぱり何もかもが夢だったんだ……。


でも、皆がそばにいてくれる。

私の居場所を作ってくれている。

だから、一歩踏み出せる。


多分、あれは予知夢だろう。

この村は真の勇者に狙われているんだ。そして、魔王斑の子供を狙っている。


今度こそ、最初から守りきる。


最初から嘘をつかずに、真実をありのままに語るんだ。

現実から逃げ出すわけにはいかない。


もう、私は恐れられてもいい。

ルキとロイとロキと親しくなれなくてもいい。


そうすれば、誰も傷つかないかもしれない……。

そうすれば、ビヌシュさんは死なないかもしれない。


この村の人が怯えるかもしれないと思って、私は嘘でごまかしていた。

でも、一番恐れていたのは、私だった。


勇者であるということで、この村で恐れられることを恐怖した。

優育ひなりは依頼遂行のために必要なことだと思ってたと思う。

でも、私はただ単に恐れていただけだと思う。

知らないままなら、この世界の勇者であることに抵抗はあっても、流されていくことはできた。

でも、私はこの世界を見てしまった。


ルキのあの言葉。

『勇者なんて、もういらない』

あれは、この世界に生きる人が、言いたくても言えない言葉だった。


それを感じてしまった。

だから、知らず知らずに恐れていたのだと思う。

私が勇者であることを、みなに知られてしまうことを。


この世界で、私が居心地良く過ごすために……。


でも、今は違う。

夢だろうが、この気持ちは本物だ。


今度こそ、守って見せる。


恐れられようが、この村にいられなくなろうがかまわない。

それは、単に私の心が少しだけ傷つくだけだ。


でも、そうしなかった場合、私の心と、皆の心が大きく傷ついてしまう。

そんなことは、もう味わいたくない。


あんな思いは、夢の世界だけで十分だ。


ルキとロイとロキ、そして七人の魔王斑を残した子供たちと……。



あれ?


そう言えば……。

なんで、こんなにも鮮明に名前を知ってる・・・・・・・んだろう?


『わが主よ、寝ぼけるのはそのくらいでよかろう』

桔梗キキョウの声に、現実が何かを急に理解した。


「おかえり、ヴェルド」

春陽はるひたちが、一斉に目の前に集まって、声をそろえてお辞儀をしていた。



***




「で、何か言いたいことは無い? 一応何がどうなったのか、話を聞いてあげてもいいわよ?」


どうなったのか……。


あの後、帰ってきたロイに連れられて、村の様子を見て回った。ずいぶん壊れていたけど、皆、必死に村を立て直そうとしていた。いつの間にか、冒険者たちがやってきており、作業は順調に進んでいるようだった。


全く手回しがいいと、その時は感心した。


途中で合流したロキに、ビヌシュさん以外は全員無事だということを聞き、ほっと胸をなでおろしたが、やはり少し悲しかった。

すべての事が出来るわけじゃないけど、出来る事なら守りたかった。


みんなで作ったというお墓を前にして、この村を守ることをひそかに誓った。


その時初めて、新しい村長に選ばれた人がいるということを、ロキから聞いた。


一応挨拶をしておこうと思って、村長さんの家にやってきていた。

そしてその人を目にした途端、精霊たちが暴れまわった。


さて、何処から、どう説明すべきだろう。


「いえ、特に私はありませんよ。ヴェルド様が怒る理由も、全く分からな――」

「いえ、これは満場一致で決まったことです。当分、文句と質問と文句をいう事は決まっています。だから覚悟してください、組合長!」


今、私の目の前には、組合長が正座している。足は氷漬けにされており、逃げ出すこともできないようにされていた。


そして、私も同じように正座していた。


「でも、魔王斑の子供たちを匿ってくれて、ありがとうございます」

そこだけは、素直にお礼をいう事が出来た。


「でも、お礼はそこまでです。とくに、ミリンダちゃんの件はしっかり説明してもらいましょうか!」

「いいかげんにしなさい!」


私の目の前には、仁王立ちのルキがいた。


「そんなことを言うなら、あたしも君に言いたいことがあるんだけど!」

ルキの視線がとても痛い。

でも、その姿からは戸惑いの色も感じられた。


「まあ、まあ、ルキちゃんもその辺で、ヴェルド様もたぶん反省している――」

「いや、アンタがまず反省すべきだ!」

全く反省の色が見えない組合長の言葉に、思わず叫んでしまった。


その時、ロキの笑い声が部屋いっぱいにこだました。


「ヴェルドさんにかかれば、星読みの魔術師も形無しですね。そして姉さんにかかれば、誠の勇者のヴェルドさんも形無しだ」

隣でロイも苦笑している。


そう言われては、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

それにしても、星読みの魔術師が、まさか組合長だったなんて……。

あの占いセットみたいなのは、本物だったという事か……。


「まあ、いいわ……。ところで、勇者であることを黙っていた君に、一つだけ聞いておきたいことがあるの」

少し棘のあるいいからだけど、それは仕方がない。黙っていたのは事実だから。


「勇者である君は、いったいどこに行くのかしら」

抽象的な問いは、私に沈黙という答えしか用意させてくれなかった。

でも、考えたって仕方がない。ビヌシュさんにさっき誓ったばかりだった。


「もしも許されるのなら、私は君たちのそばに居たい」

今の私に、いったい何が出来るのかは、わかない。何をすべきなのかもわからない。

この世界に、私がいる意味はわからない。


でも、ここには魔王斑の子供たちがいる。

そして、今の私には守る力がある。


いや、それはただの理由に過ぎない。

私がここに居たいというのは、私の素直な気持ちだった。


「そう……、ありがと……」

横を向き、小さく紡がれたその言葉は、私がまだ完全に受け入れられていない証だろう。

でも、それでも私はここにいることを許された。


誰よりも勇者を憎んでもいい、魔王斑の子供たちの村に……。


「ありがとう」

そう言って頭を下げるしかできなかった。

ここにいる人達の笑顔が、かけがえのないものとして、私の心に棲みついていた。

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