第44話まことの勇者

桔梗キキョウをその手につかむと、また桔梗キキョウの声が聞こえてきた。


『どうなったのかわからんが、ソナタがまことの勇者で間違いなかったのだな。わが力、存分に振るうがよかろう。我が名は桔梗キキョウ。七振りの兄弟の最後の一振り。我が性質は『誠実と愛』その心をもって振るえば、切れぬものなし』

桔梗キキョウの刀身が青く光る。私の力に呼応して、より一層その輝きを増していた。


「なっ、その刀身! この感覚! お前が真の勇者だというのか? お前なんかが! 一体どういうことだ!」

大きく飛びのいたジェイドが、驚愕の表情を見せていた。

それは、今まで見たことがない表情だった。


「見たままがすべてだ、ジェイド」

悪いけど、付き合ってはいられない。傷の方はかなり深刻な状態だ。一応、今は血が止まっているけど、たぶん動けば出血する。

桔梗キキョウを鞘に戻して、息を整える。そう、難しく考えることはなかった。


全員の力を刀身に集めて、ただ切るのみ。

今は、この子たちを守る力が必要なんだ。


「真の勇者は、あの方法でしか生まれないはずだ。まさか、出来損ないが進化するというのか!」

混乱しているジェイドにはわからないだろう。

あの戦いに勝利して転生してきたジェイドには、きっとわからないだろう。


でも、わからないまま転生した私は、色々考えることができた。

だから、これから考えていくといい。


目の前にある風景が、ただの一点に凝縮する。すべての色が無くなって、目の前には黒い世界にただの一点が集まっていた。


私が桔梗キキョウを再び抜いた時、全身鎧の継ぎ目を裂いて、ジェイドの右腕は完全なる自由を得ていた。


絶叫が村中に響き渡る。

おそらくこんな経験はないのだろう。


「それが痛みだ、ジェイド。思い出したか? かつては知っていたはずだ。でも、この世界に来て、勇者として染まったお前は、その痛みを忘れた。だから、他人を平気で傷つける」

今度は外さない。どうも、力の加減がまだ難しい。

傷口がやはり開いてきた……。


決めないと……。


「偉そうに! 何を知ったようなことをぬかしやがる!」

噴き出した血をぬぐうこともなく、落ちた右腕を拾ってその切り口に押し当てていた。

一瞬、ジェイドの体が光に包まれ、ジェイドの右腕はまた、ジェイドの意思に従うようになっていた。


固有能力を使ったのだろう。一瞬で治るなんて、すさまじい。

『あの者のしている治癒のアイテムの効力が、【治癒力強化】で過剰に働いているのじゃろう』

桔梗キキョウがその洞察力と知識で告げてきた。


【治癒力強化】は回数制限がない固有能力だとも教えてくれた。

春陽はるひたちといい、桔梗キキョウといい、ため込んだ知識には脱帽する。

そうなると、そのアイテムを探さないといけないのか……。

さっき右腕を飛ばしたから、後は左手の指輪か、ハルバードか……。


「俺に、こんな真似をしてくれた報いを受けろ。格の違いってもんをみせてやるよ、三下。俺にはまだ、この能力が宿ってるんだ。いくら手足を切り落とされたって、死なないぜ。本来の力も、まだ使えるぜ!」

真っ赤に染まったジェイドのハルバードが私を襲う。

しかし、さっきと同じように、すでに右手が私を狙っていた。


「同じ技を見せられても、困るな」

ハルバードを避けつつ、今度はジェイドの左手だけを自由にしてやった。


「なぜだー!」

痛みを堪えたジェイドは、もう一度左手を拾い取り付けていた。

そして、自らの疑問を世界に投げかけていた。


「なんだ、お前は! 一体何だっていうんだ!」

ハルバードを構えながら、吠え続けている。

元々は思慮深い人間だったのだろう。

理解できないことが気になって仕方がないという所か。


でも、これでアイテムがますますわからなくなってしまった。


「ヴェルドさんは、まことの勇者だよ。この世界にもとからあった言い伝えのある勇者さ。知らない間に、異世界から単純に召喚されたあなた方を、まことの勇者と呼ぶようになっていたみたいだけどね。出来損ないの勇者と区別するためには仕方がなかったのかな? 最初はそんなこと必要なかったんだけどね。ともかく、ただ召喚されただけじゃない。この世界の人に望まれ、この世界の人のために戦う勇者だよ。あの四十七人のようにね。もう忘れられたかな? 伝説は同じ『まことのゆうしゃ』という表現になっていて、びっくりしたけどね。まあ、伝説だから仕方ないか」

いつの間にかそばに来ていたロキがジェイドに向かって告げていた。

その雰囲気は、暗闇の中で会ったロキとも、いつものロキとも違うものだった。



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