第43話ロキという名の少年
「そうか、お前だ。足りなかったガキは。これでようやくそろったが、どちらにせよ、俺が連れて帰らんとダメか……。めんどいな……。まあ、一人くらい欠けてもいいだろう。どうせこいつもあと一年切ってるだろうし。召喚には使えんだろう」
いつの間にかジェイドはハルバードを回収していた。
「いえ、全部このヴェルドさんが助けましたよ? あなたの手下はもう誰もいません」
ロキの豪胆さには、あきれて物が言えなかった。
赤子だったから知らないのかもしれない。でも、この村の惨劇を見たら、ちょっとは考えてもいいんじゃないか?
ロキが怖がってるのを見たことがないというルキの言葉は、どうやら本当だった。これなら真の勇者が来ると聞いても驚かないだろう。
ジェイドの方も、ややあっけにとられていた。
それもそうだろう、わざわざそんなこと教えなければ、ジェイドは帰るまで気づかないのだから……。
「はっはっは! わざわざありがとよ、ちび。でも、何故そんなこと俺に教える? もしかして、他の奴らの居所を教えるから、自分だけは助かろうってか?」
ジェイドはようやく納得した答えを見つけたのだろう。
顔に似合わず、思慮深い。
しかし、その考えは自分の好みを選んでいる。
「まさか、そんなことありませんよ。だって、あなたはここから帰れませんから。ヴェルドさんは、まだ本気が出せてないようです。本気を出したヴェルドさんに、あなたが敵うはずないですよ」
さわやかな笑顔のまま、ロキはジェイドに向かって告げていた。
「たいそうな信頼だな、三下。で、お前は何時になったら本気をだせるんだ?」
明らかに面白がっているジェイドの顔だった。
希望から絶望に突き落とすときの、ジェイドの顔だ。
くる。
そう思った瞬間、攻撃はロキの方に向かっていく気がした。
「
二人を抱えて、そのまま飛ぶ。
やや遅れて、ハルバードが飛んできた。
「音速に追いついてくるのか!」
空中をそのまま蹴り、地面に着地した時には、ジェイドはハルバードを手にしていた。
「いったい……」
魔法の鞄のようなものから出している気配はない。そもそもそんなものを携帯していなかった。
「ああ、回収してるんだ。これまで無くしたら、俺もさすがにショックだから」
ハルバードを愛おしそうに眺めて、私の思考に対して返事をしていた。
音速に追いついて、しかもそれを回収している?
そんなの、張り合えるわけないじゃないか……。
「さあ、ヴェルドさん、本気を見せてください」
ロキの期待に満ちた目が痛い。
ロキの希望は分かるけど、私にはこの状況をひっくり返す力がない。
私の心の中に、絶望という小さな暗闇が広がりつつあった。
やっぱり、単なる勇者が、真の勇者に――。
「やっぱり、僕か姉さんが死なないとだめですか?」
真剣な表情で、ロキは私を見つめていた。
*
「なにを――」
「何言ってんの!」
私の発言を遮って、ルキが本気で怒っていた。
「いえ、まことの勇者って、本当に大切な者を守るために戦う場合と、本当に守りたかったものを守れなかった時に覚醒する場合があると、本に書いてありましたから。この場合、僕は役不足かもしれませんが、この際大丈夫かなと思いまして」
全く悪びれもなく、脈絡のない話しをしている。
混乱が、私の判断力を鈍らせていた。
「まあ、そういう時は、仲良くいくもんだ」
いつの間にかやってきたジェイドが、ハルバードの柄を無造作に振り下ろしていた。
とっさに二人を突き飛ばし、その先端に自分の体を割り込ませる。
目一杯の力をため、その攻撃に耐えた。
何も言わなくても、
幸いダメージもなくそらす事が出来たが、大きく体勢を崩して地面に倒れこんでしまった。
態勢が崩れた分、
その刹那、抑揚のない声と共に、全てを否定する叫びが耳に届く。
「まあ、覚醒するかどうか疑問だし、そろそろ飽きたから連れて帰るわ」
ジェイドの感情のない声が耳に届く寸前、ハルバードの刃先が私の首に迫っていた。
やけにゆっくりと感じるなか、ルキの叫びがこだました。
「ダメー!」
この瞬間、一体何が起こったのかわからないが、時間はゆっくり経過していた。
ジェイドのハルバードは私の首を狙っている。でも、その視線は私ではなく、ルキの方を向いていた。
ルキは私に向かって飛び掛かっていて――。
「お姉ちゃん!」
ロイが叫び声をあげて、走ってきた。その声と共に、時間は元の歩みを取り戻していた。
その光景に、私の意識は一気に状況を理解した。
「ルキ! なんで! ロキ! 薬!」
ロキから薬をひったくり、急いで口に含ませる。
私をかばった際に、脇腹を大きく切られている。いや、正確には、ジェイドが即死しない程度にえぐったんだ。
ジェイドの攻撃に追いつけるわけがない。
このままじゃもたない。
とにかく、クスリを飲んでもらわないと!
ただ口に含ませても飲んでくれそうにない。
「ロイ、傷口を布で抑えて! そこに薬を含ませて当てておいて!」
「ロキ、致命傷に効くものを思って引き出して!」
見覚えのある薬を口に含み、ルキの口に無理やり飲み込ませる。
ほんの少しでもいい、この薬が効きさえすれば!
あふれる血を吸出し、クスリを含んで飲ませ続ける。回復手段のない私には、これしか方法がない。
私の手の中で、ルキの温もりがどんどん失われていくのを感じる。
どうしようもない喪失感に、私は打ちのめされていた。
そして私は暗闇に閉じこもっていた。
『守りたいか?』
暗闇の中、またあの声が聞こえた。
『守れなかったのか?』
私の手の中には、冷たくなっていくルキの体があった。
『守らないのか?』
いつの間にか、私の目の前には、ロキとロイの姿があった。
「守りたいさ! でも、私に力がなかった。守るだけの力がなかったんだ!」
零れ落ちる命の灯を、もうどうすることもできない。
「やっぱり、僕も姉さんも死ななければダメかな?」
暗闇の世界の中で、ロキが無邪気に尋ねてきた。でも、本当にロキなのか?
さっき目の前にいたロキとはまるで違う感じがする。
今目の前にいるのは、今まで会ってきたどのロキとも違う感じがした。
そう、全く違う雰囲気だ。
ただ何となく、この感じを知っている気がする……。
「ごめん、ロキ。私にはそんな力ないんだ。守りたくても、守れない。勇気を見せても、力が出せない。君の言うように、これでも勇者なのに……。いや、勇者じゃなかった。私はこの世界の勇者を知って、勇者でいることが嫌だった。勇者として召喚されたことが嫌だった。だから私は、自分は勇者じゃないと嘘をついて冒険者となった。そこから全部だましてた。この世界を見なかった。ごめん、ロキ。私は君たちもだましていた。君の姉さんにも嘘をついた。君の姉さんに、君たちを守るって言ったけど、守れなかった。結局私は、自分の行動まで嘘にしてしまった。それどころか、私は君の姉さんに助けられたみたいだ……」
このままだと、もうルキは帰ってこない。
そして、私も殺されてしまう。ここにいるロキとロイも殺される。やがて、魔王斑の子供たちすべてが連れ去られて、召喚の餌食になる。
守るつもりだった……。でも、力がなければ守れない。
「ごめん……」
その瞬間、今までロキだった姿が、何者かに変化していた。
暗い世界が一転して、真っ白な世界に変わっていた。
「ちょっと遅いかもしれないけど、あげたチャンスを生かせたね。それじゃあ、謝ったから許してあげよう。君が嘘をつかなければ、こんなことにはならなかったかもしれないよ。ヴェルド・リューグ。君の性質は『嘘』だ。だけど、自分まで否定したら、何もできない。ゲームが始まらない。忘れないことだ。ヴェルド。君は真の勇者としてこの世界に生まれたんだ。でも、やっぱり君は運がいいね。他の神々が、僕の介入を許してくれたよ。まあ、僕の説明不足だと文句言われただけだけどね。特別に今から全て伝えよう。君の能力は――」
白い世界が開けた時、体の中で力と意識が再構成されていくのが分かった。
ルキはもう死にかけている。
これを救うには能力を使うしかないということも理解した。
「ロイ、ちょっとそれどけて」
傷口を抑えているロイは、あまりの出来事に硬直していたようだった。
そっと頭をなでると、緊張は解けて、私の指示に従っていた。
傷口に手を当てる。
イメージ通りに能力が使えた後、やはり私自身の体には相当の負荷がかかっていた。
こんな傷を、この子に負わせてしまったんだ……。
もう一度、治癒の薬を口に含み、そのままルキにのませる。あふれる血がなくなった分、今度はしっかりの飲んでくれた。
もう、これで大丈夫だ。
「ロキ、まだ薬はあるかな?」
さっき結構使かったから、もうないかもしれない。
「気休めが、一本だけだよ」
ロイと違って、意外に冷静に対応するロキは、さっきの雰囲気はまるでなくなっていた。
「君はいったい……」
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
今はそれを気にしたところで仕方がない。
やるべきことはたくさんある。
ロイが戻ったということは、どこかで子供たちを待たせているのだろう。
ルキを連れてくる。
それを村の人や子供たちが受け入れたに違いない。
自分たちの事だけじゃない。
この村にいる人間は、そうやってお互いを守ってきたんだ。
差し出してきたものを飲みほして、あらためてジェイドと向き合った。
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