第41話そなたはいったい何者か
私の反撃がよほど意外だったのだろう、大男はよろめくように、数歩後退していった。
しかし、私を見て何を思ったのか、下劣な笑みを浮かべていた。
「ああ、新しい男か。そう言えば、最後に見た時に増えてたもんな。お前もその年でよくやるよ。ガキの癖に色気づきやがって。でも、やっぱり血は争えないな。転生したばかりの俺に、あんな方法で毒を盛るお前の母親の血がな。あんなこと、普通考え付くか? まあ、女にしかできない技だな。俺も油断したぜ、お前の母親にはよ。美人だったからな。そこだけは、褒めてやる。お前も母親の血を引き継いでいるんだろうよ。男を惑わす血をな。そいつも哀れな奴だ、同情するぜ」
ハルバードを地面に突き刺して、見下ろしている。
恐らく完全に奇襲だったから、動揺を悟られまいとしているのだろう。
だが、私は相手にもされていない。
明らかに、ルキを挑発して反応を楽しんでいる。本当に下劣な奴だ。
「その辺にしたらどうだ、真の勇者の大男。勇者の名が泣きますよ?」
口喧嘩なら、負けはしない。
務めて冷静に淡々と言うだけでいい。
そしたら相手が勝手に切れてくれる。
切れた相手は動きや思考が単調になる。そしてこちらの細かい動きが悟られなくなる。
そこに勝機を見出すしかない。
口喧嘩なら、一郎にだって負けなかった。
思えば、それが駄目だったんだろうけど……。
でも、今はそんなこと気にしている場合じゃない。
目の前の大男は、強さの次元が違いすぎる。
こんな小手先の技でどうにかなる相手じゃないことはよくわかっている。
でも、今は自分にできることを精一杯やるしかない。
「ああ、お仲間の勇者さんもそうでしたね。真の勇者に隠れてる分、別の意味で名が泣きますね」
あと六人。
真の勇者を入れて七人がこの場所に来ている。まずはこの六人を倒す必要がある。
最悪、数を減らさないと逃げ切れないだろう……。
「ふ、好き放題言ってくれる。そんなに死にたいなら、望み通り殺してやろう。やれ!」
さらに一歩下がってハルバードを地面に打ち下ろした。
多分、私には興味を持っていない。でも、ルキを助けたことで、ルキに希望が生まれたと感じているはずだ。
たぶん、私のことをルキが雇い入れた冒険者か何かと思っている。
その希望を打ち砕くのを楽しんでいるに違いない。
本当に卑劣な奴だ。勇者ではなく、悪党に転職したらいい。
一人の勇者が大男の横に行き、五人の勇者が目の前に進んできた。
「子供たち! 逃げろ! ロイ! 頼んだ!」
まばゆい光の中、『逃げろ』という声に一斉に駆け出す子供たち。
同時に煙幕球を投げて、勇者たちの視界を完全にふさいでおく。
大男はさっきから動いていない。状況的に、私が優位になった方がよい。そうすれば、ルキの希望が増えるからだろう。
「だったら、とことん利用してやる!」
後ろのルキをだき抱えて、一気に後方にジャンプした。
「なっ」
一瞬固まったルキだったが、今はそんなことを気にしていられなかった。
「ルキ、子供たちを連れて逃げるんだ」
それだけ言って、もう一度ジャンプして戻る。ロイはちゃんと動いてくれている。しっかり子供たち家族をまとめ上げて、北東にむかって逃げていく。
後はルキが合流して逃げてくれたらいい。たぶん、ルキが動き出すまでは大男は動かないだろう。
それまでどれだけ有利な状況と、万が一に備えられるかが勝負だ。
「
私の求めに応じて、勇者たちと子供たち、私の後ろに漆黒の壁が現れた。
見たところ、大男の隣に
あの
いかに勇者の知覚が優れていても、いったん森の中に逃げ込んだものを探すのは容易ではないはずだ。
要は、時間さえ稼げればいい。
大男はまだ動いてはいない。
たぶん私の動きをつかんでいるのだろう。その表情は見えないが、余裕の笑みを浮かべている事だろう。
「
たぶんここからはマダキの街が近いだろう。
ガウバシュまでは山越えになる。
逃げ出した先で、ルキは冷静さを欠いていくかもしれない。
ここは必死に耐えたロイの忍耐強さに賭けるしかない。
「もういいか? 逃げたところで、この【千里眼】からは逃げれないけどな。魔王斑は回収したから、俺としては、残りのガキはどっちでもいい。あの銀髪のガキさえいればな!」
大声で叫びながら、笑っていた。
「クソ! 本当に最低だな!」
思わず挑発に乗ってしまった。
あんなことを、あんな大声で言ったんじゃ、ルキが逃げることを選択するはずがない。
案の定、後ろの方で立ち尽くしている。
名乗り上げた時のように、自分が犠牲になることを選んでしまっている。
誰かを守るために、自らを犠牲にする。
「でも、本当は賞賛される勇気じゃないよ、ルキ……」
誰かの中に、自分もいてほしかった。
でも、母親たちがそうしたように、ルキの中ではそういうものだと思っているに違いない。
でも、それは私も同じか……。
私に、守りきるだけの力があれば……。
いずれにせよ、大男が動かない理由はルキに伝わってしまった。
ルキがそこにいる限り、他の子供たちは助かる可能性がある。
でも、それではルキが助からない。
私がどれだけあがいても、真の勇者に届くとは限らない。まして、ルキを守りながら戦えるとも思えない。
力があれば……。
『守りたい?』
不意に頭の中から声がした。召喚呪の声に似ているけど、明らかに今までとは違う。
これも召喚呪の一種なのか?
『守りたい?』
繰り返し訪ねてくる。
こんなことは今までなかった。今までは、全て命令だった。
『守りたい?』
「ああ、守りたいさ。あの子を、あの子たちを」
無駄とわかっていながら、その声に返事した。
叶わないかもしれないけど、全身全霊をかけて守って見せる。
『その言葉に、嘘はないよね』
「ああ、嘘はない」
初めてのことに戸惑いを隠せないまま、反射的に返事した。
『じゃあ、見せてもらうよ』
こんなことは、はじめてだ。
でも、今はそれを気にしている場合じゃない。
煙幕が風に乗って流されていく。
目の前は五人の勇者。
後ろにはルキ、唯一人。他の子供たちは、ロイがしっかり導いて逃げてくれている。
「
あの子供たちが帰るための道は残しておかないと。
さっきの声は気になるけど、考えたってわからない。
今は、目の前の大男たちを倒す方が先決だ。
こいつらには、負けるはずがない。ただ、大男の興味を私に向けさせる必要がある。
そうすれば、ルキが逃げる事が出来るかもしれない。
マリウスたちの姿が頭をよぎる。
「そうだ。アイツが執着してくれるだけの実力を見せればいい!」
「ルキ、ロキは一日したらここに戻ってくる。私が大男と戦っている隙に、まずはいったんロイと逃げるんだ。弟たちを守るんだろ? 私は、そのためにここに来たんだから」
驚いているルキの返事を聞くまでもない。
「君たちが逃げるくらいの時間は作って見せるさ」
マリウスも、ライトもかなりの時間戦っている。それくらいの事なら、私にだって出来るはずだ。
ありがとう、マリウス。
ありがとう、ミスト。
あなた達のおかげで、私は守るための時間を作る事が出来そうだ。
一応、ありがとう、ライト。君のことは、好きじゃなかったけど、おかげであの男の性格は理解できたよ。
無様でも、みっともなくても、あがいて見せる。
あの男は自分が興味を持った相手は必ず自分でとどめを刺している。
そして、そこに至るまでには、必ず時間をかけていたぶっていた。
「あの勇者たちにも、たまには人の役に立ってもらおう!」
***
「本当に、雑魚は雑魚でしかないな。なんだよ、それ。なんだか相当弱い奴をけしかけた、俺が悪いみたいじゃないか。大体、一斉にやらなくてもいいだろうが! 頭悪いな! それだから、余計に連携がとれないんじゃないか。はぁ、まったく。これだったら、騎士の奴らを連れてきた方がましだったかもな」
盛大なため息をつく大男。
その声に一瞬体を震わせた隣の
何となく、大男は私に興味を持ったとわかった。
「ジェイド様……。そうは言っても、かなり動きが早かったので、仕方ありません。相手の実力が上だったのでしょう。槍使いの槍が偶然邪魔しなければ、長剣使いたちも動きを止めませんし、反撃の隙もなかったでしょう。あのようにたやすく斧使いがやられたのも、そのせいかもしれません。斧槍使いもそうでしょう」
一瞬、大男が
「お前の眼は節穴かよ。精霊も見えてるのか心配になるぜ。最初の槍は、アイツが……。まあ、いいか。どのみち、あれが見えないんじゃ、話したところで理解できんだろう。説明しても、向こうで思い出せるわけないし。まあ、あれだ。お前たちが弱すぎただけだ。だから一瞬で、死んだ。たぶん、自分が死んだとは思ってないくらいだろうな。それと、ちょっと面倒だから、先にその腰の奴よこせ。どうせ、ミクナの愛刀
訳の分からないまま、自分の剣を大男に差し出す
大男がそれを受け取った途端、
「まぁ、その分じゃ、お前も生きてねぇだろうしな。俺を楽しませるのに役に立て」
まさにそれは一瞬の出来事だった。そしてそのまま、私にそれを投げてよこした。
「おい、お前。それ使え、そんな中途半端な装備で戦っても、面白くもなんともない。お前ならたぶん認められる。俺の感がそう言ってる」
大男が投げてよこしたのは、まさしく日本刀だった。
黒塗りの鞘、柄の部分には桔梗の紋が描かれている。微妙に反った形はおそらく打刀というやつだろう。
鞘を手にした瞬間、やけにしっくりと来る感覚が全身を駆け巡っていた。
これが、専用武具と呼ばれる所以か!
あまりの感激に、思わず体が震える。
「その刀はインクベラ王国の
足元の首を蹴とばしていた。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
柄に触れた瞬間、体の奥から熱いものがこみ上げてきた。
『我を呼ぶは、そなたか? 勇者よ』
そして、そのもう一つの能力があると言われていた。
それは、全ての武具が意志を持つという事だった。中には持ち手を選ぶものさえいるという。
「ああ、私の名はヴェルド・リューグ。お前の力を私に」
右手で柄、左手で鞘を持ちその問いに答える。
一瞬、
『ふむ、どうゆうわけかわからんが、我を所持するに値すると見た。しかし、そなた、一体何者だ』
ほんの一瞬、私の中で疑問が生じた。
何者かと聞かれた?
名前を名乗ったのに、何者かと聞かれたのか?
「私は、勇気ある冒険者――」
『そんなことは聞いておらん、一介の冒険者風情が、我の力を引き出せると思うなよ。まあ、よい。汝にチャンスをくれてやろう』
名乗りを上げそこなったが、刀は鞘から解き放たれた。
それと共に、精霊たちの力がどんどん上昇していくのを感じる。
「ほう、やっぱり引き抜けたか!」
大男の嬉しそうな声と共に、衝撃波が襲ってきた。
前に見た、ハルバードの一閃。
奴自身、移動しながらの攻撃は、カマイタチのように鋭く触れるものを両断するだけでなく、ハルバードの攻撃も併せ持つ二段攻撃だ。
私の真後ろでは、まだルキがいる。
土壁に体を預けて、じっと聞き耳を立てているのが感じられる。
多分、私が大男と戦いになったかどうかを探っているのだろう。
避けるわけにはいかない。この姿を見せるわけにもいかない。
避ければ土壁ごとルキが被害にあう。
ちょうどルキは私の真後ろにいる。この攻撃を防げば問題ない。
「
私の声に、
押し寄せる波のような横一列の空気の刃、そしてやってくる大男のハルバード。
その二段攻撃を、上段からの打ち下ろしで迎え撃った。
それは予想以上の大きな力となって、周囲の木々と
「くそ!」
大男の腹にけりを当てて、突き飛ばす。
幸い、私の真後ろだけは無事だった。
それでも、想像以上の力の上昇に、思わず悪態をついてしまった。
私の蹴りを予想していたかのように、大男は軽々後ろに飛びのいてそれを避けている。
「何が、勇者がいらないだ! しっかり勇者の男をたぶらかしてんじゃねーか!」
大男の視線の先に、崩れた土壁から出てきたルキの姿があった。
大きく見開いたその目は、当然のように、私の姿をとらえて離さなかった。
私は今、全ての精霊をこの身に宿している。
こんな姿は、もはや言い逃れはできない。
「うそ……」
小さくつぶやいたその言葉が、大きな棘となって私の心に突き刺さっていた。
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