第40話もう、この世界に勇者なんていらない!

それは、今まさに振り上げたハルバードを、振り下ろそうとした瞬間だった。


「ようやく出てきたなぁ。いつ出てくるのか、楽しみにしてたけど、結構時間かかったよなぁ。やっぱり自分が大切だもんなぁ。そうだよなぁ、だから、こうして生きてるんだもんなぁ」

大男は、満面の笑みでルキを見ていた。


もう用はないとばかりに、目の前のアネットを蹴りとばし、立ち上がったルキの前へと進んでいく。

ゆっくりとしたその歩みの中で、左肩にかついだハルバードを、鼻歌交じりで小刻みに動かしていた。


「まあ、俺は【千里眼】ですべて見てたから知ってるんだけどな、最初からお前のことをよ。お前を見てピンときたぜ。お前と一緒に暮らしている二人は分かんなかったが、六年前は小さいのが一人と、赤子が一人だから、多分そうだろうさ。それに、その銀髪。忘れもしねえ、お前はあの女の子供だな。先代の真の勇者エスデード・ハネーボの子供は皆金髪なのに、お前だけは銀髪だった。あの、淫乱な女と同じ、銀の髪だ」

蔑むような視線をルキに向け、侮辱の言葉を並べ立てていた。


「お母さんは、そんなんじゃない!」

徐々に近づく恐怖に抗い、精一杯、その小さな体で勇気の灯を示していた。



***



泉華せんかの遠見の魔法が頭の中に展開されている。


その映像は、あたかもすぐ目の前に、ルキがいるように感じる。

でも、今いる場所とは離れている。

近くに感じているのに、遠く離れている。


まだ、大男はルキの前には来ていない。ゆっくり、ゆっくりと近づいている。

愉悦の表情を浮かべながら、侮蔑の言葉を放ちながら、ルキをもてあそんでいる。


ゆっくりと近づいていくのは、ルキに恐怖を味わわせるために違いない。

でも、ルキは恐怖に打ち勝っている。

大男の侮蔑の言葉を、自らの意志と言葉で跳ね返している。


その小さな体は、もう震えてはいない。

決意した瞳は、まっすぐ大男を睨んでいた。


「あれこそが、勇気……」

その瞳の奥に、抗う勇気を見つけていた。


守らなければ! あの小さな勇気の灯を守らなければ!


春陽はるひ、あれ使えるかな?」

もはや迷っている暇はなかった。


「使えるけど、衝撃が大きすぎるよ?」

確かに、春陽はるひの懸念はもっともだ。


広場には、子供たちが集められている。

それに、このまま使うと、進路上に居るかもしれない子供に、衝撃波をまき散らしてしまうだろう。

私がここにいる以上、あの時のように、優育ひなりの防壁で守ることもできない。

小さな土壁なら作れるだろうけど、精霊が術者と離れてしまっては、その力は大きく制限されてしまう。


どうする?


今の速度を上げても、その瞬間に対応できるとは限らない。空を飛んでも着地の瞬間の衝撃までは消せない。


どうする?


こんな時、瞬間移動みたいな能力があったなら……。

春陽はるひがせっかく第二段階に至っても、私が使い方を間違ってしまっては意味がない。


何かないか?


第二段階か……。

不意に、理解の雫が落ちてきた。


そう言えば、大事な事を見落としていた。


春陽はるひ、まだ第二段階にはなってないんだよね。なぜ、第二段階の技が使えたんだ?」

もし、その仮説が正しいのなら、この状況を覆せる!


「うん、なってないよ。それと私達はどの段階でも使おうと思えば使えると思うよ。ただ、制御が効かなかったり、思ったような効果が出なかったりするだけ。だから私は、お試し版と呼んでるけどね!」

春陽はるひの答えは、思った通りのものだった。


ぶっつけ本番だけど、やるしかない。


咲夜さくや!」

「黙っておれ、今あの者の所を探っておる。泉華せんかのおかげでスムーズにいきそうじゃ。だが、もう少し大きければよいのじゃがな」

紅炎かれん!」

精神でつながっている私の叫びを受けて、ルキの後ろの木が燃えあがる。そのくらいの力の行使は可能だった。


咲夜さくや!」

「汝の思うままに」

その瞬間、私は真っ暗な場所にいた。


暗いトンネルの先に、明かりが見える。

遠くのようで、近くもある。

不思議な感じの場所だった。


「もうつながっておる。ただ、出ようと思えばよい。そこには汝が守りたいものが待っておろう」

咲夜さくやのささやきは心地よい調べとなって、私の頭に届いていた。

【影跳躍】

咲夜さくやの第二段階の技。影から影に映る技!

頭の中に警告が轟く。何かが私にその危険を告げていた。


「間に合え!」

気合の声と共に、剣を抜き放った。

その瞬間、重い衝撃が手に伝わってきた。



金属のぶつかり合う悲鳴。

それは互いの存在を初めて認識した驚きを知らせるように、一瞬にして村中に響き渡っていた。


しかし、同時に叫んでいたルキの絶叫の方が、私の中で大きくこだました。


目の前には、驚愕の表情を浮かべる大男、背中にはルキを感じる。

ハルバードの一撃は、まだルキが話している最中に振るわれていたのだろう。


ルキが己の存在をかけて叫んだ、魂の言葉を闇に葬るために。


それは、この世界がずっと言えなかった、痛みを告げる言葉に違いない。

それは、この世界に来てからずっと、私が目を背けていた言葉に違いない。


「勇者なんていらない! もうこの世界に! 勇者なんていらない!」

繰り返される勇気ある言葉を背中に受けて、受け止めた剣を大きく振り払う。


勇者なんていらない。


私の認識をぐるりと変えるその言葉は、私の中で大きな力となっていた。

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