第39話勇者襲来
それにはまず、装備を取り戻すことが必要だった。
ロキに発見された場所まで案内してもらい、そこから精霊たちにお願いして探し始めた。
念のため、
王都の場所は何となくわかる。
発見されたところから、王都までの間にあると思ったけど、どうやら、脇にそれていたらしい。
そもそも、装備のある野営地点は使い魔が消えたところだから、組合長はそこから村までは自力でたどり着けると思っていただろう。
でも、容易に発見されないように一日以上はかかる距離を取るはず。
そう思って、探し始めて二日目。ようやく装備を回収する事が出来た。
食料は鞄の外に出してあったので、すでに何者かに食べられていた。
しかし、それ以外は無事だった。
久しぶりに剣を装備した時に、なんだかやれるような気になっていたから不思議だった。
「こうして見ると、ただの子供には見れませんね。さすがです」
ロキが感心したように告げてきた。でも、それって、今まではただの子供だったってことだよね。
「ありがとう」
さすがの先に何があるのかはわからないけど、褒めてくれたと思っておこう。
その時、
「来たぜ、早く帰ってこい」
それだけ告げて、後は黙っていた。おそらく、待機しているのがもどかしいのだろう。
「ロキ、急ぐよ」
私の緊張した声に、すべて理解したようにロキが頷いていた。
ロキを背中に背負い、精霊たちの力を使う。
***
「はやくしろよ、まったく! どんだけ時間を食ったと思ってるんだ!」
言葉とは裏腹に、大男の口元はほころんでいた。ただ、待ち遠しくは思っているのだろう。せわしなく動くその右足が、男の気持ちを代弁していた。
木々の間から、勇者にまくし立てられるようにして現れる子供たち。それを見た大男は明らかに不機嫌になっていた。
「またかよ。でも、同じ手に引っ掛かると思ったら大間違いだぜ! もっとも、それは理解しているだろうけどな!」
男の目の前に集まっていたのは、村でも七歳を超えた子供たちとその家族だった。
「まあ、いいか。これで、あの時のガキがこの村にいるのははっきりした。【千里眼】でこの村の周りは全部調べたし、全員の顔も見た。でも、六年前のガキの顔なんざ、正直わかんねぇから自信なかったけどな。手口が一緒なら、間違いない。アイツらがやったことでも真似たんだろう。でも、準備がたりねぇ。この俺が、こんな手に引っ掛かるわけないだろ。でも、仮に同じことしたって、今の俺から逃げられるわけねぇけどな」
大男の呟きに答えるように、村長と共にルキとロイが現れていた。
その中心には、六歳以下の子供たちの姿があった。
早く歩くようにまくし立てている勇者に抵抗したのだろう、村長はルキに体を預けていた。
大男の顔が大きくゆがむ。愉悦の笑みを隠そうとせず、ついに大声で笑い出した。
「六年待ったが、恐怖の顔を見るためだと思えば、待ったかいがあったもんだ」
そして広場には、私とロキ以外の全員が集められていた。
*
「おい、ガキが二人いない。一人は魔王斑だが、一人は違う。そいつが連れて逃げたんだろう。探せ! あと、魔王斑の残っているガキどもは、本国に移送だ。お前と、お前と、お前、あとお前も連れていけ。ガキの足だと結構かかる。最悪、両脇に抱えて走れ」
男が指名した勇者たちが、魔王斑の子供たちを連れて、村から離れていく。
おそらく、王都方面に向かうのだろう。
「ロキ、ちょっと戦いになるかもしれないけど、その時は隠れといて」
背中から、了解した感じが伝わってきた。
この速度では、さすがに話すのもきついかもしれない。
一応、
あらためて考えると、六歳の子供にはきつかったか……。
「ロキ、悪いけど辛抱して。村が危ない気がするんだ。冒険者の感ってやつさ」
私はあくまで冒険者でなくてはいけない。
この村にとって、勇者の存在そのものが、悲しみと恐怖の記憶を呼び起こすに違いない。
あの時、村の子供たちは笑顔だった。
悲しみと恐怖に蓋をして、やっと笑えるようになったのだろう。
そんなもの、わざわざ掘り起こす必要なんてないのだから……。
恐怖に耐えている子供たちの姿で、アイツらがますます許せなくなってきた。
それからしばらく走った後、勇者四人の存在を捉える事が出来ていた。
「さすがに、これだけの速度で接近したらわかるよね」
ロキを背中から降ろして、待ち構えている勇者に声をかけた。
***
「まあ、ただ待っているのも、退屈だな。よし、お前、知ってること白状しろ」
大男がハルバードの先端を、少女に向けて脅していた。
名前はたしか、アネット。赤毛の少女で、ルキの手伝いをしに来ていた子だ。
たしか、七歳になって、魔王斑が消えたのを喜んでいたと聞いていた。
もう、見つかっても生贄にならなくて済む。
そんな彼女に向けて、残酷な意志はその鋭利な先端を突きつけていた。
恐怖に身をすくめるアネット。
「もう一度だけ聞くぞ? しらねーか?」
ハルバードの先端で、小さな顎を持ち上げた。ほんの一筋、流れ出た血がアネットの首を伝っていた。
それは七歳の子供にすることじゃないだろ!
ふと見ると、ルキが飛び出そうとするのを、ロイが必死に抑えていた。
手でルキの口をふさぎ、泣きながら体全体で押し込んでいる。
アネットは恐怖で思うように口が動かないようだった。目を瞑り、小さく、小さく震えている。
そんな彼女に、冷酷な言葉が告げられた。
「答えねーんじゃ、生きてても仕方ないな。なら――」
「おまちなさい!」
ビヌシュさんの、決意の声がこだました。
***
四人の勇者を倒して、再び意識を広場に向けると、血まみれのビヌシュさんがアネットの目の前で倒れていた。
「ビヌシュさん……」
思わず、言葉に出してしまった。
その意味の理解したのかわからないが、ロキが黙って私の服をつかんでいた。向こうでは、まだ子供たちがべそをかいている。
もはや一刻の猶予もない。
「ロキ、今からいう事をよく聞いてほしい。ここから村まではまだ距離がある。でも、この周囲に敵対する者はいない」
しゃがみこんで、しっかりとロキの眼を見てささやいた。
限界一杯まで探ったけど、敵意を持ったものも、動くものも感知できない。
でも、私の限界を超える所にいるかもしれない。
「念のため、ここに魔物除けの結界をはっておく。冒険者が休憩時に使うやつだから、たぶん六時間は効果が持続すると思う。もし、それまでに戻らなければ、もう一度それを使うんだ。そして、それが十本あるから、万が一、私が迎えに来なかった時には、三本使った後に村に戻るといい。それまでは、ここから動くんじゃない。そして、村にかえったら、ありったけの食糧をもって、別の場所に移動すること」
魔法の鞄の所有権をロキに譲り、ロキの体に装備させる。
ロキは何も言わずに黙っていた。たぶん理解しているだろう。
何も言わないのが、その証拠だ。
「いい子だ。この鞄の中に、ガウバシュの街にある魔導図書館の入館証がある。村に戻ったら、残っている人たちと一緒に、そこに向かうんだ。司書のミリアさんに頼んで、中に入れてもらうんだ。『
ロキは真剣な目で私を見ていた。その目には、理解の光が灯っている。
聡明な子で助かる。私のいう事をたぶん理解している。
ただ、受け入れるのは時間がかかるのだろう。
聡明だといっても、六歳の子供。
瞬時に理解するなんて、期待する方が間違っている。
あとは、向こうの子たちだ。
ロキの手を引いて、子供たちの方へ行った。
「君たち、もう大丈夫だ。後は、ロキのいう事をよく聞くんだ。ちょっとだけ、ここで待っていてほしい。必ず、迎えに来るからね。動いちゃだめだよ。ここに魔物除けの結界をはるから、その中にいる限りは、安心だから」
一人ずつ目を見て話していくと、全員泣き止み、頷いてくれた。
ひょっとしたら、この中にはこういう経験をした子がいるのかもしれない。
でも、今はそれを気にしている場合ではなかった。
「じゃあ、ロキ。頼んだよ!」
出来るだけ、にこやかに、さわやかに手を振って駆け出す。
不安にさせる姿は見せられない。
全速力で駆け出して、十分距離が開いた瞬間、
その時、
「やめて! あたしはここにいるわ!」
震える声と、震える体で、ルキは叫んでいた。
あらんかぎりの勇気を振り絞ったその声は、私に力を与えていた。
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