第38話真相、そして選んだ道

「僕が書いたのは、単にお礼の手紙です。いつものやり取りですよ。それに、ルアンダの首に巻きつけるには、この布では少々厳しいと思います。あの人の所にいるミリンダなら小さいから巻けますけど」

ロキはその布きれを、手紙を入れた状態で巻けるように棒状にしていた。

ロイが寝ていた犬を連れてきた。


言われてみれば、確かにちょっと短い。


なるほど……。

ていうか、まさかのミリンダちゃん!


「これは、以前あの人がこられた時に、どうしてもというので差し上げたものです。一部だけ汚れたところがいいと言ってましたが、まさかこのように使うとは思いませんでした」

どこまでも楽しそうなロキの表情に対して、ルキとロイは安心した顔になっていた。

この雰囲気に、とてもミリンダちゃんのことを深く聞くことはできなかった。


「まったく、とんだ人騒がせだわ」

衝撃の事実を吹き飛ばすように、大きなため息をはいていた。


ルキの気持ちはよくわかる。


でも、その目は何だ?

それって私に言ってない?

組合長だからね、人騒がせなのは!


「でも、お姉ちゃん。そのおかげで、こうして冒険者のヴェルドさんが来てくれたんだよ。あの人がこんなことしてまで頼んだってことは、やっぱりあれと関係があるんだよ。だから、信用できると思う」

その点ロイはしっかり理解していた。


しっかり者の姉のルキに対して、少しおとなしめのロイ。

直情的な姉に対して、思慮深い弟たち。


どちらかというと正反対の性格をしているように、髪の色も違っている。

そう言えば、ロイとロキは同じ金髪なのに、ルキだけが銀髪だった。


金髪の方が、穏やかな性格なのだろうか?


「でも……。魔獣に不覚を取って、装備まで無くす冒険者って、信用できても、頼りにならないんじゃないの?」

さっきから、ルキの胡散臭そうな視線が痛い。


「でも、魔術師かも知れないよ?」

ロイはそれでも私をかばってくれている。


それはそれで、心が痛い……。


「ごめん、ただの戦士です……。後れを取ったのは、あの隕石のせいなので、実力はいずれしっかりと……」

苦し紛れの嘘でしかない。

でも、あの隕石は、ここでも相当大きな出来事だったはず。


さすがに実力まで疑われては、組合長に申し訳がない。


「ふふ、まあいいじゃない、姉さん、兄さん。あの人が信用して送り出してくれた人だよ。僕らが信じないでどうするのさ。ここにいるのだって、あの人のおかげなんだから」

ロキの発言に、二人は黙って頷いていた。


なんだか、姉弟の順序って逆転してない?


でも、そんなことを言った日には、ルキに追い出されるかもしれない。

ルキはベッドを私に使わせ、床に藁を敷いて寝床としていた。


優しい姉に違いない。

そう思ったことは、内緒にしておこう。


そして、私と精霊たちの中では、組合長に文句いう事が満場一致で採択されていた。


絶対、ミリンダちゃんで切れた時に、ほくそ笑んだに違いない。

そこだけは、氷華ひょうかの行為を止めないでおこう。



***



次の日には動けるようになり、村長に呼ばれて出かけることになった。


さすがにあの三人がいる所で、精霊たちは実体化できなかったけど、私たちは精神でつながっている。

皆が調べてくれたことを、私はどうとらえていいか、未だにわからない。

その状態で、村長を目の前にしていた。


村長というから年寄りだと思っていたけど、全くそうではなかった。


名前をビヌシュ・エマーニと名乗る村長は、この村の特異性を感じさせるように、二十台後半ぐらいの美人だった。


「この村のことは、すでにご承知の事と思いますが――」

「全く説明を受けてません。正直場所も知りませんでした。ついたのは偶然だと思います!」

まだ、話の途中だけど、それには断固抗議した。


だいたい、この世界に送り込んだ自称・神様といい、組合長といい、人にろくな説明も与えずに、新しい場所に送り込むのはやめてほしい。


「そうですか。それは、よほど気に入られていますね……」

人の目の前で、美人が意味ありげに笑うのは、ちょっとやめてほしかった。

どう反応していいか分からない。


それより、気に入った相手を困らすようなことする? いい大人が?


ふざけんな、小学生か!

声を大にして叫びたい。でも、組合長は……。ここにはいない。


そんな私の沈黙を、どう評価したのかわからないけど、ビヌシュ村長はこの村のことを説明してくれていた。


それは、たぶん組合長の信頼の証、あの布を持っていたことを聞いたからだろう。


精霊たちが見てきたように、この村には子供とその家族である母親か、その親族しかいなかった。

しかも、この村の子供はすべて魔王斑の子供という話しだった。

すでに七歳を超えて、魔王斑が消失している子供もいるけど、まだ魔王斑がある子供もいる。

その比率を考えると、とんでもない数字になるはずだ。

今では生まれにくいと噂されてた魔王斑の子供たち。ライトにもそんなに多く子供がいないと聞いている。

しかし、ここには少なくとも八人の魔王斑を残した子供たちがいた。


その理由は簡単だったけど、その道のりは困難だっただろう。


子供たちは色々な国から逃げてきたようだった。

そして、その子供を支援して、この村を作ったのが組合長だった。


あの人は、どんな気持ちで私にこの布を託したのだろう……。

今度会えたなら、たくさんある文句と共に、その理由も聞いてみたい。


そして、今私が、世話になっているルキ、ロイ、ロキの三人はハボニ王国から逃げてきたようだった。

父親は前にいたハボニ王国の真の勇者で、母親は国民たち。三人は姉弟だけど、全員母親が違っていた。髪の色が違う理由はそういう事なんだ。


六年前、ルキの母親が最後まで三人を連れてここまで来たようだったが、この地で亡くなったらしい。


当時四歳のルキと二歳のロイ、そして生まれたばかりのロキを連れたルキの母親は、相当の覚悟と支援でこの国に逃げてきたようだった。

以来、ルキが母親代わりとして周りに助けられながら、三人仲良く暮らしているとのことだった。


もしも、組合長に会うことがあったら、突っ込みたいことは山ほどある。

ただ、文句と質問と文句と文句のほかに、賞賛も贈っておこう。



「星読みの魔術師によると、この場所が大きな力を持つものに見つかったという話しでした。おそらく、あなたはそのために選ばれたのだと思います。どうかお願いします。おそらく、大きな力というのは真の勇者です。この国に、真の勇者はいません。すでに、ハボニ王国が攻めてきたとも聞いています。おそらく、そこの真の勇者が、その特殊な能力を使ってこの場所を特定したのでしょう。あなたは――」

その言葉を聞いた途端、私の頭は真っ白になっていった。

ビヌシュ村長の話は、途中から頭に入ってこなかった。


何を答えたのかも覚えていない。

ただ、気が付くと、いつの間にか私は村の広場の中心で腰かけていた。


真の勇者……。よりにもよって、あの大男がここにやってくる……。


どうする?

逃げるか?

投げ出すのか?


いつしか私の周りには、たくさんの子供たちが取り囲んでいた。

見慣れぬ私に興味をもっているのだろう。その瞳は驚くほど素直で輝いて見えた。



***



「ねーねー、お兄ちゃん、冒険者だよね?」

「すげー、かっこいい!」

「ねー、魔法も使えるの?」

「いや、絶対戦士だよ、かっこいいもん!」

「えー。魔法使いがいい」

「ばかっでー。戦士の方がつよいんだって!」

「戦ったら、痛いよね?」

「そんなのあたりまえだろ! でも冒険者はそれよりも強いんだって!」

「冒険者ってどうやったらなれる?」

「泣いたことある?」

「お兄ちゃんつよい?」

「ご飯っていっぱいだべれるの?」

「怖くない?」

「ねえ、怖い時ってどうすればいいの?」

「どうしたら強くなれる?」


人の気持ちも無視して、一人ずつ一方的に話しかけてくる。

自分の聞きたいことを優先して、こっちのことはお構いなしだ。

そんな子供の質問に、私は一切答えないでいた。


いや、答えたくても、答えられないんだ……。


怖い時?

そりゃあるよ、今がそうだ。


怖い時ってどうすればいい?

そんなの、私が今知りたいよ……。


どうやったら強くなれるかって?

強くなっても、どうしようもない相手もいるんだ……。


いつまで話しかけても、何も言わない私に興味を無くしたのか、子供たちはいつの間にかどこかに消えていた。


あんな小さな子供に、他意はない。ただ、純粋にそう思ったから、そう言っているだけだ。


普段、嘘でごまかしているくせに……。

こんな時なら、優しい嘘を言ってもいいじゃないか……。


怖いのを認めたらいいじゃないか……。

『どうしようか?』って逆に聞いてもいいじゃないか……。


「私は最低だ……」

「そうよね、最低ね。あんな小さな子供たちの話を聞かないなんてさ」

いつの間にか、ルキが目の前にいた。

その瞳には、小さく膝を抱えた私が映っている。


その姿は哀れで、みっともない。

でも、そんな私に、ルキは笑顔を向けてきた。


「でも、君はどれだけ騒いでも、あの子たちを叱らなかった。村長に呼ばれたってことは、私たちのこと聞いたんでしょ? それに、警告とその後のことも。ロキも言ってた。ただ、あの子は真の勇者がここに来るかもしれないって言ったとき、ちっとも怖がらなかったわ。まあ、あの子が怖がったのって見たことないけどね。それに、あの子は生まれたばかりだったから、知らないのも当然かもね。ただ、あの子には不思議な力があって、まるで星読みの魔術師みたいに、先のことがわかるみたい。魔王斑の子供だから、何か特別な力があってもおかしくないよね!」

隣に腰かけながら、ルキが話し続けている。家族のことを自慢する、姉の姿がそこにあった。


「選ばれた君の不安は分かるよ。真の勇者がどれだけすごいのか、あたしは知らない。でも、怖さだけは知ってるよ。この村の子の大半は、その怖さは知っていると思う……。それに……。あたしも小さかったからあまり覚えてないけど、あの目だけは忘れたくても忘れられない。時々、夢に出てくるもの」

いつの間にか、小さな体を両手でしっかり抱えている。

小刻みに震えているのは、たぶん思い出しているからだろう。沈んだ気持ちが、顔を地面に向けさせているのだろう。


その気持ちは分かる。私もその目を知っているから……。


「でもね、お母さんが言ったんだ。怖いのはみんな怖い。誰だって、怖いと思うことはある。それは、勇者も同じだよって」

相変わらず、両手は体を抱えている。でも、もう震えてはいなかった。顔は前を向いている。


「今でも思い出すよ、お母さんの顔。だから、私も頑張れる。お母さんが言ったんだ。怖いのは怖いけど、それ以上に、誰かを守ることを思うと、怖さの中に、ほんの少しの勇気の種が生まれるんだって。それを大事にしていけば、勇気の種は芽をだし、育っていくんだって。そしたらその勇気は、みんなの笑顔を取り戻すんだって」

両手はもう、体を抱えていなかった。

まるで祝福を受け入れるように、天に向かって大きく広げていた。


「あたしのお母さんは、普通に暮らしてただけなのに、真の勇者にさらわれたんだって、お母さんと結婚する予定だった人が、お母さんとあたしを連れ出したって聞いたよ。その時、小さかったロイと生まれたばかりのロキも一緒に逃げたんだ」

立ち上がり、片手をぎゅっと握りしめている。その瞳には、決意の炎が宿っていた。


「ロイのお母さんも、ロキのお母さんも、あたしの目の前で笑ってた。あたしに二人をよろしくねって言ったんだ。だからね、あたしはあきらめない。あたしたちのお母さんたちは普通の人だったけど、勇気を持っていた。あたしには勇者の血が流れてる、お母さんたちの勇気ももらった。だから、あたしが二人を守る。ついでだから、君も守ってあげるよ」

差しのべられたその手の先に、優しい笑顔が待っていた。


けど、その心の奥底には、恐怖がしっかり見えている。

それでも、ほんの小さな勇気のかけらを大事にして、立ち上がって私に手を差し伸べてきた。


勇者の血をひいていても、何の訓練もしていない十歳の少女が、恐怖を前に、守ろうとしている。


託された笑顔を、その小さな体で受け止めている。


そして、私の恐怖までも、引き受けようとしていた。



たまらないな……。


「ありがとう。でも、それは私に任せてよ」

ルキの手をしっかりと握り立ちあがる。ルキの瞳に映る姿は、もう今までの私じゃない。


もう迷わない。

たしかに、私の中にはあの恐怖がある。あの真の勇者にかなわないと理性が告げている。


でも、それだけじゃない。


この子たちを守りたい。

組合長の残した、この子たちを守りたい。


私を認めてくれた組合長。その最後の依頼をやり遂げる。


勇気をくれたルキ。

助けてくれたロキとロイ

そして、多くの魔王斑の子供たち……。


そうだ、もはや依頼だからという理由だけじゃない。


私が守りたいんだ!


心の中で膨らんだ気持ちは、やがて恐怖を丸呑みにした。

そして、そのすべてを糧として一気に成長していった。


光を受けて輝くルキの瞳の中に、私の勇気が咲いていた。


「守るよ、君たちを。私は勇気ある冒険者とよばれた男だからね」

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