第37話森の中の隠れ村

「じゃあ、あたしはまだ仕事が残っているから、そろそろ行くね。もうすぐ、ロイとロキも帰ってくるから、またあらためて紹介するわ」

ルキと名乗った少女は、汗で顔にまとわりついた銀色の髪を無造作に払って、片手をあげて出ていった。


簡単にこの家の一番偉い人だと名乗ったあたり、責任感が強いのだろう。


そして、弟が二人いる。

二歳下のロイとさらに二歳下のロキ。

そして、この家には、ベッドが全部で三つしかなかった。


「この家は、子供だけで暮らしているのか……。親はどうしたのだろう?」

その原因を探ることは、たぶん、さっき覚えた違和感を確かめることにつながるのだろう。


意識を周囲に拡大していく。


「やっぱり……。この村には、大人がほとんどいないんだ……」

しかも、この感覚の大半は一般の国民のものじゃない。


「ヴェルド君の感じた通りだよ。この村は、異常だよ」

優育ひなりが目の前で、自分が見てきたことをかいつまんで説明してくれた。


この村には十五程の家があるけど、そこには十歳以下の子供と、その母親かお婆さんと思われる人しか住んでいなかった。

そして、この村には、大人の男の人がいなかった。


村の広場と呼べるところは、ある程度開けているけれども、後は森の中に小屋のような小さな家が散在しているようだった。


そして、ここはその外れにあり、近くと呼べる範囲には、家が三軒あるだけだった。しかもそれなりに離れている。


村の周りに柵は一応あるけど、あくまで獣除け程度になっていた。そして、そこには魔獣除けの結界が施されていた。


全体的に広範囲に散らばった集落で、間違って入ってきても、一軒家が散見するように見えるだろう。


「大人の男がいなくて、この村はどうして暮して行けるんだろう? ここはあの森の中だから、魔獣と獣の世界だ。人の住む世界じゃない。結界だって、万能じゃない」

でも、何となく答えは分かっていた。

ひときわ強い存在が、北の方に感じられた。


勇者じゃない。でも、その血に連なるものだろう。それは子供たちも……。


優育ひなり、あの犬がいたって言ったよね。ということは、ここが目当ての場所になるのかな? そうすると、誰かがあれを書いたことになるけど、明確な危険があると思う?」

今、ここで感じている限り、そんな感じは受けない。


むしろ穏やかな村の中で、子供たちがのびのび楽しそうにしているように思うくらいだ。


「うん、ボクもその疑問は感じたよ。そして、危険は今のところないのかもしれないよ。でも、それは今の所としか言えないよね」

誰かが、何かを感じて手紙を書いた。

そう考えないとこの村の状態は説明できない。この村が今、『たすけて』と外の世界に発信する状況とは思えなかった。


でも、そうなると、いったい誰が書いたのだろう?


「それって、誰かが予知したか、察知したかってことだよね? そんな都合よくいくのかな? それに、それを誰が書いたのかって言う疑問もあるけど、それが偶然組合長に渡ることまで考えたってことだよね、だって、あの布が組合長以外に渡ったら困るでしょ?」

春陽はるひの疑問はもっともだ。


巻いていたのが、ただの布きれなら、誰に渡ってもいいだろう。でも、そこにあったのは魔王斑の子供の布だ。


書いた人が誰であれ、それを受け取る人は限られているはずだろう。

組合長か、それに近い人に渡らなければ、かえって危険が出てくる。


書いた人は、偶然を期待して、そこまでリスクを冒すのだろうか?

そんな偶然に期待しなければならないほど、切羽詰まった様子はない。


例えば、確実に組合長に渡る手段があったなら別だろう……。


一瞬、頭の中の組合長がニヤリと笑った気がした。


ん? 待てよ……?


「ねえ、優育ひなり、あの時組合長が言った言葉って覚えてるかい?」

私が優育ひなりの顔を見た時には、すでに優育ひなりは何かを考えているようだった。


「うん、組合長は『私が曾孫のミリンダちゃんと散歩し終わって、一人で帰る時に、犬を拾いましてね。その犬はすぐ森に戻ったのですが、その犬の首には手紙がつけてありまして』と言ってたよ。そして、使い魔を使って追った時に森に入ったとも言ってたね」

優育ひなりの顔には微妙な笑みがこぼれていた。


つまり、組合長が手紙を取った時には、犬は森に戻ったことになる。

ミリンダちゃんと散歩に行って一人で帰るときに、王都から離れていたとは考えにくい。

つまり、組合長はその時王都にいたことになる。しかも、帰る途中ということは、冒険者組合の近くか、その道筋だろう。


目標は、王都の中にどこでもいるような犬だ。布も広げてみないとただの赤い首輪に見えるだろう。

その手紙に気が付いて、慌てて使い魔を飛ばしたところで特定できるのだろうか?


しかも、すぐに森に戻ったと言っていた。

探し回ったわけじゃない、森に帰ることを知っていたと考えるのが妥当なんじゃないか?


ちょっとまてよ……。


「なるほど、優育ひなりのいう事は分かった。となると、組合長はその犬がここから来たのを知っているという事じゃないか? 使い魔が途中で引き返したのは、ひょっとすると、案内できないという意味だろう。この村の存在を隠したかったとも考えられるな。そなたには自力で見つけてもらうことにして、見つけられるところまでは連れて行った」

鈴音すずねが何やら得意そうだ。


でも、そう考えるのが正しいだろう。

さっきから、頭の中で組合長がニヤついている。


「え? じゃあさ、組合長は全部知ってて、ヴェルドに教えなかったの?」

春陽はるひが少し不機嫌になっていた。


でも、あの組合長のことだ、そう考えても不思議じゃない。


「いや、あの者の自作自演という線もあるぞ。汝が見たのは水晶球の中の犬だろう? しかもあ奴、記録映像だといいよった。あれは、ここの犬を、この村で記録したものかもしれんな。実際に汝が見たのは、今持っているあの布と手紙だけであろう。犬の首に巻かれていたものではない」

咲夜さくやのいう事ももっともだ。


「そうだね、組合長が自分で書いたのなら、あの布が他人の手に渡ることはまずないし、ここの存在も秘密にできる。もう一つ考えられるのは、あの犬が、組合長との連絡係だという線だよ。いずれにしても、ボクらはまた、組合長に踊らされたことになるけどね。あはは」

多分、優育ひなりの言う事は正しいだろう。

ただ、それに関して文句を言うつもりはない。

誘導された感じはあるけど、でも私は自分自身でここに来ることを選んだ。


そうだった。


「殺す」

氷華ひょうかの眼が座っていた。


「いや、いいよ。ミリンダちゃんを含めて、話はでっち上げかもしれないけど、ここで何かが起こるのは確かなんだよ。組合長には試されたような気がするけど、それだけこの村が大切なんだよ、たぶん。だから、今度会った時に文句は言うけど、私はここに居ようと思う」

少なくとも、私を認めてくれた人が、私にここを託したんだと思う。

私のことを、勇気ある冒険者だといったのは、ひょっとするとこうなることも知ってたのかもしれない。


組合長からの、おそらく最後の依頼。


誰も守れなかった私に……。

逃げ出した私に……。

もう一度勇気をもって立ち上がることを含ませてくれていたいのかもしれない。


「そうだね! 組合長がウソをついてたとしても、それは大切な何かを守るためだったのかもね! それとも、ヴェルドならその嘘に気づくと思ったのかな?」

春陽はるひのいう事は全くの買いかぶりだ。


でも……。


「たしかに、あの占いみたいのは、そのヒントなのかもしれない。この世界では占いというのは占星術という立派な学問だけど、私が元いた世界だと、本当にあたるのとそうでないのが混じってるからね。私がいた高校ではうらない・・・・と言って、裏があるという揶揄にも使われたりしてたよ。まあ、一般的じゃないと思うけどね。まさかそんなこと知ってるわけないよね?」

この世界には、色々なものが持ち込まれている。

正直、組合長の口から、諺が出た時にはびっくりした。


でも、まてよ……。

ひょっとすると、あり得るのか……?


「占星術は、星読みのことだな。正直俺はあれが嫌いだ。なんでも、俺のいく先を知っているように言ってくる。そんなのは、俺自身が決めるんだ。星が導くんじゃない」

紅炎かれんは占星術に恨みでもあるのだろうか?


そう言えば、星読みの魔術師と名高い、シン・ドローシにも結局会えなかったか……。

王城の感じだと、王都もきっと大変な目にあっているに違いない。


「とにかく、ヴェルド君は体をなおすことに専念して、ボクらは姿を隠したまま、ここの情報を集めるからさ」

優育ひなりが今後の方針をまとめてくれた。

全員がそれに頷いていた。


本当に、みんな頼りになる。


「そうだね、みんな、よろしく頼むよ」

組合長の遺志をつぐ。

この村で起こると思われる危険に対して、対策を取る。

そのためには、私の回復が最重要だ。


もう一度横になると、精霊たちはすぐに飛び立っていった。



***



その日の夜。

帰ってきたロイとロキに紹介され、あらためて冒険者として名乗った時に、ここまで来た経過を三人に話した。


全て作り話じゃなく、真実も織り交ぜた話をすることになった。


冒険者組合で組合長から依頼を受けたこと。

手紙を受け取ったこと。

途中油断して、装備を全部どこかにおいてきてしまったこと。

命からがら逃げた時に、たぶん助けられたこと。


そう説明してから、あらためてお礼を告げると、どうやら私を発見してくれたのは、ロキのようだった。


「手紙を見せてもらえますか? ヴェルドさん」

この中で一番年下だけど、しっかりした声でロキが手紙について触れてきた。

ルキとロイも黙って頷いている。


「これだよ、この布と共に、犬の首に巻かれていたと説明された」

魔王斑の子供の布を見た途端、ルキとロイの表情が固まった。

それは、何故それがそこにあるという、驚きの顔に違いなかった。


「そうですね。これは、僕があの人に渡したものです。でも、手紙は違いますね」

平然と答えるロキの顔は、なんだかうれしそうだった。

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