第34話格の違い
それはまさに勇者といえる姿だった。
圧倒的な脅威に対し、祈りを受けてそれに立ち向かう。恐怖に震えるものを前にして、自らを盾として抗い、そして見事に退ける。
轟音と衝撃と共に砕け散った隕石は、光のとなった槍と自らの炎で跡形もなく消えていた。
「まあ、このくらいは当然だわな。お前らが束になってもかなわないのが、真の勇者ってもんよ。でもよ! あれはお気に入りのもんだったんだぜ! さて、どうしてくれようか!」
怒りをあらわにした大男が、マリウスとライトに向き直った。
「おいおい、何だよお前。そっちの嬢ちゃんは、かわいいから許すとしても、お前一応大人だろ? ションベン臭い真似すんなよな! 汚いな! まったく!」
隕石の召喚が終わり、ライトを保護していた光の結界は消失していた。
マリウスもライトも、その大男を目の前にして、その顔は恐怖に歪んでいた。
「んー。ちょっと面白くないな。あの精霊使いも生かしておけばよかったかな? そうだ、お前、
大男の視線を受けて、マリウスが必死に首を横に振っていた。
「…………」
大男が目を丸くして、マリウスをしげしげと眺めている。
「いや、それ以外ないって……。その恰好とさっきの戦い方で、俺が間違うはずないだろ……。嘘ついたら、先にやっちゃうよ?
大男の声は優しく、なでるようなものだった。
必死に首を縦に振るマリウス。
「よーし、いい子だ。お前、恐怖をはじく魔法あるだろ、あれ使え。それと、可能な限り自分を強化しろ。そこの賢者。おまえも恐怖がなくなったら、その子を可能な限り強化しろ。あと、色々召喚して戦え! 戦わなかったら殺す! 今すぐ殺す! さあ、選べ! 戦って死ぬか、戦わなくて死ぬか! 勇者だろ! この俺を満足させて見ろ!」
男の脅迫に応えるように、マリウスが魔法を使う。瞬時にいつもの顔つきに戻った二人だったが、次の瞬間には、また恐怖に縛られたようだった。
そもそも、生き残るという選択肢がないのだから……。
「ほら、はやくしろよ。お前たちと遊んだら、次は魔王斑と遊ぶ約束してるんだからよ」
あくまでも、優しく囁くような大男の声が、余計に恐ろしく感じられた。
***
「ヴェルド……、大丈夫?」
「ああ……。いったい、どのくらい気を失ってた?」
最後の方は、もう見ていられなかった。
でも、見なければならないという意識が、私にその場面を見せていた。
そして全てが終わった時、私の精神は限界を迎えていた……。
あんなの……。
あんなのが、勇者なわけがない。
あれは……。
あれこそが、魔王だ……。
身の毛もよだつ所業とはあのことだろう。
あんなこと、とても人間が出来るもんじゃない。
思い出したくもないことだったけど、忘れてはいけないことだった。
最後に、ため息交じりに告げた一言は、おそらく私の頭から離れないだろう。
***
大男は最初、機嫌よく笑っていた。
遠見の魔法からは、大男の笑い声と悲鳴と泣き声が入り混じって聞こえていた。
しかし、最後の方は、大男の笑い声も聞こえず、ただ、破壊の音だけだった。
ライトはありとあらゆる魔法を使っていたし、見たことのない魔獣や幻獣も召喚していた。
マリウスはかつてないスピードと、めったに見せない棒で攻撃を繰り返していた。その動きの一つ、一つが、私の心にいつも以上のマリウスを感じさせていた。
しかし、大男の言うように、その強さは別格だった。
ライトの召喚したものをすべて素手で粉砕し、マリウスのスピードに乗った攻撃も、全て簡単にあしらっていた。
ただ、それでも二人は、いつしか見事な連携技を見せていた。
ライトの召喚獣が大ぶりの攻撃を誘発させた瞬間、大男の感覚を狂わすように単純な光の魔法を使って攪乱していた。
その隙をついて、マリウスの棒が確実に男の体にダメージを与える。
全身鎧に打撃はあまり役立たない。
マリウスは、頭部を集中的に狙っていた。
まず、一人では歯が立たない。
でも、二人が協力したら何とかなる可能性がそこにあった。
たぶん、二人もそれをよりどころにして戦っていたのだろう。次第に連携もスムーズなものになっていった。
でも、大男はそれすらも楽しんでいた。
『なんとかなる』そう思うこと自体が間違っていた。
かなりのダメージを与えたかと思った時、男の体から光があふれ、瞬時に今までの傷を癒していた。
それを見た瞬間、二人の希望は、疲労と手を携えて絶望という暗闇へと歩き出していた。
ただ、マリウスはそれでもあがいて見せた。
その時は、生きる意志を捨ててはいなかった。
目に涙をたたえながら、必死に大男に立ち向かっていた。
しかし、一人では相手にはならなかった。
そして、大男の顔からは、次第に興味の色が消えていった。
ライトがあきらめの表情を見せて、魔法を使わなくなると、その辺に転がっている石を投げて、ライトの足を簡単に折っていた。
それをマリウスに治療させ、無理やり魔法を使わせていた。
ライトの
そして、ライトの意志が砕けたのを見ると、今度はマリウスに攻撃し、ライトに無理やり治療させていた。
それが繰り返し行われていた。
そしてライトの精神は破綻していった。
治療を嫌がるライトの足の指を、一つ、また一つと、順番に折っていき、無理やりにでも治療させていた。
そうして、ついにマリウスもライトも動く意思すらなくしたときに、ライトの手足を順番に切り落としていった。
もはやライトからは、苦痛の声も出てこなかった。
それを呆然と見つめるマリウス。
そこにいるのは、すでに生きる意志を無くした人の姿だった。
『つまんねぇ』
最後にそう言って、マリウスの頭を蹴り飛ばしていた。
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