第33話真の勇者を名乗るもの
仇をうたなくてはならないという気持ちがあった。
何処からともなく、徐々に這い出してきたその気持ちに、私は応えるすべを持っていなかった。
今の私には、立ち上がる力すら残されていなかった。
いつの間にか、遠見の魔法が目の前で大きく映し出されている。
私だけではなく、精霊たち全員がそれを見る事が出来るように、
身動きの取れない私は、そこに映るマリウスたちの姿を、固唾をのんで見守るしかなかった。
*
「おいおい、興ざめだぜ! 王様とっちまたら、あれを発動できねーじゃねーか! 目の前の雑魚はいいとしてよ。そっちの三人とは、まだ遊んでないんだぜ?」
全身鎧の大男が、ハルバードを肩に担ぎながら、あきれた感じで叫んでいた。
その声は、国王の横にいつのまにか現れた黒装束の男に向けられているようだった。
「しかし、ジェイド様。この三名は我らと同じ感じがします。真の勇者がいない以上、解放して、味方に……」
「そんなもん、知るかよ。関係ねーよ。所詮、そいつらもお前も、俺達真の勇者の偽物だろうが! 真の勇者とそれ以外の勇者にはよ、格の違いってもんがあるんだよ! わかるだろ? お前も、そいつらも、何人いても変わらんよ!」
黒装束の男の言葉を、大男は即座に否定していた。
しかし、あれが真の勇者……。
何となくそう思ったけど、やっぱりそうだったんだ……。
「大体、この国に真の勇者がいないのが悪い。そいつ喰ったら、後は好きにしてもいいけどよ、喰えねーんじゃ、遊ぶしかないだろ、そいつらで」
黒装束の男は――まるで忍者のように表情は見えないが――、一瞬何かを言いかけて、その場から消えていった。
大男は、鼻を鳴らして、それを見送っていた。
「というわけで、もうこの国も終わったわけだ。まあ、あんたらは召喚呪から解放されたわけだけど、分かるか? 俺はその感覚はしらねーから、うまく説明はできないけどよ。ちょっと体に違和感があるよな? 本当なら悔しくないはずのものが、こみ上げてくるよな? そういうもんらしいぜ。まあ、一日もたてば、それは消えるらしいけどよ」
召喚呪からの解放?
やっぱりさっきのはそういう事だったんだ。
「あんたらは逃げなかったから、能力は保持されているぜ。もっとも、逃げた奴なんて見たことないから、わかんねーけどな! いや、それどころか、国王の近くにいたんだから、敵討ちする気持ちにのっかれば、能力が飛躍的に上がるらしいぜ。あんたらは、それなりに強そうだしよ。ひょっとしたら楽しめるんじゃないかって、期待しているわけよ! この国には真の勇者がいないようだし、せめて俺の遊び相手で殺してやるよ。国王が殺された後にでる、爆発的に生まれる力ってのが、真の勇者にどこまで迫るのか、この際だから、味わっとくぜ!」
瞬間、大男がハルバードを真横に振るった。
さっきまでいたところではなく、マリウスの目の前にいた、四人の勇者の所で。
余りに一瞬の出来事で、四人の勇者は何が起きたのかわからなかっただろう。
首と胴が離れたことすら認識してなかったかもしれない。
「はっ、これは血のカーテンってやつか? 雑魚がパワーアップしても分からんな。はは、血の吹き上がり方が、パワーアップってわけか?」
大男は返り血を真っ赤に浴びながら、ハルバードの先で、一人ずつ押し倒していった。
「卑怯な! そうやって不意打ちするのがハボニ王国の勇者のすることなの!」
マリウスの叫び声がかすれていた。
あのマリウスが、緊張しているのか?
「バカいうなよ、見えないもんが悪いんだろ? あと、卑怯っていうなよ! 傷つくぜ! 一応言っとくがな、この王都は芸術性が高いんだと、俺にはわからんが、そういう事だから仕方がない。俺だって、いつものように街で暴れたかったさ。でも、国のいう事は聞かないとな。遠征に出してもらえなくなるじゃないか。だからこうして山越えてきたんだって。大変だったんだからな、山越え。でもよ、あれだ。弱いもんほど、よく吠えるよな」
大男の声に、マリウスが今にもとびかかりそうになっていた。
「マリウス!」
ミストの声に反応したマリウスが、瞬時に真横に飛びのいた。
それまでマリウスがいた空間に、小さな竜巻が沸き起こっていた。
しかし、瞬時に大きくなったそれは、荒れ狂う脅威となって周囲にその力を見せつけていた。
遅れて、無数の水の槍が出現し、最後に光の槍が、大男へと迫る。
それらを追うようにして、竜巻は大男へと向かっていった。
そして竜巻から大男に向けて、空気の刃が放たれていた。
荒れ狂う竜巻は、どんどん大きくなり、ついに謁見の間の天井をも吹き飛ばしていた。
それでも飽き足らず、周りのものを巻き上げていく。
大男の連れていた勇者も、この国の死んだ勇者も国王も、関係なく吸い込んで吐き出していた。
この暴風の中では、ライトもマリウスも何かにつかまって飛ばされないようにしている。
大男も、片手でハルバードを床に打ち付けて、体を固定していた。
ミストの召喚した風の上位精霊が、その後ろで魔法を繰り出した結果だった。
そして、水の槍は追尾する槍だ。
どこまでもしつこく追ってくる水の槍。
壁にぶつかろうが、床にぶつかろうが、その瞬間には水に戻り、そして方向転換して再び襲ってくる。
ミストの召喚した水の上位精霊。
その攻撃は無限に押し寄せる波のようだった。
そして、竜巻から生じたのはカマイタチのようなもの。
見えない真空の刃は、本当に避けるのが難しい。
しかも、竜巻が体を引っ張ってくるから、思うように動きづらい。
そして、とどめの光の槍。
何度も味わった、ミストの必勝パターン。
でも、規模が違いすぎる。これが、ミストの本気の力なのか……。
竜巻にのまれた大男は、風に引き裂かれ、水の槍に無数の穴をあけられているだろう。そして最後には、大男の腹に光の槍が突き刺さっていた。
苦痛の声も、断末魔の叫びも竜巻にかき消されて聞こえなかった。
はずだった。
「まあ、精霊使いなんざ、本人やっちまえば簡単だけどな」
その声に振り向いたミストが、最後に見たのはおそらく男の拳だろう。
ミストの綺麗な顔がつぶれた瞬間、頭は無残にはじけていた。いきなり無くなったそれを探すように倒れるミストの体。
「ああ、しまった。顔だけはやめときゃよかったかな? いい体してるから、思わずそっち残したわ」
言葉とは裏腹に、ミストの体を蹴り飛ばしていた。
かつてミストの体だったものが、壊れた謁見の間の壁に打ち付けられて、そのまま崩れ落ちた。
さっきまで男のたっていた場所には、ハルバードだけが床に突き刺さっていた。
「さ、次はどいつかな?」
大男の呟きをかき消すように、無数の石が大男に襲い掛かっていた。
面倒なことだという風に、手で払いのける大男。
顔以外は当たるに任せているが、その鎧には傷一つついていないようだった。
「へー、あんた召喚タイプね。でも、そんな岩人形、俺の相手としては力不足! もっとも、魔法が効きにくいんだけどな、俺」
大男がゴーレムに向かっていく横を、マリウスの蹴りがさく裂する。
難なくそれを避けた大男は、そのままゴーレムたちを蹴り払った。
全身鎧をきた大男なのに、信じられない身のこなしだった。
だが、大ぶりの攻撃は、攻撃直後に一瞬の隙を生む。
その瞬間をマリウスは見逃さない。
狙いすましたとび蹴りが、大男の後頭部を確実に襲っていた。
大男は頭に防具をつけていない。
マリウスの本気の蹴りを受けて、無事で済むわけがない。
マリウスの顔は、手ごたえを感じた時の顔だった。
一瞬、大男の体は大きく揺れ、そのまま床に倒れる。――はずが、倒れなかった。
マリウスが手ごたえを感じた瞬間、大男の体が光に包まれ、何事もなかったように、首を鳴らしていた。
「うーん、やっぱこの能力はすげーな。前よりもすごくなってる気がするぜ。今のは結構痛かったけど、一瞬だもんな。もう反則級につえーよな、俺」
必殺の笑みから、驚愕の表情に変わるマリウス。
しかし、とっさに男から距離をとっていた。
「まあ、能力の成長も確かめたし、せいぜい頑張ってみな。でもよ、中途半端な攻撃じゃ、この俺の力の前には無力だぜ。まあ、心臓を一突きするぐらいの覚悟でこいよ!」
男は、つかみそこなった手を、繰り返し握りながら見つめている。
「あと、早いのは認めてやるよ。でも、それも勇者の中での話だな」
マリウスに向けて放つ笑みは、一瞬にしてマリウスの心に恐怖を植え付けたようだった。
あのマリウスが……。後退している!?
男は悠然と自分の武器に歩いていく。押されるように、マリウスが下がっていた。
あんなマリウスの顔を見たのは初めてだ……。
そこには、恐れがあった。
そこには、不安があった。
それもそうだろう。あの蹴りは致命傷だったはずだ。それを、あんな一瞬で治していた。
「マリウス、さがれ!」
いつにないライトの厳しい声で、マリウスは我に返ったようだった。
床を大きく蹴って、ライトの隣まで飛んでいた。
「化け物め! これでも喰らえ!」
ライトの詠唱が、天井のなくなった謁見の間に流れている。
必死な表情のライトは、詠唱を早く完成させようとしているのだろう。詠唱中の無防備を補うように、マリウスが盾となっていた。
しかし、大男はその様子を楽しそうに見つめていた。
妙にそわそわしている。
どんな魔法なのか、楽しみで仕方がないといった感じだった。
やがて、ライトの詠唱は終わりを迎え、ライトとマリウスはドーム状の光の中にいた。
勝ち誇ったような表情を、ライトは大男に向けていた。
そのとき、東の方から、明るい光が差し込んできた。
かなり明るくなったとはいえ、まだ太陽は十分に顔をのぞかせてはいないはずだった。
そして、太陽だと思ったそれは、いつの間にかその真なる姿を見せていた。
*
大気をふるわし、焼き尽くしている。
大気の悲鳴は、私の耳にも届いていた。
遠見の魔法の音声と、自分の耳が聞く音はずれているが、私の耳に聞こえる音の方が若干早かった。
痛みに耐えて見上げた瞬間、はるか空の上を巨大な炎の塊が飛び去っていった。
慌てて視線を遠見の魔法の映像に向ける。
「隕石! 隕石を召還したのか! ライト!」
なんて真似をしてくれるんだ!
あんな大きさのものが落ちると、王都一帯は消し飛ぶに違いない。
まだ生き残っている街の人がいるかもしれないんだぞ!
「お前にそんな権利、あるもんか!」
武器屋の店主も、冒険者組合にいた連中も、組合長も、みんな必死にその日を暮していた。
そして、明日を夢見ていた。
一攫千金を狙って、無謀な挑戦をしていた若者。
綺麗な嫁さんをもらったから、引退すると言ってたおじさん。
やたら迫ってきた女冒険者。
まだ生き残っているかもしれないんだ! 明日を信じて、戦っているかもしれないんだ!
「勇者だからって、それを奪っていいことなんてない!」
いくら目の前の恐怖に打ち勝つためとはいえ、守るべきものを犠牲にしてなんになる。
守りたい。
でも、私はこんなところにいる……。
ああ、なんて私は無力なんだ……。
マリウスたちを助けることもできず、街の人たちを守ることもできない。
それどころか、街の様子すらわからない。
「くそ!」
両手を地面に打ち付けて、何とか体を起こした。
その瞬間、遠見の魔法を通して、大男の声が聞こえてきた。
*
「あー。あれ落ちたら、さすがに怒られるな……。おまえさ、勇者だからってやっていいことと悪いことあるの、わからないの? さては子供だな、お前」
マリウスを抱えたライトは、ほのかに光るドーム状のものにくるまれていた。
大男はそれを一瞥すると、自分の武器をしげしげと眺めだした。
「これ、結構気に入ってたんだけどな……。まあ、しかたがない。この国は芸術的に美しいから、あまり傷をつけるなと言われてたけど……。王城はこいつらがやったから、勘弁してもらうとして、さすがにこれはまずいわな」
ハルバードを右手に、投擲の構えで狙い澄ましていた。
*
「いったい、何を? まさか!?」
思わずそうつぶやいていしまった。
ハルバードで、隕石を迎撃するつもりなのか?
「ばかな、ありえない! どうしたらそんな発想になるんだ!」
でも、心の中では何とかなるような気がしていた。
それに何の根拠もない。
それはたぶん、私の願望がそう思わせているに過ぎないのだろう。
「でも、お願いだ!」
その時、私はあの隕石が粉々に砕け散るどころか、跡形もなくなる姿を思い描いていた。
神様なんて、信じられない。
勇者なんて、もっと信じられない。
でも、この瞬間だけは話は別だ。
いつしか私は、両手を組んで願いを託していた。
そうすれば、街で生き残っている人がいれば、助かる。
その願いに応えてくれるかのように、大男の体が光に包まれていく。
大男の気合の声が聞こえるや否や、まばゆいばかりの輝きをもって、一条の光が隕石を貫いていた。
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