第32話王城炎上

泉華せんか、街の様子は?」

走りながら、頭の中に入ってくる映像を街に向けようとしたときに、激しい頭痛が襲ってきた。


あまりの痛さをかき消すように、思わず叫び声をあげてしまう。

のた打ち回れないのが、こんなにつらいとは思わなかった。


私の様子が、あまりに異常だったのだろう。

泉華せんかが瞬時に王城へと切り替えてくれていた。

その瞬間、頭痛はピタリとおさまっていた。


「くそ! なんで街を見ちゃいけないんだ!」

言い知れない怒りが全身を駆け巡る。

でも、これこそが呪いなんだろう。


国を守る概念の中に、国民は入っていない。


「王城を詳しくお願い。マリウスとミストはどうしてる? 国王は無事なのか?」

国という枠組み。

その象徴たる国王を守るために、勇者はいるんだ……。


召喚の時にちらりと見た国王。

その後あらためて、謁見の間で見た国王。

その確認をしなければならないという気持ちが芽生えていた。


いつも会っている人の安否は分からない。

知ることさえも、今は阻まれてしまう。


呪いの効果は、確実に私をむしばんでいる。


でも、王都には五千人の勇者がいるんだ。

攻めて来たのだから、さすがに襲撃者とは戦うだろう。

普段我がもの顔で暮らしているんだ、こんな時くらい役に立つと信じたい。


今はそれに期待するしかない……。


襲撃者が何者かは知らないけど、マリウスやミストだっている。

ライトだって、特別な日の勇者だから、きっと何とかしてくれるに違いない。


それを信じて走り続けるしかない。


泉華せんかが王城を探してくれている間、私は自分の体を扱うすべを探っていた。

どうやっても、走るスピードを変化させることはできそうになかった。

ただ、王城に向かうために必要なことは邪魔されなかった。

躱したり、破壊したりはできるようになっている。


木々の間を走り抜けることに、割と慣れてきた頃、泉華せんかが再び映像を頭の中に流してくれた。



国王とマリウスたちの姿が私の頭に描かれた時、私の中で安心感が生まれた。

マリウスたちは国王と共にいる。

記憶にあるその情報が、そこは謁見の間だと言っていた。


たぶん、呪いの影響なのだろう。周囲には多くの勇者が集まっていた。たぶん百人くらいはいるのだろう。


泉華せんかが情報を得るために、視点を色々動かしてくれている。


全身鎧を着た大男とマリウスたちは戦っているのだろう。大男の周りには、勇者の死体が転がっていた。

それにしても、顔を出しているということは、指揮官か何かだろうか?



別に顔を出さなくても、その体格でまわりと区別つきそうなものだが……。

それとも一種の自己顕示か?

いずれにせよ、マリウスがそこを見逃すはずはない。


そして、大男のうしろにも、勇者のマントをつけた人間がいた。鎧には、どこかの国の紋章が刻まれているから、たぶんどこかの国が攻めてきたに違いない。


そう言えば、ハボニ王国が不穏な動きを見せていたんだっけ……。

もう、半年以上もそう聞かされていると、なんだか現実味を失っていた。


考え事をしている間にも、大男の周りには、勇者の死体が積み重なっていた。

まるでゴミのように、それらを足で払いのける大男。


それでもひるまず、勇者たちは一斉に大男に戦いを挑んでいた。

雄叫びをあげる勇者たち。


しかし、大男はつまらなそうに勇者たちを払いのけていた。


一撃。

ただの一撃で、何人もの勇者が雄叫びだけを悲鳴に変えていた。


それでも勇者は大男に向かっていく。


叫びと悲鳴が共演する舞台の上で、大男はつまらなそうに舞っていた。

ハルバードの一振りで、何人もの勇者がこの世界から旅立っていく。


必死な形相で挑む勇者たち。

つまらなそうに、戦う大男。

大男の後ろで、ただ見守る他国の勇者たち。


気が付くと、

国王の周りには、マリウスとミスト、それにライトを含め、数十人の勇者が残っているだけになっていた。


心の中に焦りが生まれる。


この速度で行けば、たぶんあと一日もかからずに到着できるだろう。

それまで何とか持ちこたえて……。


そう思った私を、もう一人の私があざ笑っていた。

私にどれほどの力があるというのか……。


もう、信じるしかない。


私よりも強い、マリウスとミストにお願いするしかない。

帰ったら、いなかったことをさんざん責められるに違いない。


それでもいい。

お願いします!

後で、どんなお仕置きでも受けるから!


心の叫びとは裏腹に、頭の中ではあるイメージが描かれている。

それを振り払おうにも、全くその事が頭から離れないようになっていた。



もうどのくらいたったのだろう。

森の中を走り出して、もうずいぶん時間が経っていた。

春陽はるひが照らし出していないところも、うっすらと見えやすくなってきている。


よほどつまらなくなったのか、大男は後ろの勇者たちを戦わせていた。


勇者と勇者の戦いは互角。

それだけ、大男の力が大きいということに違いない。

ふと見ると、マリウスが攻めようとするのを、ライトが抑えていた。


お互いに強者の介入がいないまま、謁見の間の攻防は、一進一退の様相を呈していた。


その間、私の体は、いくら傷つこうが、疲労で悲鳴を上げようが、休むことなく走り続けていた。


もう、自分の意志では体を動かすことすらできない。

ただ、王城に戻ることのみを体が選んでいる。


しかし、いかに強靭な勇者の体とはいえ、これでは身がもたない。


武器も装備も魔法の鞄も、全てあの野営してた場所に置き去りにしている今、回復の薬すらない。


かろうじて魔法の鞄に入れてなかったものだけが、私の持ち物になっている。


最低限つけていた防具も、今ではすでに外れてしまっていた。


これでは全くの子供だった。城に帰ったところで、どれほどの役に立つのかわからない。


しかも、この速度では十分小回りも効かない。

だから私は、出来る限り躱しながら走っている。

それでもすべては躱しきれない。

時には素手で木をなぎ倒しながら走っていた。


体のあちこちから悲鳴が聞こえてきたけど、体は全くそれに応じようとはしなかった。

まさにこれは、勇者の呪いにふさわしいものだった。


ひたすら帰ることだけを果たそうとしている。

私の体なのに、体はいう事を十分に聞いてくれない。


気を失っても、走り続けるんじゃないか?


そう思う程、体はひたすら走り続けている。

時折、意識が飛びそうになるのを、痛みがしっかり捕まえていた。


体の中から絶え間なく、王城へ向かえと声がする。


まるで私は、私の体という乗り物に乗って、王城へと向かっているようだった。


気が付くと、うっすらと、景色が白んできていた。


いつもなら夜明けを告げる鳥の声は、今は聞こえない。

たぶん、私の接近に驚いて逃げているのだろう。

もう間もなく、朝日が顔を出すだろう。


春陽はるひが明かりをつけるのをやめたその時、突然私の体に自由が戻ってきた。


引っ張られた力と押される力が急に無くなった途端、足は正直に動けなくなっていた。

しかも、それだけではなく、全身が言うことを聞いてくれなくなっていた。

前のめりで地面に倒れても、受け身すら取れなかった。


それでも、その瞬間は見逃さなった。


急激な力の消失を感じたその瞬間、遠見の魔法が映し出していたのは、まさに国王の首が宙に舞う姿だった。

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