第32話王城炎上
「
走りながら、頭の中に入ってくる映像を街に向けようとしたときに、激しい頭痛が襲ってきた。
あまりの痛さをかき消すように、思わず叫び声をあげてしまう。
のた打ち回れないのが、こんなにつらいとは思わなかった。
私の様子が、あまりに異常だったのだろう。
その瞬間、頭痛はピタリとおさまっていた。
「くそ! なんで街を見ちゃいけないんだ!」
言い知れない怒りが全身を駆け巡る。
でも、これこそが呪いなんだろう。
国を守る概念の中に、国民は入っていない。
「王城を詳しくお願い。マリウスとミストはどうしてる? 国王は無事なのか?」
国という枠組み。
その象徴たる国王を守るために、勇者はいるんだ……。
召喚の時にちらりと見た国王。
その後あらためて、謁見の間で見た国王。
その確認をしなければならないという気持ちが芽生えていた。
いつも会っている人の安否は分からない。
知ることさえも、今は阻まれてしまう。
呪いの効果は、確実に私をむしばんでいる。
でも、王都には五千人の勇者がいるんだ。
攻めて来たのだから、さすがに襲撃者とは戦うだろう。
普段我がもの顔で暮らしているんだ、こんな時くらい役に立つと信じたい。
今はそれに期待するしかない……。
襲撃者が何者かは知らないけど、マリウスやミストだっている。
ライトだって、特別な日の勇者だから、きっと何とかしてくれるに違いない。
それを信じて走り続けるしかない。
どうやっても、走るスピードを変化させることはできそうになかった。
ただ、王城に向かうために必要なことは邪魔されなかった。
躱したり、破壊したりはできるようになっている。
木々の間を走り抜けることに、割と慣れてきた頃、
*
国王とマリウスたちの姿が私の頭に描かれた時、私の中で安心感が生まれた。
マリウスたちは国王と共にいる。
記憶にあるその情報が、そこは謁見の間だと言っていた。
たぶん、呪いの影響なのだろう。周囲には多くの勇者が集まっていた。たぶん百人くらいはいるのだろう。
全身鎧を着た大男とマリウスたちは戦っているのだろう。大男の周りには、勇者の死体が転がっていた。
それにしても、顔を出しているということは、指揮官か何かだろうか?
別に顔を出さなくても、その体格でまわりと区別つきそうなものだが……。
それとも一種の自己顕示か?
いずれにせよ、マリウスがそこを見逃すはずはない。
そして、大男のうしろにも、勇者のマントをつけた人間がいた。鎧には、どこかの国の紋章が刻まれているから、たぶんどこかの国が攻めてきたに違いない。
そう言えば、ハボニ王国が不穏な動きを見せていたんだっけ……。
もう、半年以上もそう聞かされていると、なんだか現実味を失っていた。
考え事をしている間にも、大男の周りには、勇者の死体が積み重なっていた。
まるでゴミのように、それらを足で払いのける大男。
それでもひるまず、勇者たちは一斉に大男に戦いを挑んでいた。
雄叫びをあげる勇者たち。
しかし、大男はつまらなそうに勇者たちを払いのけていた。
一撃。
ただの一撃で、何人もの勇者が雄叫びだけを悲鳴に変えていた。
それでも勇者は大男に向かっていく。
叫びと悲鳴が共演する舞台の上で、大男はつまらなそうに舞っていた。
ハルバードの一振りで、何人もの勇者がこの世界から旅立っていく。
必死な形相で挑む勇者たち。
つまらなそうに、戦う大男。
大男の後ろで、ただ見守る他国の勇者たち。
気が付くと、
国王の周りには、マリウスとミスト、それにライトを含め、数十人の勇者が残っているだけになっていた。
心の中に焦りが生まれる。
この速度で行けば、たぶんあと一日もかからずに到着できるだろう。
それまで何とか持ちこたえて……。
そう思った私を、もう一人の私があざ笑っていた。
私にどれほどの力があるというのか……。
もう、信じるしかない。
私よりも強い、マリウスとミストにお願いするしかない。
帰ったら、いなかったことをさんざん責められるに違いない。
それでもいい。
お願いします!
後で、どんなお仕置きでも受けるから!
心の叫びとは裏腹に、頭の中ではあるイメージが描かれている。
それを振り払おうにも、全くその事が頭から離れないようになっていた。
*
もうどのくらいたったのだろう。
森の中を走り出して、もうずいぶん時間が経っていた。
よほどつまらなくなったのか、大男は後ろの勇者たちを戦わせていた。
勇者と勇者の戦いは互角。
それだけ、大男の力が大きいということに違いない。
ふと見ると、マリウスが攻めようとするのを、ライトが抑えていた。
お互いに強者の介入がいないまま、謁見の間の攻防は、一進一退の様相を呈していた。
その間、私の体は、いくら傷つこうが、疲労で悲鳴を上げようが、休むことなく走り続けていた。
もう、自分の意志では体を動かすことすらできない。
ただ、王城に戻ることのみを体が選んでいる。
しかし、いかに強靭な勇者の体とはいえ、これでは身がもたない。
武器も装備も魔法の鞄も、全てあの野営してた場所に置き去りにしている今、回復の薬すらない。
かろうじて魔法の鞄に入れてなかったものだけが、私の持ち物になっている。
最低限つけていた防具も、今ではすでに外れてしまっていた。
これでは全くの子供だった。城に帰ったところで、どれほどの役に立つのかわからない。
しかも、この速度では十分小回りも効かない。
だから私は、出来る限り躱しながら走っている。
それでもすべては躱しきれない。
時には素手で木をなぎ倒しながら走っていた。
体のあちこちから悲鳴が聞こえてきたけど、体は全くそれに応じようとはしなかった。
まさにこれは、勇者の呪いにふさわしいものだった。
ひたすら帰ることだけを果たそうとしている。
私の体なのに、体はいう事を十分に聞いてくれない。
気を失っても、走り続けるんじゃないか?
そう思う程、体はひたすら走り続けている。
時折、意識が飛びそうになるのを、痛みがしっかり捕まえていた。
体の中から絶え間なく、王城へ向かえと声がする。
まるで私は、私の体という乗り物に乗って、王城へと向かっているようだった。
気が付くと、うっすらと、景色が白んできていた。
いつもなら夜明けを告げる鳥の声は、今は聞こえない。
たぶん、私の接近に驚いて逃げているのだろう。
もう間もなく、朝日が顔を出すだろう。
引っ張られた力と押される力が急に無くなった途端、足は正直に動けなくなっていた。
しかも、それだけではなく、全身が言うことを聞いてくれなくなっていた。
前のめりで地面に倒れても、受け身すら取れなかった。
それでも、その瞬間は見逃さなった。
急激な力の消失を感じたその瞬間、遠見の魔法が映し出していたのは、まさに国王の首が宙に舞う姿だった。
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