第31話野営

「いくら使い魔だって言っても、挨拶もなしに消えるなんてありなのかな?」

森に入って四日目の晩遅くに、組合長の使い魔は突然いなくなっていた。

今まで、この辺りまでは来たことがなかった。


ここは私にとって未知の領域となっている。


だから、案内役の使い魔を頼りにしていただけに、いなくなると少し寂しさを感じていた。


せめて、いなくなるときには何か言ってほしかったな……。

まあ、途中で引き返すって言ってたから、仕方がないか……。


「でも、やっぱり何か一言あってもいいんじゃないか?」

それで許されるなら、マリウスやミストにあんなに怒られた私の立場って、一体どうなるというのだろう?


まあ、私は使い魔じゃないけど……。

やってたのはたぶん、お使いみたいなものだから、立場的には、そう変わらないはずだ。


今度会ったら、文句の一つも言ってやろう……。


「あっ、なるほど」

理解がすっぽりと手のひらに収まっていた。


でも、使い魔か……。

相変わらず、古代語魔術は良くわからない。


この魔法の鞄にしても、原理はさっぱりだけど、何となくあの四次元に通じるポケットだと思えば、すんなり使う事が出来ている。


『原理を知らなくても使う事が出来るのが現代人だ』

記憶の中にある、誰かの言葉がこだました。


それってつまり、使い方にしか興味がないってことだと思う。

でも、それはなにも現代人だけに限ったことじゃない。この世界でも同じだった。


この世界の歴史をひも解くと、古代語文明があり、そこでは魔法文化が栄えていた。

そこでは数多くの魔法が生み出され、数多くの魔道具が開発された。


組合長によれば、この鞄もそのうちの一つだという。


そう言えば、組合長とはいろいろ話をした……と思う。

そして、色々な事も教わった……と思う。

なんだか、いつも遊ばれてただけのような気がしてるのは気のせいだろうか……。


たしかに博学で、実力もとびぬけている。顔も広くて面倒見も良い。性格は明るいけど、ちょっとミステリアスな部分もある。

まさしく、冒険者組合の『おふくろさん』って感じだよな……。


じいさんだけど……。


「でも、名前なんて言うんだっけ?」

最初、『組合長でいいですよ』と言われた。

だから、そう呼んでいるうちに、それが当たり前になってたから、今まで気にしてなかった。


「まあ、いいか。帰ったら聞いてみよう。それにしても、あの短時間で、よく準備してくれたもんだ」

目録はもらったけど、あらためて物を見るとその量に圧倒された。


今、目の前には約一ヶ月分の水と食料が並んでいる。


今までは適当に出していた。

でも、ここはもう未知の領域だ。

これから先、落ち着いて荷物の整理が出来るかわからない。

そう思って荷物の整理を始めたけど、その量はとんでもないものだった。


「でも、いったんやりだすと、こだわるんだよな。こういうのって……」

テスト前に部屋の整理をしたくなるようなものかもしれない。

不安な気持ちがそうさせるんだって、誰かが言ってた気がする。



でもいいや。どうせなら、食料は小出しに出来るように、一週間分ずつに分けてみよう。

回復薬も効果順にまとめておくか。

お金も……。

この布きれと手紙は、とりあえずポケットに入れておこう。


そうだ、依頼品とか入れる袋を別に用意した方がいいか!


どんどん出していくと、山のように積み上がってしまった。

焚火の炎で揺れる影が、それを少し多く見せているのかもしれない。


本当に、よくこんな小さな鞄に入っているもんだ。

仕組みが気になるけど、考えたってわからない。


「まっ、分からないことを考えても仕方がない。とりあえず作業を続けよう」

こんな鞄は元いた日本でも作れない。それを理解しようとしても、最初から無駄な足掻きだと思う。

理解するには、土台がいる。この場合は、高度な魔法の知識がそうだろう。


それを持つと、こんなすごいものが作り出せるんだ。


でも、それほどの高度な魔法文明があっても、今は滅んで、その遺産だけとなっている。


そして、その文明が滅んだ後に、今に続く王国がある……。


ただ、何となく。

何の前触れもなく、組合長から教わった事が頭をよぎった。


「ひょっとして、文化や文明ってのは、相手を飲み込むものなのか?」

ふとした疑問に、整理の手が止まっていた。


そう言えば、古代王国期には、古代語が言語だったらしい。


言葉に力を与えて魔法を発動させるのが、古代語魔法というものと聞いている。

力を持たないものには、魔法として発動させることはできない。


だから古代語は、この世界の共通言語であり続けた。


しかし、そこから世界が分裂し、四十八の国となった時には、四十八の言語が派生したようだった。

つまり、古代語から、新しい言語が出来上がったということになる。それは、新しい文化の誕生なのだろう。



「前は聞き流してたけど、よく考えると、それって大変なことだよな」

今から五百年前、四十八の勇者が召喚された時代は、大変だったと思う。

始まりの勇者はどうやってこの世界の人と意思疎通をはかったのだろう?

私は英語と日本語だけでも苦労したというのに……。

それが四十八って理解できない。


そして、今では日本語が共通言語になっている。よくよく考えると、ありがたいことだった。


どういう経緯でそうなったのかはよくわからない。でも、たぶん魔王討伐のために、意思統一が必要だったに違いない。


勇者と、この世界の国々で共通言語を模索したのかもしれない。


それで選ばれたのが、日本語。


たまたま勇者が全員日本から召喚されていたのだろう。

歴史書にも、始まりの勇者は力を合わせて魔王と戦ったと書いてあった。


そして、この世界に日本語が普及していった。

だから、私は苦労なくこの世界にいる事が出来る。


でも、まてよ……。

言い換えれば、この世界の言語を、日本語が喰ったということになるのか……。


「そう考えると、勇者はこの世界の文明を滅ぼしたのかもしれないな……」

言っていて、冷や汗が出てきた。

心臓が、口から出そうなほど脈打っている。

さっき考えたこと。それは、四十八の勇者にとって切実なことだったに違いない。

そして、勇者は力があり、世界は日本語を共通言語とするようになった。


現実として、力あるものが欲した時に、それが起こったということだ。


ふと気づくと、精霊たちが一斉に集まってきた。

どの顔も、不安そうな表情を見せている。たぶん心配してくれてるんだろう。


「うん、大丈夫。大丈夫だから……」

ちょっと落ち着こう。

荷物の整理は、それからでいい。

周囲に敵対する気配はない。


剣も防具も外して少し気分転換しよう。


相変わらず、精霊たちは心配して見守ってくれていた。


目録をもう一度広げて中身を確認する。

ひらがなだけで書かれたそれは、なかなか読みづらいものがあった。


「でも、さすがに漢字は難しかったのかもしれないな」

作り笑いだけど、笑顔を精霊たちに向けてみた。


だめだな、ちょっと意識を変えよう。

精神の動揺は、精霊たちに隠しても、やっぱり無駄だった。


確かにひらがなは普及している。

漢字はほとんど普及していない。


漢字の知識は、召喚された勇者の元の年齢に左右されるからだろう。


私や、マリウスやミストは、それなりに漢字は知っているけど、マリウスから聞いたミストの元の年齢は十三歳だった。

当然、それ以下の勇者がいても不思議じゃない。


結果的に『ひらがな』しか教える事が出来なかったに違いない。

でも、そのせいでこの世界に独自に生まれた言語が消えてしまった。


「落ち着いたら、古代語も勉強してみるよ。国に縛られているから、出ることはできないけど、出来るなら四十八の言葉を集めたい」

魔法が使いたいというわけでなく、この世界で生きていく以上、この世界の言葉に触れてみたい。

勇者によって滅ぼされたのなら、せめてそれを記録として残しておこう。


「よし、作業を完成させて、もう休もう」

そう思って、食料を手にしようとした瞬間、急に頭と胸が締め付けられるような痛みがはしった。


それは、ここにいることが罪だと言わんばかりに、私の体を内側から痛めつけ、外側から絞めつけだした。


「ぐ……」

言葉を発することもできない。


とにかく、王城へ。

それは、そう要求してきている。


泉華せんか……。


言葉ではなく、意識で泉華せんかに訴えかけた。

とにかく、王城へ。

しきりに、何かがそう告げている。


泉華せんかの遠見の魔法が展開される。

でも、それを待っている余裕はなかった。


体が勝手に立ち上がり、王城へ向けて走り出す。


すると、ほんの少しだけ痛みが和らいでいた。


「ヴェルド!」

精霊たちも置き去りにして、私の体は走りだしていた。


それでも相変わらず、ここにいることが罪であるかのように、私の体を痛めつけている。

枝や棘が服を切り裂いても、私の体は走りをやめなかった。


とにかく、王城へ。何者かが、しきりにそう訴えていた。


まるでその苦痛を和らげる手段を知っているかのように、すでに体は言うことを聞かなくなっていた。


ふと気が付くと、いつの間にか春陽はるひが前を照らしだしてくれていた。

たぶん私の異常を感知しているのだろう。

精霊たちは私を取り巻きながら、走りやすいようにしてくれている。


とにかく、王城へ。

とにかく、王城へ。

とにかく、王城へ。


訳の分からない要求に、体は素直に応じている。


全員で王城に向かっていく中、痛みは相変わらず続いていた。でも、近づくにつれて、だんだん和らいでいくのも分かる。

しかし、今はまだ痛みと締め付けで、どうにかなりそうだった。


泉華せんか、王城を」

何とかそう告げて、走りながらその光景を見た。



「燃えてる? 王城が!?」

遠見の魔法で展開されている様子は、いつしか頭の中で描かれるようになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る