第30話旅立ち

なるほど、依頼料が机の弁償代というわけが分かった。


依頼主は顔の見えない人。

もしくは犬?


そして、内容を表に出せない以上、組合としても正式に依頼は出せない。そして、たぶん記録にも残せない。

あくまでこれは、組合長の独断だろう。


でも、依頼という形にした。

正式かそうでないかは、関係がない。お願いではなく、命令でもない。

それが本当かどうかも、この際は関係ない。ただ、大切なものと同等に、価値のあるものとして考えられる依頼にした。


そして、私のことを勇者ではなく、勇気ある冒険者だといってくれた。

こんな私でも、冒険者だと認めてくれたんだ。


私は今、いったいどんな顔をしているのだろう。


それに、何だろう?

この気分。


高揚感?

満足感?

なんて表現していいのかわからない。


多分……。いや、初めてのことだ。

今まで、自分で道を決めたことは無かった。ただ、言われたとおりに進んでただけだ。

だから褒められても、うれしさは湧き上がってこなかった。


でも、今は違う。

この湧き上がる気持ちを抑えきれない。


言われたからやったわけじゃない。自分で決めてやったつもりだ。

でも、自分では否定的に考えてしまった。


しかし、そんな私を認めてくれた人がいた。


自分で望んで歩いた道。

それを誰かに認められるのが、こんなにうれしい事だとは知らなかった。


「私も、勇者と呼ばれる人のことを長年見てきましたが、目の前で泣かれたのは、初めてです。本当に、あなたに話してよかったと思います。ヴェルド様」

組合長が、目の前で頭を下げていた。


泣いている?

私が、泣いているのか?


心の奥から沸き起こった感情は、もはや私の体だけでは抑えきれないもののようだった。



***



組合長から布を受け取って、大まかな情報と協力も取り付けた。

どこに行けばいいのかは、何も記されてはいない。

そうすると、手掛かりはこの布と手紙と犬だけになる。


「犬は、どんな姿だったのですか?」

「そう言うと思いました。ちょっと待ってください」

間髪入れずに返事が返ってきた。

まるで私がそう言うのを待っていたかのように、隣の部屋から何やら一式もってきた。

その様子を黙って見つめていると、いきなり部屋が暗くなった。


「これです。どうぞご覧下さい」

丸テーブルの上に、光り輝く水晶球が置いてある。

準備から見ているから、とても残念な思いしかない。


それを前にして、組合長が水晶に手をかざすと、中に犬の姿が浮かび上がってきた。


「これは、今の状況ですか?」

遠見の魔法みたいなものだろうか? でも、この犬は歩いていなかった。

そういえば、古代語魔法にも離れたものを見る魔法があるらしい。


「いえ、記録映像ですよ」

それって、わざわざ水晶球で見せる必要があったのか?

しかもこの犬、何処でもいるような犬だし……。

しかも、静止画像だし……。

私の思考も止まったし……。


そして、まるで占いの館に入ったような気分にさせてくれたことを、どう言えばいいのだろう。組合長は、黙って私を見つめている。


その、何か待つような表情やめてくれないですかね……。


仕方がない……。


「これを見せるために、わざわざこれを用意したのですか?」

ドヤ顔の組合長には悪いけど……。

それを見ると、余計にその姿は胡散臭く、この情報も胡散臭く思えてきた。



***



組合長からの情報は限られていたけど、とりあえず、方向性だけは決められた。

彼の使い魔が犬の後を追った結果、どうやら王都とマダキの街の間にある森に入ったようだった。


この国の中央を占める広大な森。


その森の途中までは特定できたようだった。

長期間の追跡になり、彼の使い魔が一旦帰還を判断したようだった。

そこまでは、案内できるらしい。


大まかな場所しか判明していない。

だから、そこまで行ってから探すしかない。

幸い、使い魔が行ったところまでは案内してくれるようだし、後の問題は、どのくらいかかるか、わからないことだった。


食料とか、物資の準備は組合長が引き受けてくれたからいいとして、最大の問題は目の前にある。

それを解決しないことには、この依頼は始める事が出来ない。


さて、どうするか……。


目の前で仁王立ちするマリウスと、にこやかなミスト。

この二人を何とかする必要があった。

今回だけ何か条件を付けて、それを認めさせるか……。


その時、春陽はるひが明るい声で話しかけてきた。


「ねえ、なんだか私、次の段階に行けそうな気がするのよね。でも、たぶんまだ一回しかできないと思うから、それで決めれる勝負にしたらいいかもしれない。たぶん、早さでマリウスを超えれる気がする」

他の精霊たちからどよめきが起こる。私も精霊たちに賛成だった。


「それって、もしかして?」

あの文献にあった、あの状態になれるという事だろうか?


「うーん、君の考えているのとはちょっと違うけど、部分発動みたいに思ってもらってもいいかな? まあ、お試し版?」

なんだかよくわからないけど、第二段階に入るなら、それでたぶん圧倒できる。

でも、一回しか無理なら、戦いでは役に立たないだろう。


はったりが必要か……。正直、嘘をつくのって苦手なんだけどな……。

ポーカーフェイスには自信がない。


「そうと決まれば、あたしをつかわないとだね」

泉華せんかが楽しそうに手をあげていた。私の心配などお構いなしに、勝負のことを考えているのだろう。

頼もしいけど……。

それだけに、プレッシャーを感じてしまう。


「私も」

氷華ひょうかが珍しく名乗り出ていた。


「とっさの行動はウチがおらんとあかんやろ」

美雷みらいが相変わらず、仕方がないという風に手をあげていた。


「万が一に備えて、我の力を貸そうではないか」

咲夜さくやが楽しそうに手をあげていた。


これで五人。今の私が宿すことのできる、最大数の精霊たちだ。


「速さ勝負で、マリウスから何かを奪うのにしたらいいと思うな。ボクはサポートだね」

勝負方法を提案してきた優育ひなりは、自らの役割を考えているようだった。


皆が私の考えを理解して、それぞれ考えて行動しようとしている。


頼もしい仲間たちに、思わず笑みがこぼれた。



「なかなか楽しそうだね、ヴェルド君。そろそろ本気だしても大丈夫かな?」

相変わらず、不敵な笑みを浮かべるマリウス。対して、ミストはなんだか調子が悪そうだ。


「私は気分が優れませんので、今日は戦いません。どうぞ、お二人で遊んで下さい」

ミストはにこやかな表情のまま、観覧席に移動していた。


なんて運がいいんだろう!

なんだか無性に喜びたかった。でも、そんなことを表に出したら、台無しになる。


「そうですか、でしたらマリウスさん。今日はちょっと変わった勝負にしませんか?」

私の提案が意外だったのか、マリウスは少々あっけにとられたようだった。


「毎回マリウスさんの速さについていけませんでしたが、今日の私はちょっと違いますよ。それを見てもらいたいのです。まあ、挑戦です! マリウスさんが見えない速さではないと思いますが、私も自信があります! だからお願いです、挑戦させてください!」

自信家のマリウスだ。自分の速度には絶対の自信があるだろう。そこに挑戦するというのだ、受けないはずがない。


「マリウスさんの手からこれを奪い取ったら私の勝ち。マリウスさんが持ち続けていたら、マリウスさんの勝ちということでどうですか? 簡単に言うと、マリウスさんが持ち続けていればマリウスさんの勝ちですが、それ以外は私の勝ちです。もちろん暫定的な勝負ですので、景品は私の修業期間を三週間に延ばすというのはいかがですか? それでまた、挑戦させてください!」

これでもかというくらい、挑戦という言葉を連呼した。


「ふふん。言うようになったね、ヴェルド君。いいよ。あたいの本気から、うばえるならね! その挑戦、受けて立つよ!」

文字通り、マリウスは真っ赤になって答えていた。


それはもはや見飽きた赤だ。ここまで来ると、どの程度かもよくわからない。

赤は赤でも、光り輝く赤色と言っていいだろう。


氷華ひょうかの作った氷の棒をマリウスに投げ、それをもってもらうことにした。


氷華ひょうか泉華せんか美雷みらい咲夜さくや、そして春陽はるひの順で体に宿す。

氷華ひょうかの力で防御力が極大に上昇していた。

泉華せんかの力で、私の体は水の被膜に覆われた。

美雷みらいの力で反応速度が上昇し、咲夜さくやの力を全開にして、着地点とマリウスの影をつなげた。


さらに、表に出ている鈴音すずねにマリウスとミストとボロデット老師と治療団たちの体に風の守りを付与してもらった。


優育ひなり闘技場コロッセオの土を盛り上げ、土壁を形成してくれている。紅炎かれんがその中にボロデット老師と治療団を誘導してくれていた。


「なに? 一体なに? なんなの?」

突然のことに驚くマリウスだったが、観覧席に移動していたミストは、すんなり受け入れていた。しかも、自分の精霊も展開している。

たぶん、私が何をするのか、もう見破られているのだろう。


「さあ、春陽はるひ。君の力を見せてくれ! 行きますよ! マリウスさん!」

「いいよ! ヴェルド、いくね!」


それは、たぶん一瞬の出来事だった。


元々これは、『はったり』の勝負だ。

マリウスが驚くほどのスピードで駆け抜ければいい。


通常、光の精霊である春陽はるひ剣士ソードマンが宿した場合は、速度上昇の効果がある。

それは、宿すだけで、剣士ソードマンに劇的な変化を遂げるものだ。


しかも、その状態でも精霊魔法は春陽はるひが使ってくれる。

それが剣士ソードマンの精霊魔法。


言わば魔法と一体化したようなものだ。

そして、体に宿した精霊は、使用者の成長と共に能力が向上する。

すなわち、レベルアップするということだった。武具に宿した場合はそうならない。

あの文献にはそう書いてあった。


光の精霊の第二段階。それは、音速移動。


こんなところで、音速移動すれば、衝撃波だけで攻撃できる。


本気のマリウスも、さすがにこの域には達していなかった。

でも、私もこの速度に慣れていなかった。


だから今、私は闘技場コロッセオの天井をぶち破り、空を飛んでいる。


これだけの衝撃波に、いくら丈夫とはいえ、氷の棒がもつはずがなかった。

私がマリウスの影から飛び出したときには、氷の棒は無くなっていた。


下の方では、吹き飛ばされたマリウスが、体勢を立て直して仁王立ちしている。

マリウスもすでに、私の『はったり』に気付いているようだった。


「これは、インチキと言ってもいいんじゃないかな!」

マリウスが自分の手に残る氷の破片を私に見せていた。


「いえ、正当な勝負の結果です。まさか、マリウスさんともあろう人が、そこを納得していただけないとは思いませんでした」

落下しながら、懸命に答える。

最後の最後まで、物事は着地しないと結果は得られない。

でも、マリウスもやはりプライドの塊だった。


「ふん、まあいいよ。ほんとにもう! でも、今回だけだからね! 三週間後もっと強くなってきなよ!」

着地した私に向けて突き出された拳に、そのまま拳で応える。


いつから男の友情になったんだろう?


「もとよりそのつもりです。次こそ、あなたから奪って見せますよ。その時は覚悟してくださいね!」

今回は氷の棒だったけど、今度は確実に勝利を奪って見せる。


「なな、なんてこというかな、君は! 子供の癖に!」

顔を真っ赤にして文句を言ってくるマリウス。


「あら、私も楽しみですわ、マリウスが痛い目を見るのがね。あら、お子様には早かったかしら」

相変わらず、わけのわからない会話で、口げんかを始めだした。


でも、これで時間が稼げた。


「お二人とも、ありがとうございました。では、みなさん。行ってきます!」

今日は怪我もせずに終われた。

口喧嘩している二人と、今回はお世話にならなかった治療団のみなさんとボロデット老師に手を振って別れを告げた。


これで、このまま旅立てる。旅の途中で、さっきのあれも慣れていかないと……。


今回はちゃんと旅立つ前に、挨拶もした。

これで、もし、三週間後に戻れなくても、黙っていなくなったとは言われない。


組合長の所に戻り、預けていた魔法の鞄を受け取って、私は王都を後にした。


途中までは組合長の使い魔が案内してくれる。


「さあ、行こう! 当分王都ともお別れだ!」

何となく、王城を振り返って眺めた時に、ライトにも、一言だけ言っておけばよかったと後悔した。


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