第26話再会

入った城門から、ライトの屋敷までは、ここからでは距離がある。このまま進むと大通りを行くことになるから、観光気分になってしまうかもしれない。

楽しみは、後にとっておこう。


そうすると、いったん出て違う城門から入るか、城壁の上を走った方が早いだろう。でも、もう一度城門で話すのもなんだか時間の無駄のような気がする。勇者のマントを出せばいいだけの話だけど……。

そう思って城壁に上り、ライトの屋敷まで行ってみて、『書面でしろ』という使用人の言葉で、ライトという人物を思い出していた。

この旅の間、色々と楽しいこと、ワクワクすることがあったおかげで、すっかりライトのことを忘れてたせいもあるけど、たぶん私の中で、ライトの境遇に同情した面もある。

でも、相変わらず嫌な奴だった。


ライトの屋敷の門前は、相変わらず大勢の勇者がいて、なんだか気分が悪かった。だから今、私は城壁の上にいる。

ここから見る限り、王都はどの街よりも広く、どの街よりも店が多い。

さすがは王都だと感心してしまう。

でも、その割に、街の人が少なかった。五千人の勇者が滞在しているのだから当たり前かもしれないけど、勇者の数よりも、街に住む人の数の方が多いはず。

でも、街は勇者のマントであふれかえっていた。異様に思えるこの光景。

時折見える街の人の顔は、なんだかこわばっている。

旅先の街の人は、もっと活気にあふれた顔をしてたけどな……。

何よりも、そこには子供の声があり、ここにはそれが無かった。


五千人の勇者か……。

でも、私にはどうすることもできない。それは、この国の人が決めたことだ。


私の目に移る勇者であふれた王都と旅先の街の風景が、とても同じ世界だとは思えなかった。



「さて、どうしようか、書類を書くか、観光するか」

旅に出てすぐ、遭遇した野獣や迷惑な魔獣を狩ってみた。

獣相手に、自分の力がどの程度通じるのかが、はっきりしないままの事だったから、最初はかなり緊張したけど、思いの外簡単に退治できた。


精霊たちは、結構博識で、何処をどうすればいいのかまで教えてくれた。

取り分けたその素材を冒険者組合に売ると、結構なお金になることがよくわかった。ちょっと脇道にそれて、森の中を行くと、かなりの数の魔獣に遭遇した。それらを狩って、狩って、狩りまくった。

この世界で人の生活圏は、点でしかない。点と点を街道という線で結んでいる。その線から少し離れると、人の脅威はすぐそこにあった。

出来る限り、それを排除して回ると、気が付けば持ち物がいっぱいに膨らんでいた。

そうしてたまった中には、希少な素材もあったから、今では結構な額がたまっている。

だから、服も替えたし、色々持ち物も増えている。借りた装備も今は使っていない。

全て、自分の力で手に入れたものを身に着けている。


気分的には、もう立派な冒険者だと思う。後は、その資格だけだ。


それにしても、冒険者組合の情報網は異常すぎじゃないだろうか。

春陽はるひの勧めもあって、最初の街で一応偽名を使ってよかった。

まあ、結局、その後全部そのまま偽名で通したけど……。


各街の冒険者組合の建物には、『勇者ヴェルドに注意』という張り紙がしてあった。

さすがに顔写真はなかったからよかったものの、あれじゃあまるで指名手配犯みたいじゃないか……。


「人気があってよいではないか」

鈴音すずねが相変わらず無責任なことと言ってくれる。

反論しようとしたときに、優育ひなりが目の前にとんできた。


「こうしていても仕方がないよ、ヴェルド君。ライトにお礼の手紙でも書いたらどうかな? 報告書として読むかどうかわからないし、一応は感謝してるんでしょ?」

相変わらず、ここぞという時にいい助言をくれる優育ひなり

確かにその通りだ。


どんな思いがあったのか知らないけど、外に出してくれたライトには、本当に感謝しきれない。ただ、それを直接言える機会は無いだろう。

まあ、嫌われても特に問題はないからいいけど、言わないのと、言えないのは全く違う。

私としては、お礼を言ってこのお使いを終わらせたい。


「そうだね、そうしよう」

出発の時に、ボロデット老師からもらった魔法の鞄――どうみても、ウェストポーチだけど、一応鞄という名前らしい――から、久しぶりに勇者のマントを取り出して、王城へと走り出す。

さすがにこれがないと、王城には入れない。


武器屋の前を通る時だけは注意しよう……。



***



「やあ、ヴェルド君。ずっと待ってたよ。さっ、いこか!」

王城に入ってすぐに見つかった。というか、待ち伏せされていた。

いや、待ち構えていたが正しい。


でも、タイミング良すぎない? 何で待ってるの? そんなに土産が欲しかった?


「精霊に見てもらってましたから、簡単ですわ」

なるほど、そうか。それならわかる。


でも、これは……。

私の疑問をすぐにはらしてくれて、ありがとうとは言えない雰囲気だな……。


やっぱり黙っていったことを、二人とも相当怒っていらっしゃる……。


「遠見の魔法ですか? あれは便利ですね。音まで聞こえるから」

旅の途中、いろんな場所を泉華せんかは見せてくれていた。決まって朝方に見せてくれるから、夢なのかどうかはっきりしない。無防備な時を狙っているのだろうか?

ただ、今の所命にかかわるようなものは見せられてはいない。


でも、一体いつから見張られてたのだろう? なぜか精霊たちは皆黙ってしまっている。


あれ?


「あはは、その顔はいつからって感じだね! それはあたいに勝てたら教えてあげるよ! もっとも、あたいもまだまだ、好きにされる気はないけどさ!」

「上位精霊での監視ですから、ヴェルド君の精霊では防ぎようがないですわ。いつからかが知りたいのでしたら、私に勝てたら教えてあげますわ。もっとも、私も好きにされる気もありませんわよ」


あれ? この雰囲気って、もしかして?

二人の色が赤く染まっていくのが見える……。


「君もかなり強くなったのは知ってるから、前よりも楽しめそうでうれしいよ!」

「私もハンデとして、上位精霊は出さないでおきますわ。でも、だからと言って油断すると大けがをしますわよ。」


「すみません、話しが見えないんですけど? あと、お土産はちゃんと買ってきましたよ?」

ちょっと黙って出ていったくらいで、そんなに怒ることないんじゃない?

お土産を差し出すと、二人共もっと赤く染まっていった。


「ふふん! 物で釣ろうとはいい度胸しているね、君!」

「そんな安っぽい女じゃありませんわ!」


なんだろう……。とっても嫌な予感がする……。


向こうの方から、ボロデット老師と司祭たちが歩いてくるのが見えた。

どことなく、申し訳なさそうなボロデット老師に数多くの司祭たち。

目の前のご立腹な少女たち。


もしかして、これ……。王都観光だけできないんじゃないだろうか……。


「えっと、ライトの伝令が、ですね……」

二人の厳しい視線が、私の言葉を封じていた。もはや、弁解の余地はなさそうだった。

これって一種の束縛なんじゃない?

勇者が自由に生きていいって言ったじゃないか。

出かける前に、声掛けが必要なら、最初にそう言ってほしかったよ。


ボロデット老師と司祭たちが、ついにやって来てしまった。


それを待っていたかのように、ゆっくりと両脇から抱えられてしまった。


普通なら、今の状態はいわゆる両手に花の状態のはず。

でも、今は半ば引きずられるように歩かされている。


すぐ目の前にある闘技場コロッセオが、今晩の宿になる。

いや、王都の宿は闘技場コロッセオになる。

そんな嫌な予感が、さっきから私の頭の中を勢いよく走り回っていた。

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