第27話積み重ねていく日々

「うん、なかなかいい感じになってきたじゃないか。これならマリウスの速度にも対応できるだろう。速度を上げるのに、今の俺は役に立てないのが残念だ」


「いや、まだや。まだ三人同時が限界やんか。反応するのに、ウチいるねんで」


「たしかに、あの速度はまだまだ。汝の達するところではない。汝自身が素早くなったとはいえ、あの域にはたどりつくまでには十年はかかるだろう。いや、五十年か? ただ、闇の精霊である我を崇めれば、それは短縮してやってもよいぞ? 少なくとも我ら四人を同時に宿す事が出来なければ、早さで負けるのは確実だぞ。どうだ、崇めるか?」


炎の精霊である紅炎かれんに認めてもらっても、すぐに雷の精霊美雷みらいと闇の精霊咲夜さくやに否定された。でも、咲夜さくやの話は、まあ半分くらい聞くことにしよう。


「たしかに、美雷みらいちゃんと鈴音すずねちゃんと私で、ぎりぎり追いつけてるくらいだね。咲夜さくやちゃんがいれば、影移動が可能になるから、その上を行けるからね!」

なんだか偉そうにしている咲夜さくやはこの際無視しておくとしても、たしかにそれは、光の精霊春陽はるひの言うとおりだった。


王都に帰還した日。あの日までは一人の精霊が限界だった。魔獣などはそれで、余裕をもって勝てるようになったけど、相手はさすがに勇者だった。


でも、今では三人の精霊を同時に宿す事が出来ている。たぶん、これで互角だろう。ただ、勝つためにはさらにその上を行く必要がある。


「でも、あまり速度を上げすぎても、衝撃を緩和するためのあたしも必要だと思いますわよ」

水の精霊である泉華せんかのいう事にも一理ある。段々きつくなってきたのも事実だ。


「そんなことを言うなら、俺を使わない限り、あの防御を崩すのも難しいぞ!」

炎の精霊にふさわしく、紅炎かれんがここぞとばかりに熱く主張してきた。


「まあ、今は速度重視でだから、まずはそこからだね。旅から帰ってからの一ヶ月で二人増えたんだから、もう少しで四人同時もできるよ」

土の精霊の優育ひなりの言葉に、それぞれ口をつぐんでいる。

普段積極的に言わない分、自分も言いたいことがあるだろうに……。


優育ひなり……ある。私……ない」

無表情の氷華ひょうかの一言で、この場の空気が凍ってしまった。氷の精霊だけにと思ったのは、今は内緒にしておこう。


確かにこの一ヶ月、氷華ひょうかは全く宿していない。

他の精霊は、次は自分だと主張していたけど、氷華ひょうかだけは、自分を主張していなかった。


魔法に対する抵抗力を上げてくれる土精霊。

だから、優育ひなりはミストの戦いでは必ず宿していた。


「ごめん、私が皆と一緒に戦えるように精進するよ。氷華ひょうか、ほんとごめん」

私の場合、精霊たちと共に戦うには、自分自身を鍛えることが必要だった。


ああ、専用武具さえあればいいのに……。


結局、各街で尋ね歩いてみても、剣士ソードマンの専用武具はなかった。

そもそも、この国には、エルフの集落がないから、剣士ソードマンの専用武具は需要がないらしい。


剣士ソードマンは勇者にしか生まれないし、極めてまれなケースであることを、いまさらながらに理解した。

しかし噂では、大陸の方には結構な数の剣士ソードマンがいるようだった。


仕方なく、専用武具をあきらめて、使い勝手のよさそうな今の剣で納得していた時に、図書館でその文献を見つけた。


何気なく手に取った極めて古い古代語の本だったけど、その文字の形には見覚えがあった。

司書のお姉さんに無理言って翻訳してもらい、色々なことを知る事が出来た。


剣士ソードマンはその身に精霊を宿して戦う。

その文献には、そう書かれていた。


それは春陽はるひたちにとっても、初耳のようだった。

詳しく尋ねてみると、かつて契約した勇者は、すぐに専用武具を手に入れていたようだった。しかも剣に関しては、その後何本も持つようになったらしい。

春陽はるひが目利きになったのはそういう理由があるからだという。


なんて幸運な勇者なんだ。

その時は思わずそう言ってしまったけど、実はそうではなかった。

この国は島国で、閉鎖的なうえに、エルフがいないだけの話で、春陽はるひが契約した前の勇者は、普通の武器屋で手に入れていたようだった。


他の子たちも一様にそうだった。

いかに今は専用武具を使っているのかがうかがい知れた。

それもそうだろう。

武具に精霊を宿すのだから……。そうすれば、こんな苦労しなくてもいいのだから……。


そして、専用武具のすごいところは、宿せる精霊数も武器の性能、数に応じて飛躍的に多くする事が出来る点にあった。もう一つの価値もあるけど、たぶんそこが大きい。


もし、今ここに剣だけでもあれば、この苦労は一気に解決する。

でも、この国にそれが無い以上、私にはそれを手に入れる手段がない。


誰か持ってきてくれないだろうか……。


でも、そんな幸運があるわけない。需要がないのに、供給されることなんてない。

ならば、自分自身を強くするしかない。そして、精霊たちを宿すことのできる体になるしかないんだ。

王都に帰還した時から、今に至ることを考えると、その道を進むしか、私に選択権はないのだろう。

帰ってきた日のことを考えれば、今は確実に成長している。


***



少なくともあの日、春陽はるひを宿して戦った時には、以前と違って攻撃する事が出来た。さすが高速移動が可能になる光の精霊。


でも、少し速度を上げたマリウスに、やはり気絶させられた。


強制的に起こされて、治療を受けた後、ミストとの戦いになった時は、優育ひなりを宿して戦ってみた。


しかし、優育ひなりの力で上昇した魔法防御の上から、光の槍で腹を貫かれて死にかけた。


そしてまた、治療団の世話になった。


あの日は、治療が終わるたびに、マリウスとミストが交代で戦いを迫ってきた。


そのたびに、ボロデット老師が連れてきた治療団が、総出で私を治療する。

そして見事に回復となる。


そして、また戦いの繰り返しとなっていた。


いつ終わるかもしれない戦いの連続に、私の体は大丈夫でも、精神がボロボロになりつつあった。


だからだろう。見かねた様子のボロデット老師が、マリウスにいつ終わるのかを尋ねていた。


「ほら、死にかけた時に復活したら、強くなるって言うでしょ?」

「いや、それ漫画だから! しかも、ほぼ主人公の特権だからね!」

治療中にもかかわらず、その返事に思わずそう叫んでしまった。


「でも、実際少し強くなっていますわ。死にかけ方が足りないのではなくて?」

「いや、普通に死なないために、経験積んでるだけだから! 死にかけが足りちゃったら死ぬから!」

勘違いも甚だしい。そんなこと言うなら、あのスーパーアイテム持ってきてくれ。


「あれ、元気そうだね? まあ、勇者だから主人公みたいなもんでしょ?」

「あら、ではもう少しきつめでもいいという事ですわね!」


藪蛇だった……。二人の笑顔が恐ろしかった。


結局、全くこちらの言うことに耳を貸してくれなかった二人は、治療団全員が地面に倒れるまでやめなかった。


「うーん、仕方ない。今日はもういいや。でも、これから毎週末には欠かさず戦うからね! 冒険者になったからって、逃げても追いかけるよ! じゃあね!」


「早く上位精霊と契約を結んでほしいですわ。もちろん、冒険に出かけるときは必ず連絡をすることですわ。精霊会話でもよろしくてよ」

言いたい放題言った後、私たちを残して二人は去っていった。

ボロデット老師が他の人間を呼んでいる間、私たちは焼けたり、凍ったりした闘技場 《コロッセオ》の地面の上で、ただ黙って過ごすしかなかった。



そしてこの一ヶ月、私は何度も死線をさまよいながらも、確実に強くなっていた。


でも、精霊たちの言うように、まだマリウスの速度にはかなわない。それに、ミストの魔法にも対応できない。


冒険者となれて本当によかった。

冒険に出かけてお金も稼げて、戦い方の工夫も編み出した。

それをその週の終わりに二人にぶつける。


最初は少し嫌だったけど、今では日課になっている。いや、習慣か。


私は確実に強さを身に着けていた。そして、それが素直にうれしかった。


でも、死にかけると強くなるという伝説と共に、哀の剣士ソードマンというわけのわからない称号までは、身につけたくはなかった。

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