第16話勇者の資格
「ミストさん、そもそも勇者って何かしているんですか? やっぱり魔王か何かいるんですか?」
物語として語られる勇者という存在に、対となって出てくるのは魔王であることが多い。そうでなければ、邪龍とか、悪の化身とか、それに見合ったものが出てくる。
それらに共通することは、到底人が太刀打ちできないような存在だということだ。
それが人々に災いをもたらしてくる。
災いは、人々の生存を脅かすものとして描かれることが多い。
非情に困難な状況が続いていく中で、人々の中から勇気ある者が現れる。
それが勇者の産声。
それは、願いから生まれたり、意志から生まれたりと様々だけど、人々の中から出てくるものだ。そして、勇者は困難に立ち向かっていく。
そして、その勇気が神様に認められ、人並み外れた力を与えられる。
勇気と力をもった勇者は、仲間を集めたり、信頼を集めたりしながら、数々の困難を克服していく。
そして最後に魔王は倒され、世界は救われる。
それが物語でよくある勇者の役割。ゲームはそれをもとにして作られている。
ソロプレイのゲームの場合、まずは弱いモンスターか何かと戦って、戦い慣れしていく。つまり、いわゆるレベル上げを行わなくてはいけない。それは、数々の困難を数値化してわかりやすいものにしただけで、本質は変わらない。そして、最後に魔王か何かと戦う。
MMORPGの場合は自由度の高さを売りにしている以上、明確な目的は与えられないことが多い。
それでも、勇者という存在の場合には、最終的な目的として魔王か何かがいる。
ゲーム中出るか出ないかは別として、少なくとも存在はしているはずだ。
魔王が存在しなければ、勇者という存在にしないはず。
正義に対して、悪が語られるように、勇者には、魔王が必要となる。
この世界に召喚された勇者が、十二歳から始まるというのは成長を意味しているのだろう。
数値化されていない分、大人になりかけの子供が、成長して大人になっていく。
最初から神様に認められていることが大きな違いだけど、子供からスタートというのは、たぶんそういう事だと思う。
一般の人と違う力が与えられているというのは、勇者としてスタートするから仕方ない。それに、――私は別として――神との対話があったようだから、これが認められたという事になるのだろう。
それにしても、これだけの勇者がいれば、魔王なんて簡単に退治できるんじゃないの?
それまで隠れていた素朴な疑問が、頭の中から這い出してきた。
慢心だ……。日本にいた時と違う力を感じても、ここは日本じゃないんだった。
逆にこれだけの勇者がいるということは、魔王はとてつもなく強いに決まっている。
負ける気はしなかったけど、さっき戦って鼻を折ってもらった方が良かったかもしれない。数を頼るにしても、ちゃんと魔王と戦えるように修行することが必要だろう。
勇者になったという感覚が、ようやく体の中で駆け回っている。
数多くいるけど、私も勇者の一員になった。
これから魔王か何かを倒して、この世界を救うんだ。
それにしても、ミストからの返事がない。もしかして、聞こえてなかったのだろうか?
「ねえ、ミスト……」
「ありませんわ。今の所、勇者は何もしていませんのよ。それに、そういった存在は、今はいませんわ。魔王は五百年ほど前に、始まりの四十八人が倒しましたわ。魔王の島も、今は混沌としているだけで、脅威ではありませんわ。国と国の争いはあったとしても、あなたが考えるようなものは一切ありませんわ」
振り返らずに、先を行くミストの背中は、私の問いに全く興味なさそうだった。
「え? じゃあ、勇者ってなんで召喚され続けているんですか? 五千人でしょ?」
五百年前に魔王はすでに倒されている?
それじゃあ、勇者の存在意義ってないんじゃない? 私は何のために召喚されたんだ? そういったものと戦ってこその勇者でしょ?
だから好戦的なのも、ある程度は理解できたんだけど?
「そのあたりは、自分で調べてみるといいですわ。それを話すと、話が長くなりますもの。でも、あえて言うなら抑止力ですわ。数多くの勇者が召喚されていますけど、それはたぶん副産物ですわ。国々が勇者を召還している本当のお目当ては、真の勇者ですわ。それほど真の勇者はとびぬけた力を持つらしいのですわ。魔王斑を持つ赤子も、最近ではあまり出なくなっていますもの。どの国もそれを持つ子供のことで、躍起なのかもしれませんわね。でも、そうやって苦労して手に入れた魔王斑の子供を使っても、お目当ての真の勇者は、なかなか現れないと聞いていますわ。現にこの国も、少なくとも三回は失敗していますものね。そうなると、数を頼った方がいいという結論になったとしても、おかしくありませんわよね? まあ、本当の理由は分からないですわ。そして、ヴェルド君。あなたも魔王斑の赤子の魂を引き換えに、この世界にやってきていますわ。私もマリウスもライトもそうですわ。私達四人は、真の勇者のハズレくじですわね。それでも、他の勇者よりも能力的に優れてますの。誕生して間もなく上級職に就けるのも、この日の召喚勇者だけですわ。その次に能力の高い勇者が召喚されるのは、魔王斑の赤子を使った今日以外の日に行われる召喚ですわ。そして、普通の赤子で召喚した場合、どうしようもない者まで召喚されてしまうらしいですわ。それでも、一般人よりは強いですわね。マリウスが呼ばれたのは、このどうしようもない者たち。五千人いても、大半はクズばかりですのよ」
相変わらず、その背中は説明をしているだけの感じだった。こっちの疑問に答えてくれている分、他の人よりはましといえば、ましか……。
でも、なんだ? その内容?
魔王斑?
赤子の魂?
あの時のことは、幻じゃなかった。
あの時見た赤ちゃんは、本当にいたんだ……。
とすると……。この体はひょっとして、その子が成長した姿なんじゃないの?
いつの間にか、私は立ち止まって自分の体を眺めていた。
私が立ち止まったのを、気配で察知したのだろう。ミストがちょっと先でこちらを振り返って見ている。
その顔からは、何の感情も感じることはできない。
ねえ、アンタ……。それ言ってて、本当に何とも感じないのか?
「起こってしまったことを、悔いても仕方ありませんわ。それに、そんなこと気にしても何にもなりませんわ。私達がどう思っても、この世界の人たちは、勇者を得るために赤子の命を捧げていますわ。それに、ヴェルド君に服を差し出した少女がいましたわよね。あの子はあなたに殺されることで、家族にお金が入るのですわ。だからあの子、最後まで震えながら待ってましたわよね? あなたに殺されることを。それに、あの子だけじゃないですわ。私の調べた記録によりますと、真の勇者だった場合、最低でも二十人は血祭りにしていますわ。だから、あの子の他にも用意されていましたわ。当然、知ってますわよね? 精霊使いの知覚範囲は個人差があるにしても、一般的に他の勇者より広いですわ。気づいていたけど、気づかないふりをしていた。そうですわね? うふふ、とんだ『嘘つき』さん、ですわ」
さっきとはまるで別人。ミストから感じるイメージが、その瞳のごとく紫に染まっていく。
妖艶な笑みを浮かべながら、こちらの様子を窺っている。
けど、そうか……。
やっぱりあの子は……。
「あと、どうでもいいことですけれども、この際教えてあげますわ。私も自分の時は知りませんでしたけれど、マリウスの時に知りましたの。生贄のあの子たちが、その後どうなるのかを。真の勇者でなければ生き残ってしまう、あの子たちはね。家族のために、またその身を生贄に捧げるのですわ。魔王斑を持つ赤子ではない時は、他にもたくさん魂が必要だと言われていますわ。稀にそうした中でも、優秀な勇者が出ることがあるらしいですわ。でも、ほとんどでませんわ。きわめて確率の低いくじ引きみたいなものですわね。だから、多くの命を使って確率を上げるという事みたいですわ。ただ、それには何の根拠もありませんのよ? でも、それだけ国は優秀な勇者を必要としていますわ。自分の国を守るために、自分の国民を犠牲にしてね。この世界では、命の重みが違いますの。封建社会だから当然かもしれませんわ。召喚呪の説明でも聞いたでしょう? 『国を守るように、意識を誘導している』って。あなたがどう考えても、守る対象は民衆じゃありませんのよ。うふふ、じきになれます。あなたも勇者の一人ですわ」
命の重みが違う……。
人でなく、国を守る。
それを勇者ではなく、この世界の人が決めている……。
考える私を前にして、ミストのイメージが再び青に染まっていく。
「私たちはこの世界に勇者として召喚されたのですわ。私たちが勇者の資格を求めたわけじゃありませんわ。だから、何も難しく考えなくてもいいのですわ。それは、この世界の人たちが決めたことですもの。それに私たちは、召喚呪に縛られているとはいえ、好きにしていいと神様から言われましたわ。何かしなければいけないという目的はありませんわ。強いて言うのでしたら、『自由に生きる』ということですわ」
パンと軽く手を打ち鳴らし、ミストは笑顔を向けてきた。
「さあ、もうこの話はおしまいですわ。そうそう、私たち精霊使いには上級職という概念がありませんわ。ただ、精霊使いは勇者の中でしか生まれないと聞きます。まあ、人以外なら別ですが……。あと言っておきますけど、私は上位精霊も使役できますわ。
早々に背中を向けて歩き出す姿に、もはやさっきの雰囲気はなかった。
それは単に、戦いを楽しみしている姿だけだった。
目的のない勇者たち。命の重みが違う世界。
そしてその一員になった私。
私が物語で知っている勇者は、人々を救うために戦うものだった。
でも、この世界の勇者はそうではないらしい。
魔王のいない世界で、勇者は何故存在している?
そして、勇者として召喚された私は、ただ、勇者としてあればいいという事なのだろうか……。
なんだ、前と何も変わらないじゃないか……。
これから一体どうしたらいいのだろう……。
目の前が真っ暗に感じる中、そこに温かな光が灯る。
いつの間にか光の精霊が目の前にやってきていた。
明るく、優しいその光は、私の目の前を照らしてくれている。
その光を見ていると、温かく見つめて、微笑んでくれているような気がした。
そうか……。
いろいろ考えても、分からないことが多いんだ。それなら、まずはできることからやって行こう。
いろいろ考えるのは後でもいい。いろいろ知ってから、考えればいいんだ。
もう、あれこれ考えるのはよそう。
まず精霊たちと話すことから始めよう。
私の決意を感じたのか、光の精霊は私の周りをぐるぐる回り始め、やがて導くように、私の前に飛び出していった。
それを追うようにして、私は迷うことなくかけ出していた。
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