第15話勇者という人達
「じゃあ、まずはあたいから教えてあげるよ」
「何を言うのですか。私からに決まっているでしょう。私の方が年上ですわ」
また、言い争いが始まった。どんだけ仲が悪いんだ、この人達……。
「そんなの、たまたまだよ。あたいも、あんたも元は十六歳。年上も何も関係ないよ! この二重人格!」
「あら、たまたまだとしても、私の方がこの世界では二年も先輩ですわ。それに、私はこの世界でも十六歳ですが、あなたは十四歳ですわよね。さらに付け加えて言いますと、私は立派に成人ですが、あなたはこの世界でもお子様ですわ。そのお子様に、同じだと言われるのは心外ですわね。もう一つ付け加えますと、大人の女は妖しさを持つものですわ。あら、お子様にはまだ、早かったかしらね」
お互いに角を突き合わせている。
不毛な会話だけど、転生後の年齢と実際の年齢は関係ないことだけは分かった。
当たり前か……。
十八歳の私が、十二歳になっているんだから……。
年上が一気に年下だ。
まてよ?
マリウスが十四歳で、ミストが十六歳、そして私が十二歳ということになるのか……。
「あの、すみません。お二人の話を聞いていて確認したいのですが、ミストさんが先にこの世界に連れてこられて、マリウスさんが、その二年後に連れてこられたのですよね? そしてお二人は十六歳と十四歳で間違いないですよね?」
そして、その二年後の今、十二歳の私はこの場所に立っている。
「そうだけど? なに? さっきの、聞いてなかったの? それとも何か言いたいわけ?」
「ええ、そうですわ。ヴェルド君、それは大切なことですわよ」
明らかに不機嫌なマリウスと上機嫌なミスト。どうやらこの話題は、触れない方が良かったようだ。
ちゃんと覚えておこう。二人の間には、十五歳という壁がある。
「だとすると、この世界に連れてこられる人は、みんな十二歳になるんですか?」
その意味が分からない。なぜ、十二歳なのだろう。
この世界では、十五歳で成人とみなされていることは、強制的に叩き込まれた知識が告げている。全ての勇者が、その三年前の十二歳として召喚されることに、何か理由があるのだろうか?
あるとしたら、それにはいったいどんな意味があるのだろう。
「そうですね、真の勇者召喚の儀式は二年に一度しかありませんわ。そして勇者の年齢は十二歳から始まるのも確かですね。始まりの四十八人もそうでしたから、間違いないですわ。そして、いったん子供に戻る意味は知らないですわ。ライトなら何か知っているかもしれませんけど……。彼、安心して出ていったので、もう自分の屋敷から出ませんわ。きっと、いつものように何かあれば、伝令が飛んでくるんですわ」
ライトに話を聞くのは難しいという事か。ていうか、ライトも教えてくれるとは思わない。子猫の相手をするのに忙しいと言って、自分で調べろとか言うに決まってる。
「そんなこと聞いてどうするのさ、言っとくけど、あたいはもう大人だからね! 否定するなら、拳で証明してみせようか?
剣呑な雰囲気がマリウスから漂ってきた。オレンジ色だったマリウスのイメージが徐々に赤く染まっていく。
大人だと証明するのに、何故、拳が関係しているんだ? それこそガキ大将だろう?
もしくは、アニメの男同士の友情じゃあるまいし……。
それにしても、この人こそ真の勇者じゃないのか?
そう思っている今も、マリウスは不敵な笑みを浮かべている。
え? 本気?
マリウスの顔に、その文字が浮かんで見えた時、遠くからあわただしく駆け寄ってくる気配を感じた。
足音は聞こえない。ただ、かなり広い範囲を知覚できるようになっているのが分かる。これも勇者の力だろうか?
でも、二人はまだ気が付いていないようだった。
なんとなく、気配が読めていたと言っても、こんなこと日本では考えられない。
本当にゲームの勇者になったんだ……。
そして多分、やってくる出来事自体は、私には関係がない。でも、私にとっては吉報に違いない。
それは全くのカンでしかないけど、なぜかそれには自信があった。
しかし、マリウスの表情は、だんだん苛立ちが見え始めている。
何も言わない私に、じらされている事と思ったのだろうか?
マリウスがさらに威圧をかけてきた。
ミストは少し脇によって様子を眺めている。どうやら手助けする気はないらしい。
なるほど……。
勇者のことで、少しわかったことがある。
真の勇者が好戦的だとは聞いたけど、そもそも勇者自体が好戦的なんだ。
真の勇者というのは、その勇者から見ても好戦的だと言うことだ。
もし、真の勇者というのがいたならば、そいつは絶対に危険な奴に違いない。近づかないのが賢明だろう。
更に構えるマリウス。その目はまるで、『剣を抜け』と言わんばかりだ。
ちょっと本当に、どうかしてんじゃないのか? 抜けと言われても、今の私、丸腰なんだけど……。
あきれて物が言えない。気配はまだやってこないけど、ミストはそれに気付いたようだった。
マリウスはまだ気付いていない。
ひと口に勇者といっても、その能力は様々というわけか……。
マリウスは見るからに格闘戦を得意としている。おそらく素早い動きで相手を圧倒するタイプと見た。そして今の私に得物はない。
普通なら、私が圧倒的に不利だろう。
でも、不思議と負ける気はしなかった。
もうすぐやってくるものを、自然体で待ち受ける。こんな時だけど、浮かんできた母さんの顔に、心の中で両手を合わせた。
『縁起でもない』と怒られた気もしたが、それは気のせいだろう。
小さい時は、そのしごきに耐えられないと思った時もあったけど、今は感謝している。
おそらく素手で向かってくるのなら、何をどうされても、体が反応してくれるだろう。
じりじりと、さらに私の右側にまわるマリウス。
私が右利きだと察知したのか、抜きざまの出足を狙っているのだろうか……。
でも……。そもそも、丸腰だから抜けないんだって……。
もうすぐやってくると思われた気配が、足音となって聞こえはじめた。
同時に、マリウスの名前を呼ぶ声もある。
その足音と声に、マリウスもようやく反応していた。でも、相変わらず、私を威圧することは止めていない。
でも、やっときたよ……。
足音がこれほど待ち遠しいものだとは、まったく思いもしなかった。
「マリウス様! マリウス様! また、勇者様たちの諍いが始まりました。ライト様より鎮圧の指示がでております。お願いします、マリウス様」
ナイスだ、伝令君!
期待通りの内容に、心の中で拍手する。
肩で息をしながら、期待しているような面持ちでマリウスを見る伝令兵士。
しかし、マリウスの態度に驚いたのだろう。それ以上は何も言えないようだった。
それでも、すがるような目でマリウスを見ている。マリウスはマリウスで、兵士の方を完全に無視していた。
いやいや、マリウス。兵士が来てるの、知ってるでしょうが……。
相変わらず睨んでくるマリウス、そのすべての視線が攻撃をしているかのようだった。
そんな挑発には乗らないよ。
その全てを笑顔で受け流す。静寂の中、伝令兵士の息遣いだけがやけに大きく聞こえていた。
伝令兵士が再び口を開きかけた時、マリウスは諦めたように一息ついていた。
赤く染まったイメージが、徐々に元のオレンジ戻っていく。
「まったく……。これだから質の悪い勇者は困るよ。それでも勇者と勇者で戦ったら、あたいじゃないと止められないじゃんか。それにしても、ヴェルド君。君、やっぱり変わっているね。あたいはちょっと行ってくるから、終わってから続きをしよう。後で、そこのミストに鍛錬の間に連れてきてもらいなよ。それと、ちゃんと装備してくるんだよ、
まるで散歩にでも行くかのように、ひらひらと手を振りながら、マリウスは去っていった。
ていうか、丸腰の
本当に訳の分からない人だ。
「じゃあ、私たちも行きましょう。あなたには、精霊との会話と契約方法を教えてあげますわ。あと、やるからには、それなりの装備も整えないといけませんわね。もちろん私も、観戦させてもらいますわ」
笑顔で先に歩きはじめるミスト。選択権のない私はその背中を、追いかけるしかない。
でも、追いかけるだけの価値はある。
精霊との会話と契約方法。それは今最も興味を引く話だ。
今も私の周りを飛び回っている光の精霊。何か言いたそうにしているのは分かっている。
でも、今の私には聞く事が出来ない。
話すこともできない。
それが出来るようになる。
言い知れない期待感と軽い興奮が全身を駆けまわっている。
私にこんな感覚があるなんて、本当に意外だった。
「よし、行こう!」
思わず光の精霊に声をかけると、光の精霊も応えてくれた気がしていた。
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