第17話光の精霊

「大体はこんなものですわね。そろそろ行かないといけませんわ。マリウスを待たせると、後でうるさいですわよ。今ので、基本は全て教えましたわ。ここにある本を全て読めば、あとは自分一人でも会得する事が出来ますわ。その方が、私としても楽しみですわ。ただ、ここの本は、私が読める精霊魔法に関係したものを、向こうから集めて持ってきただけですわ。こちらの文字で書かれたものは、向こうに置いてあります。それは一応古代語という区分になってますわ。読みたければ、ライトに教えてもらえばいいかもしれませんわね。彼は賢者セージですから」

勢いよく本を閉じたミストが、その役目を終えた本を元の本棚に戻している。


よくこれだけの本を、全て読めと言えるものだ。量の問題じゃない。ここの本は全て平仮名で書かれていた。漢字が一切ない文章は、正直かなり読みづらい。でも、この部屋の外にある本の量を思えば、たやすいと感じてしまう。

ただ、ここの本をすべて読破したとしても、それ以外の本を読むことはあきらめた方がいいだろうな……。

精霊魔法といったから、剣士ソードマンに関するものは、集められていないだろう。

そうすると、いずれにせよあの本棚を一度すべて見る必要があるわけだ……。


ここの本棚か……。想像しただけで、気が遠くなってきた。


神殿から外に出て、案内されたのは図書館のような場所だった。外から見ると方形の建物が、内部は筒の中のようになっており、中央には、はるか上の天井まで届く円柱型の本棚になっていた。膨大な量の書物が、その壁のすべてを覆い尽くしている。

全体的に薄暗いのは、天井付近に小さくあいた天窓から光が入っている以外に光源がないからだろう。まさに、本の壁で覆い尽くされているといっても過言ではなかった。


その圧倒的な景色を前に、思わず円柱型の本棚をぐるりと一周まわってみた。

光の精霊がいるので、不自由は感じないけど、本を読むのには適していない。保管だけを目的にしているような感じを受ける。

そして、私達以外には誰もいない。静寂こそがこの場所の主人だが、本たちは違う賑わいを見せている。

ただ、一周まわってみて初めてわかったことがあった。本棚の壁の中に、本の列が途切れる場所が四つあった。

まるで、そこにあるのが申し訳ないようにしている小さな扉が、本棚の表面よりも少し奥まってついており、ミストは何も言わずにそこに向かっていく。

その一つを開けた先に、特殊な形の小部屋があった。


おそらく建物の四つ角に相当する位置にあるのだろう。窓もない船の舳先のような部屋には、所狭しと本が並べられており、本棚に収まりきらなかった本たちが、床の上で山積みにされていた。

殺風景なその部屋には、本以外には、小さな机とそれを挟むように椅子が二つ置いてあるだけだった。

当然、山積みされていた本を机の下に置き、私はミストに精霊について教わっていたのだが、ミストはそれも戻し始めていた。


「精霊契約をすれば、精霊たちからも教えてくれますわ。本当はもう一日後にして、ちゃんと精霊契約を結んでからマリウスと戦わせてみたかったですわね。それに、マリウスも召喚されたその日だなんて、よほどあなたのことを気に入ったのですわ。でも、剣士ソードマンなら戦士としてマリウスと戦うことになりますから、そろそろ武器の方も見に行かなくてはいけませんわ。ただ、私は精霊使いですので、そちらの知識はあまりありませんわ……。そうそう、あの子のことも教えておきますわね。あの子は武闘家モンクという職業ですわ。戦士の上級職で、同時に司祭の職をもっていますの。だから刃物はもてないのですわ。武器は自分の体……。あら、そっちの意味じゃないですわよ? もっとも、あの子はまだお子様だから、武器にもならないかもですね。うふふ」

本当に仲が悪い……。

しかし、本当に私が剣士ソードマンという職業なのかどうかも調べないで、よく話が進んでいくものだ。精霊使いの素養があるのは理解したけど、何故戦士の体つきだってわかるんだろう?

でも……。要は、戦う事が出来れば、それでいいという事かもしれないな……。

まあ、勝手に話が進んでいくのはよくあることだ。

それに、おかげで精霊の事は大体理解できた。


要は私自身のイメージを投影する必要がある。

契約の完了しているミストの風の精霊は、ミストが少女の姿をイメージして、契約しているのだろう。だから、そう見せてくれている。


光の精霊は、ゲームだと光の玉で描かれることが多かった。そして、この光の精霊は契約していない。だから私のイメージが、私にそう見せているのだろう。ミストはミストのイメージで見ているに違いない。契約は、私のイメージを固定化する行為なんだ。


あそこにやってきた精霊たち。最初は何が何だか、わからなかったから、適当にイメージを投影したのだろう。正直、何の精霊だか、何となくしかわからなかった。


そして、契約は意識を固定化する名前を付けて、精霊が同意することで完了する。

すなわち、術者が強引にしようとしても、できないということだ。

世の中、一方的にいくなんておかしいんだ。

そこのところは、自称・神様に言ってやりたい。


そんなことを考えていると、光の精霊が目の前にやってきた。

目の前でせわしなくしている。その姿がほほえましい。

あれからずっとそばにいてくれているこの子なら、たぶん同意してくれるだろう。

問題は、どんな姿で固定化するかだ……。


いわゆる美少女というのが定番だろう。ミストだってそうしている。

でも、何かしらの動物という線もある。

いや、このまま光の玉というのもいいかもしれない……。


でも、話しをしたいから、やはり口は欲しいな……。

光の玉に口だけじゃ、物足りない。目をつけるか! いや、サングラスとか?

でも、それじゃあ表情が見えない。


ああ、変なものを想像してしまった!

しかも、光ってるのがサングラスかけたって、意味ないよ!


ああ、迷う。迷う、迷う、迷う、迷う……。


気が付くと、また目の前に光の玉がやってきていた。

相変わらず、顔の前をうろうろとしている。


何となくわかる。私を心配してくれているんだ……。

この光を見ていると、なんだかとっても温かい。


「君の望む姿で」

あれこれ考えるのはよそう。

そう言うと、光の玉が私の頭にへばりついた。

一体何をしているのだろう? ていうか、私の言葉を理解しているのか?


いずれにせよ、選択肢を手放したんだ。しばらく様子を見ていよう。


しばらくすると、何かわかったかのように、頭から離れていく。

よっぽど興奮しているのか、いきなり目の前ではしゃぎだした。

それも黙って見ていると、今度はおとなしく目の前にやってきた。


私の目の前で、光の玉が一瞬ひかり、次の瞬間にはだんだんその光は収束していく。


更に小さくなったと思った瞬間、光の玉ははじけ、まばゆい光の中から、一人の少女が現れていた。


「あー、やっと話す事が出来るよ。もー、散々じらした挙句、何? あの妙なもの! あんなのをつけさせて! 危うく散々な姿になるとこだったよ!」

のっけから、怒られた。


体長にして十五センチ程度、鳥のような羽を生やし、長い金色の髪を後ろで一つに束ねている。白いドレスのような服の上に、鎧をまとった姿はよくある戦乙女バルキリーの姿にも似ていた。そして、右手には光り輝く剣を持っている。


「あー、でも、でも、でも。この姿、なんだかとってもしっくりくるね!」

さっきはただ飛び回っているだけだった。

でも今は、その姿を満喫するかのように、自分の姿を見ては、また飛び回るのを繰り返している。

よく見ると、移動するのにその羽は動かしていない。そして移動するたびに、光の軌跡が鮮やかに描かれている。


「ほら、早く名前を付けてよ! 私もう待ちくたびれたよ!」

自分ではしゃぎまわってたくせに、目の前で頬をふくらませて怒っている。

でも、そんな姿に嫌な感じはなかった。むしろ微笑ましい。

それに、精霊の言い分が正しい。

それをしなきゃ、この姿を固定化できないんだ……。でも、何て名前を付けたらいいんだろう。


「ミストさん、名前って付けるのに、何かルールみたいなのがあるんですか?」

とりあえず、何かの足しになることは無いか? 一から考えるにしても、よくある名前とかあった方がうれしい。


「驚きましたわ。初日から精霊契約を結ぶだなんて……。あっ、ええ。特にありませんわ。上位精霊は固有の名前を持っていますけど、下位精霊は名前を持ちませんから、好きに考えていいですわ。ちなみに、私のこの娘は風の精霊でミルフィーユと名付けましたの。他にも、チョコとか、マシュマロとか、シフォンとかもいますわよ」

最初の顔は捨て去って、すでに誇らしげな顔が二つ並んでいた。

でも、それ全部お菓子の名前だからね。そんなドヤ顔されても、感心しないよ……。


ただ、おかげで何でも有りだという事は分かった。


それにしても、名前は性質を表すはずなんだが、本当にそんなつけ方でいいのだろうか?

何となく、そんな名前のつけ方は嫌だった。


うーん……。悩む。


ゲームでは、適当にキャラ名をつけることはあった。でも、今はそんな事をしたくない。適当につけられた気分は、今では痛いほどよくわかる。


でも、名前か……。


いや、難しく考えるのはよそう。

名前は性質を表すのなら、私が受けた感じから、名前を考えてもいいはずだ。


単純な『ひかり』だと、この子を十分に表現できない。もっとこう、温かな……。

温かい、光……。春の日差しに似た感覚……。


「春のひかり……、春の光、春陽はるひ。そう、君の名は春陽はるひだ!」

その瞬間、私と春陽はるひとの間に、何かが結びつく感じがした。心の奥底で結びつく、しっかりとしたつながりを感じていた。


「素敵な名前をありがとね、ヴェルド!」

満面の笑みをたたえた春陽はるひが、私の目の前でお辞儀をしている。

春陽はるひから、感謝の気持ちとともに、いろんな知識が流れ込んできた。


春陽はるひに、どう指示すればいいのかもわかる。

春陽はるひが、何が出来るのかもわかる。


もしかして、思考も感情も共有できるのか?


「それだけじゃあ、ないんだな!」

右肩にすわった春陽はるひはくつろいだように足を伸ばしている。

その光は、より一層温かなものに感じられ、剣士ソードマンのことも、ずいぶんわかってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る