第11話羞恥心
「あは! あはは! あははは! いやぁ、残念だったよね、皆さん!」
快活な笑い声は、私を通り越して向こうの方まで飛んでいった。
周囲がその声にざわついている。
快活で明るい女性の声だけに、笑われたものにとってのダメージは深刻だろう……。
でも、悔しいような、残念なような表情を見せている人たちはいたけど、大半はほっとしたような感じに見えた。
私もいきなりでびっくりしたけど、どうやら私のことを笑っているわけじゃないらしい事に、少しだけ安堵している。
でも、あながち無関係とも思えない。
だけど今は、どうだっていい。
そんなこと……。
もう、どうだっていいんだ!
むしろ残念なのは私の方だ。宙に浮いてる間、ずっと観察されてたんだろ?
体が動かなかったのだから、どうしようもなかったかもしれないけど、全裸なんてありえない。
しかも、最後は大の字での着地。
見ようによっては、変な万歳してるみたいじゃないか……。
グリコサインの人だって、ちゃんと服を着てるのに……。
あれじゃあ、『ほら見てみろ』って言ってるようなもんだ……。
挙句の果てに、少女に自信たっぷり見せびらかせて……。
これじゃあ、まるっきり変質者だよ!
ああ、ちょっと前の自分に教えてやりたい……。
その言葉で何となく、ちょっと前までいたところに目をやっていた。顔を下に向けた少女は、相変わらずあの場所で跪いたままだった。
でも、小刻みに体が震えている。
もういいよ……。笑いたきゃ、笑えばいいだろう。
さぞかし滑稽に思えるだろうな……。
今さら恥ずかしがってもどうしようもないのに……。
君の足取りが重かったのも、今となっては納得できる。
ああ、そう言えば確か涙ぐんでいたよな……。
歯を食いしばってたよな……。
あれは、笑いをこらえるのに必死だったという事か……
あの時、私と同じような表情をしていると、勝手に勘違いして毛嫌いしてしまった。
ほんとごめん。いろんな意味で、ごめん。
もう少女の方を向いてられない。
やっぱり、力いっぱい膝を抱えるしかない。
ん?
それにしても、なんだか小さい手だよな……。
そう言えば、抱える膝もなんだか小さい。まるで、小学生に戻ったような感じがする……。
体が小学生に戻っている?
さっきまで、また騒いでいた羞恥心は、おとなしくなり、自然と自分の状態が気になり始めた。
「でも、あたいの時もそうだったけど、今回もハズレみたいでかわいそうだよね。もう、この国も終わりじゃない?」
楽しそうな声から一転して、深刻そうな声が通り過ぎていった。
でも、言っている意味が分からない。
何となく、ただの嫌味で言っている感じじゃない事だけは分かる。
何となく、私の知らないことがたくさんあるのはわかる。
あの時からずっと、わからないことが多すぎた。
だから、その事にもだんだん慣れてきたように感じている。
それにしても、この神殿のような場所でこれだけ響く声は、聞く者の残念さを大きくするに違いない。
そう思うと同時に、私の意識は強制的に周囲に向かって広がっていった。
目の前に広がる景色は、感覚となってこの場所を明るく照らしだす。
なぜかさっきよりも、簡単に把握できていることに、軽い興奮を覚えていた。
とりあえず、もう羞恥心は脇に置いておこう。立ち上がり、もう一度周囲に向けて意識を飛ばす。
すでに、周りの雰囲気はまったく違ってきている。
あの声に、笑われたからじゃない。後押ししているかもしれないけど、もっと深いものだとわかる。
明らかに落胆した様子。それが手に取るように感じられた。
特に、国王がひどい。
もう、立ってすらいなかった。
騎士団長らしい人が、国王の横で跪いて何かをしゃべっている。
神官と魔術師の恨みまがいの視線は、この際無視しておこう。
そんなの向けられる覚えもない。
たくさんいた大臣のような人たちは、すでにここから立ち去っている。
それでも後ろの人は、今も楽しそうに笑っていた。
「真の勇者なんて伝説だよ! いやいや、ほんと残念だよね! これからはもっと、あたいら勇者を敬わないとダメだよ!」
その時突然、頭の中にオレンジのイメージが沸き起こってきた。続けざまに、青、緑とならんだイメージが湧く。
何この感覚?
今まで感じたことのない感覚に、思わず後ろを振り返っていた。
思った通り、そこには三人の男女が並んでいた。
今さっき笑っていたのは間違いなく一番右の人だ。今も、笑顔で向こうを見ている。オレンジ色のボーイッシュな髪型の少女。動きやすそうな服装に身を包んで、時折軽く跳躍している。
楽しそうだが、じっとしていられない感じも十分伝わってきた。
「まあ、そう言わないの、マリウス。少なくとも今日は真の勇者が召喚されやすいと言われている日なのよ。始まりの勇者もこの日だったみたいだし。それに他の国には、本当にいるらしいわ」
横からたしなめるような言い方で、長い髪の少女が私を見ながら話していた。本人を見ればいいのに、紫の瞳が私に微笑みかけている。
周囲で金属の音がやかましく聞こえてくる中、その瞳と同じ色の髪が、急に風に持ち上げられていた。
風が、長い髪で楽しそうに遊んでいる感じがする。やや憂鬱そうな視線を宙に向け、髪を束ねる少女。
室内なのに、あの人の周りには風が躍っていた。
不思議な感覚に不思議な人達。
しんと静まり返った室内で、後ろから足音が聞こえてきた。
誰が来たのかは何となくわかる。
だから、それに注意を向けるよりも、目の前にいるもう一人の不思議な感じのする人の方が気になっていた。
「まあ、それよりも話を進めましょう。いつまでも彼をあの格好にしておくのもどうかと思いますよ。それと、マリウスにミスト。二人とも、喧嘩は僕のいないところでお願いします」
丁度後ろから来る足音が止んだ時、意外と気弱そうな声がため息交じりで二人の少女を注意していた。
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