第12話新しい勇者、その名はヴェルド・リューグ

「ライト様、ありがとうございます。マリウス様、お戯れは程々にしてくだされ。ハボニ王国の奴らが、インクベラ王国とダグル王国を滅ぼしたあと、海を渡って我が国に来るのではないかと、陛下もお心を悩ましているのです」

後ろの声は感情を押し殺して、ただ事務的に話している。何がそうさせているのかわからないが、何となくやりきれなさが伝わってきた。

声の感じから、かなりの年齢。その気配、その感じはさっきいた魔術師に間違いない。もう一人の方は黙って傍にいる感じだった。


「えー。だって本当のことじゃない。まあ、あたいは楽しめたからいいけどね。でも、ちょっとがっかりしたな。この儀式、いつもと変わんないよ。こんなの何度見てもつまんないよ」

「そんなことはありませんわ。せっかく二年に一度の特別な召喚です。前回の大外れを思えば、今回はいいものが見れましたわ。召喚時に光の柱が立ったことなど、私が知る限りではありませんもの」

「いいから、さっさと召喚の手順を済ませてください。今回の召喚者であるあなたが、それをしなければ完了しないでしょう? これでも僕は子猫たちの相手で忙しいのです。どうせ今回も、説明は僕に任せて、あなた方は消えるんでしょう?」

私が振り向くより先に、三人がそれぞれ言いたいことを言っていた。

さらに、言ってるそばから剣呑な雰囲気を作り出している。


「それって、あたいに喧嘩うってんだよね!」

「あら、そんな安売りをした覚えはありませんわ。ただ、あなたの言い方をまねただけですわ」

腰を低くしたマリウスと呼ばれた少女が、今にも飛びかかりそうな雰囲気を見せる中、ミストと呼ばれた少女の周囲に、つむじ風が舞い始めた。さらに、いつのまにか現れた光の玉が、ミストの上で踊っている。


「二人とも、話を進めたいから、もうどっかいっていいよ。でも、後でわかってるよね?」

一触触発の中、ライトと呼ばれた青年はその気弱そうな声と顔に似合わず、二人を牽制している。

その言葉に、しぶしぶ同意したのだろう。二人とも、もうお互いのことはかかわらないといった態度を見せていた。


「ライト様。子猫を集めるのもよろしいですが、あまり簡単に集めて捨てるのは……。どうか……」

後ろで頭を下げる気配がする。さっきと違い、その言葉には特別な感情が含まれているのがわかる。


「ポロデット老師。あなたの曾孫さんは、大切に可愛がってますって。特に、あの泣き声が愛らしい。それにうまくいけば、さらなる勇者の系譜につらなるんですよ。玄孫は、さぞ優秀な魔術師になるでしょうね。あなたにも勇者の血が流れているから、その地位と実力をもっているのでしょう? でも、その血筋も薄くなったと思いませんか? それと言っておきますが、捨ててるんじゃありません。たまに勝手に逃げ出すのがいるから、ちょっとお仕置きをしてるだけです。そんな人聞きの悪いことを言われると困りますね。こんな仕事、もう引き受けませんよ?」

言葉は丁寧だが、見下したような視線を私の後ろに投げかけている。後ろからは、ますます委縮していく気配が伝わってきた。


「ライト、あんたの新しい子猫ちゃんって、ポロじいちゃんの曾孫なの?」

「あら、老師。おかわいそう」

二人がその言葉に反応していた。しかし、あくまで他人事のようだった。


なんなんだ、この人達……。


「まあ、そんなどうでもいい話は置いといて、さっさと契約呪を完成させたらどうです? ポロデット老師。さっきも言いましたように、僕は子猫たちの相手で忙しいのです。真の勇者でない男に、時間を割くのは本当なら嫌なんですよ。ただ、さっきミストが言ったように、光の柱は僕も見たことがない。少し興味があるので、時間を取ってあげるんです。だから、さっさとしてください」

有無を言わさぬ迫力が、その言葉にはのっていた。一瞬後ろで硬直したかのような気配を感じたあと、かすれた声が聞こえてきた。

何とか絞り出したのだろう。確かに、言葉遣いは丁寧だ。でも、これだけ偉そうに言われても、文句の一つもでないのだろうか……。


「勇者様……。新たな勇者様。お名前をお聞かせください」

振り返ってみると、顔に汗を大量にかいた老魔術師が、すがるような目で私を見ていた。


一体この人たちの関係は何だというのか?

隣の神官も同じような顔をしている。

この人と隣の神官が、私を召還したというのか?


相変わらず、聞きたいことは山ほどある。

でも、ここでもそれは許してもらえそうにない。ひょっとすると、聞けばある程度は答えてくれるかもしれない。

でも、後ろにいるライトの威圧が、ポロデット老師に向けられている以上、これ以上はかわいそうだった。


なまえか……。

なまえ、なまえ、名前……?

あれ?

そこにあったはずの私を示す、私の名前。


あれ……。なんだっけ……。


「ああ、君。日本での名前を無理に思い出そうとしても無駄だからね、神との対話でもらった名前を告げるといいよ。教えられただろう? そんなことも忘れちゃったのかい、君は」

あきれたような口調で、ライトが告げてきた。


神?

あの自称、神が対話?

あの一方的な物言いのどこに、対話と呼べる成分があるんだ?


でも、そんな憤りは、目の前にいるポロデット老師の姿で四散した。


「ヴェルド……。ヴェルド・リューグ……」

一方的に告げられた名を口にだす。

その瞬間、私の中で何かがつながったように感じた。

そして私の意識は、この体のことがすんなりと分かるようになっていた。


体型にして小学生。年齢も十二歳。

体をどう動かせば、どんな事が出来るのかもわかる。

並外れた身体能力。

目と耳だけじゃない。さっきよりも広い範囲が知覚できる。


それと共に、今まで感じていただけの者たちの存在も、はっきりと見えていた。


そして、この世界の一般的なことが頭の中を駆け巡る。

一気にいろんなことを覚えこまされている感じがする。

それと共に、よみがえってきた記憶。昔の名前。


ヴェルド・リューグという名前は、納得してもらったわけじゃない。

でも……。

考えてみれば、界理四郎という名前も、親から一方的に与えられた名前だった。


ねっとりとした理解がふってきた。


「ヴェルド様、ようこそタムシリン王国へ。新しい勇者様の降臨を、国民を代表してお礼申し上げます」

もう一人いた神官が、厳かに宣言していた。やや芝居がかった言い方が鼻につく。

アンタさっき恨めしそうに見てただろう。


ごめんね、真の勇者ってものじゃなくて。


でも、勇者だとか、真の勇者だとか、本当にゲームの世界だな。

その手のゲームはやってたからすんなりと理解できる。

召喚って言ってたし、そういうものに巻き込まれたというわけだ。たしか、そんな物語もあったよな。


やっぱり、あの脱線事故で死んだんだ……。


いや、違うか……。

一郎に殺されたんだった……。

そう言えば、その後一方的に話しかけられたことって、大分忘れている気がする。


あの時の記憶があいまいになっている。

さっきまでは、ある程度完璧に覚えていたはずなのに……。この体とこの世界のことが分かるようになった反動で、消し飛んだのか?


でも、今さらあの時のことを色々考えてみても仕方がないだろう。

一方的にいろいろ言われただけだったはずだ。腹が立つことだったのは覚えてるから、覚えてない方が健康に良さそうだ。


気が付くと、目の前の二人はいつの間にかいなくなっていた。

どんだけ、自分の考えに没頭してたんだか……。


「ヴェルド。いい加減にこっち向いてくれないかな? 記憶が置き替わって混乱しているのは知っているけど、君がこっち向いてくれないと話が進まないよ。あと、エプロンのように腰に巻いているそれ、一応マントだからね。勇者のマント。日本ではまずお目にかからないけど、この世界では勇者の目印みたいなものだからさ。恥ずかしいよ、それじゃあ」

エプロンって……。

一応隠すのに便利だったから、パレオのように巻いたつもりだったけど……。まさかマントだとは……。

でも、マントってどうやってつけるんだろう……。

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